大陸戦役 後編
第48話 待ち伏せ
立派な鎧をまとった騎士が、これまた立派な馬に跨って昼下がりの道を進んでくる。
鎧はよく磨かれた鉄の小札を鎖帷子の上に鱗のように張り合わせたもので、日の光を反射して遠くからも光り輝いて見えた。
背後に引き連れた兵士は十人と言ったところか。
そのさらに後ろには、食料を満載した荷馬車が続いている。
敵であるアンディカ伯軍の徴発部隊だ。
〈犬〉の説明によれば彼らは、本隊に先行して村々から物資を集め、街道沿いに設けられた集積地に運んでいるのだという。
姫様に村への襲撃を禁じられた俺たちは、代わりにこういった徴発隊を獲物に選んだのだった。
「こういった連中は動きが読みやすいんですよ。
どのあたりに場所に食料を集めるかは兵学をかじってりゃ大体読めます。
そうすりゃ、飯を集め終わった徴発隊がどこを通るかだって分かったようなもんです。
後は、どうやって待ち伏せるかって話だけでさあ」
とは〈犬〉の言である。
そして、その手の待ち伏せはノドウィッドの森にいた時分から俺たちが得意としていたところである。
まさに盗賊に相応しい戦い方と言える。
そうした訳で、俺達は道沿いにあるちょっとした森の中に身を潜めていた。
森の縁から道までは十二、三歩と言ったところだろうか。
このぐらいの距離が、槍を投げてから突っ込むのに一番都合がよい。
兵士たちは数人ずつ固まって、楽しげに笑いながら歩いている。
ある一団なんぞは、酒の入っているらしい革袋を回し飲みしてさえいた。
先頭を進む騎士も、苦々しい顔つきで振り返りつつ、そんな兵士たちを咎めようとはしていない。
奴らは、味方との合流を目前にして明らかに気が緩んでいた。
これ程近い位置に四十人もの野盗が伏せているというのに、彼らがこちらに気づいた様子はない。
まあ、森に潜む兄弟たちについては俺だって目を凝らさなければ見つけられないのだから、彼らを責めるのは酷かもしれない。
ちなみに残る半分は〈犬〉が率いて、別な場所で同じような徴発隊を待ち伏せているはずだ。
ともかく、敵の隊列はすっかりこちらの攻撃範囲に入っていた。
俺は手の内に銀の斧を出現させ、投げる。
真っ先に狙うべきは敵の指揮官だ。
兜に当たった斧がカンッという間抜けな音を立て、騎士が馬上でのけぞった。
同時に柄杓組の放った短槍が次々とその鎧に突き立ち、騎士はもんどりうって落馬する。
ついで、突然の出来事に狼狽える兵士たちに、弓組が一斉に矢の雨を降らせた。
完全な形で奇襲を受けた兵士たちは盾を構える間もなくバタバタと倒れ、生き残りも武器を持ち換えて突撃に移った柄杓組になすすべもなく切り伏せられていく。
「荷馬車を押さえろ! 馭者も逃がすな!」
俺が指示を出すまでもなく、荒くれ者達が荷馬車にとりつき、馭者達を引きずり下ろす。
馭者たちも最初は何やらもがいて抵抗していたものの、護衛の兵士を片付けた兄弟たちがわらわらと集まってくるのを見て、すぐに大人しくなった。
「よーし、お前ら、そのまま大人しくしておけよ。
そうすりゃ危害は加えねえ。夜になったら解放してやろう。
おい、分かったか? 分かったら返事をしろ」
「へ、へい。大人しくしますので命ばかりは……」
「安心しろ。俺は約束だけは絶対守るんだ。
おい、さっさと縛り上げろ。あまり手荒くはするなよ」
馭者達は付近の村から荷物や荷車と一緒に徴用されてきた者たちだろう。
むやみに殺すと姫様に叱られてしまう。
「〈狐〉と荒くれ者は馭者を縛り上げて森の中に連れてけ。
逃がさないよう、よーく見張っとけよ」
「へい、お任せを」
「ウィルの弓組は周囲の警戒だ。
近づいてくる奴らがいたらすぐ報せろ」
「任せてくれ」
「エルマーの柄杓組は死体と荷車を森に引っ張り込むんだ。
なるべく戦闘の痕跡を残さないよう入念に片付けろ」
「へい!」
兄弟達は各組のリーダーの指示に従っててきぱきと動き出した。
少しして、うひゃあという間の抜けた悲鳴が上がった。
いったい何事かと思って駆けつけてみれば、柄杓組の一人として死体の片づけをしていたセシルが尻もちをついていた。
「おい! 何があった!」
「お、お頭! 死体が! 死体が動いた!」
セシルが指差した先には何本もの槍が刺さった騎士が倒れている。
「馬鹿、死体が動くもんかよ」
俺は騎士に近づくと上体を起こして呼び掛けた。
「おい! 生きてるなら返事をしろ」
「う、ぅぅ……」
俺の声に応じてか騎士が微かに呻いた。
どうやら、落馬の衝撃で気を失っていたものらしい。
幸運か、はたまた立派な鎧のおかげか、槍を何本も受けつつもまだ息があるようだ。
「手当してやる」
俺はそう声をかけてから騎士の脇に肩を差し入れて、その体を半ば担ぐように起こそうとした。
するとそいつは顔を酷く歪ませて苦痛の呻きを上げる。
