34.恐ろしい提案
「――ジャーク様、ご報告があります」
「お、やっと戻ってきたな! ん? なんだそいつらは?」
ジャークがヴァランの後ろに並ぶ4人を見て、怪訝な顔を浮かべる。
「こちらの方々は、Bランク冒険者パーティーの『勇猛な獅子』の方々でございます」
「Bランク冒険者? いったい何の用で連れてきたんだ?」
ジャークにはヴァランの意図がわからず、首を傾げる。
「実はジャーク様がご所望された鬼人族の奴隷『メル』ですが、交渉は失敗に終わりました。金で動くことはなさそうです」
「なんだと!? 僕に逆らうとは生意気な! さっさとあの男を殺して、奴隷を連れてこい! そうだ、僕を太っちょ呼ばわりしたあの獣人は生かして連れてくるんだぞ。僕が自ら拷問してやる!」
息巻くジャークに、ルイは「自分のことしか考えていないクズだな」と、自分のことを棚に上げて心の中で批判した。
「ジャークよ、どうしたのだ。大声を出して……」
「パパ!」
「廊下にまで声が響いておったぞ。何かあったのか? ん? パパに話してみなさい」
グリード・ウェルシー――ジャークの父親であり、ウェルシー商会のトップでもある人物だ。
他人に厳しく自分や息子には甘い性格をしていたので、こうしたジャークの自分勝手なところはグリードから受け継いだものといえた。
「聞いてよ、パパ! 少し前に買った鬼人族の雌奴隷が壊れちゃったから売ったのに、どこの誰だか知らない男が治った雌奴隷を僕から奪ったんだよ! しかたなく僕が買い戻そうとしたのに、そいつは断ったんだ!」
「おお、なんてかわいそうなんだ、ジャーク。お前はその不届き者に情けをかけてやったのだな……。まったく、これだから我々と価値観の違う平民どもは困るわ。後はパパに任せなさい。そのゴロツキのような輩をすぐに排除して雌奴隷を取り戻してあげよう」
「さすがパパだ!」
グリードはそれが本当に息子のためになると疑いもせずに、なんとも自分勝手に話を進める。
ジャークはジャークで、父親の言葉に喜色満面な笑みで目を輝かせた。
「お待ちください、旦那様、ジャーク様」
盛り上がる2人をよそに、ヴァランは深く頭を下げて水を差す。
「なんだヴァラン。貴様、まさか邪魔をしようというのではないな!?」
「いえ、そんなことは……」
「ではなんだ! 早くしろ!」
興を削がれたグリードは、怒りを隠すことなくヴァランにぶつける。
だがヴァランは落ち着いた態度を崩すことなく、
「その不届き者を排除する役目、この方々にやっていただくのはいかがでしょうか?」
後ろに立つ4人を推薦するのであった。
「……そういえばその者たちはなんなのだ?」
まだ紹介されていないグリードが、品定めするような目つきでルイたちを眺めた。
「こいつらはBランク冒険者だってさっきヴァランが言ってたよ、パパ」
「Bランク冒険者? 説明せよ、ヴァラン」
「は、この方々が申しますに、その不届き者とは浅からぬ因縁があるようなのです」
「ほう……」
「かの者はアルゼという名前でして、グラント子爵領の元後継ぎだそうです」
「元ってどういうこと?」
ジャークの疑問に、ヴァランよりも先にグリードが口を開く。
「グラント子爵の長男といえば、確か『特殊スキル』を授かったはずだな。だが、それ故になかなか使いこなせていないと聞く。それが元で追い出されたともな」
グリードは商人だけあって情報収集に余念がなく、地方のことにまで耳を傾けていた。
「我が兄のことをよくご存知で」
「兄……つまり、あなたはグラント子爵の次男のルイ様ですかな?」
「私のことも知っておりましたか。さすがは大商人のグリード殿ですね」
ルイはまさか自分のことまで知っているとは思わず、お世辞ではなく素直に驚いた。
「もちろんですとも。しかし、ルイ様は『剣聖』を授かったと聞きましたぞ? いったいなぜここに……」
「ええ、それには私の兄が大いに関係しているのです。我がグラント家はスキルを扱えない無能の烙印を押された兄を追い出したのですが、こちらの『勇猛な獅子』の方々にも多大な迷惑を掛けた上、今なおご子息にも迷惑を掛けていると聞きます。それに、あの無能が奴隷の力を利用してダンジョンをクリアしたことによって、我がグラント家にも火の粉が降りかかるでしょう」
「なんと! ダンジョンが攻略されたのは知っておりましたが、そんな理由だったとは……」
「あの無能は自分の力ではなく、ご子息が強くした雌奴隷を利用して名声や富を得ようとしている屑なのです。私も『勇猛な獅子』の方々もご子息も、あの無能を消したいという点では一致していると思いませんか?」
「ふむ、確かにその通りですな……」
グリードが頷くのを見て、ルイは口角を上げる。
「私としては無能を消して貴商会とも繋がりを持ちたいと思っています。ご子息は鬼人族の雌奴隷を手に入れることができます。『勇猛な獅子』の方々はAランクになりたいと考えているので、なにか彼らに昇格の助けとなる依頼を頂ければ……」
「なるほど。それでしたら我が商会にとってもちょうどいいものがあります」
「それは?」
グリードはこの日1番の笑顔を浮かべ、
「エンシェントドラゴンに王都を襲わせるのです」
と、恐ろしい提案をするのだった。
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