「あ……お、お頭、手伝いやす」
ようやく気を持ち直したらしいセシルが慌てて騎士の反対側を支えてくれた。
そのまま二人してえっちらおっちらと手負いの騎士を森の中へと運ぶ。
森の奥まったところにはちょっとした空き地があり、姫様と師匠はそこで荷物と共に待機していたのである。
姫様はそこに次々と運ばれてくる死体を、すこしばかり顔を青ざめさせながら見つめていた。
「おい、大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女はぎこちなく笑みを浮かべた。
「え、ええ、もちろん平気よ。
大戦果じゃない」
「まあな。なお嬉しいことにこっちは損害なしだ」
姫様に答えながら、俺はセシルと一緒に担いできた騎士を師匠の前に降ろした。
「これは誰?」
「捕虜にしたんだ。手当してやってくれ」
「任せて!」
姫様の顔色に少しばかり生気が戻った。
すかさず師匠が姫様に指示を出した。
「それではアン、まずは槍を抜きますよ。
急いで布と水を用意しなさい」
アンとは姫様の従軍尼僧としての偽名である。
それにしても師匠のその口ぶりときたら、完全に見習い神官を指導する上役と言った感じである。
普段とのあまりの変わり身ぶりに俺は舌を巻いた。
「は、はい!」
姫様も同様だったらしく、目を白黒させながら桶を手に走っていった。
俺はその場に残った師匠に訊ねた。
「助かりそうですか?」
「はい、恐らくは」
よかった。
返事を聞いて俺は胸をなでおろした。
見たところそれなりの身分はありそうだ。
うまくすれば、たんまり身代金がとれるだろう。
「それでは、よろしく頼みます」
俺は師匠にこの場を任せると、兄弟たちの元に戻った。
*
こういった待ち伏せに関しては、我らが兄弟団は間違いなく一流である。
彼らは手際よく死体と荷車を街道側からは見えない位置まで引っ張り込むと、巧みな偽装術でもって森へ続く足跡やら轍やら、果ては戦闘中に流れた血に至るまで、ここで起きた物事の痕跡をすっかり消してしまった。
次いで、森に引き込んだ兵士たちの死体から使えそうな武具の類を引きはがし、馬の背に積み替える。
馬は元々荷馬車を引いていた奴らを頂いたものだ。
本当は荷車ごと奪えれば楽なのだが、なにしろ荷車というやつは通れる場所が限られている。
残念だが、置いていかざるを得なかった。
兵士の懐から装飾品やら銀貨やらを頂いておくのも忘れない。
姫様はそんな死体漁りを見て少しだけ顔をしかめたが、やめろとまでは言わなかった。
そして、最後に荷車。
付近の村々から徴発してきた帰りだけあって、食料やらなんやらがたっぷりと積み込まれている。
「各自、食い物を背負いカバンに詰め込んでいけ。
欲張りすぎるなよ。へばった奴は置いていくからな。
なに、食い物は明日もまた手にはいるんだから欲張らずとも大丈夫だ。
あ、おい、酒はダメだ! おいてけ!」
やはり人気は燻製肉や腸詰だ。
次いで、今朝頃に焼かせたばかりらしいまだ柔らかいパン。
目端の利く奴は玉葱やキャベツと言った野菜も一緒にカバンに詰めている。
持てる量には限りがあるのだから、なるべくうまいモノを持っていきたいところだ。
皆してあーでもないこーでもないと食料を吟味していた所、ふと姫様と師匠が死体の所で何かごそごそとしているのが目に留まった。
あの二人がまさか死体漁りでもあるまい。
気になったので様子を見に行ってみると、彼女たちは木の根元に乱雑に転がされた遺体の一つに屈みこんでいた。
「何してるんだ?」
俺の問いに師匠が答えた。
「祈りを捧げております」
その声は厳かだった。
よくよく見れば、戦闘と死体漁りでぐちゃぐちゃになっていた衣服も、出来る範囲で整えられていた。
何の意味が? とは聞かなかった。
代わりに、俺は黙ってその場に屈みこむと、彼女たちと一緒に死者に祈りを捧げた。
もし今後も姫様の傍にいたいと思うのなら、そうしなければならないような気がしたからだ。
師匠は短く祈りを切り上げ、次の死体をうんしょと引きずり始めた。
が、さすがの師匠もこれには苦労するようだ。
力の抜けた死体は、生きている人間を転がす様なわけにはいかないらしい。
急いで駆け寄り、姫様と一緒になって死体を先程の死体の隣に並べた。
そして身だしなみを整えてやり、また短い祈りを捧げる。
そうこうしている間に、いつの間にか兄弟たちがやってきて、同じように死体を並べ直し始めた。
おかげでこの仕事は案外と早く終わった。
それからしばらくの間、俺達は交代で見張りをしながら森の中でボンヤリと過ごした。
腹がグゥと音を立てたが、さすがにすぐに何かを食べる気にはなれなかった。
こんな場所からはさっさと離れたいのだが、日のある間は迂闊に動けない。
日が暮れるころになって、ピーチチチと鳥の声に似た笛の音が響いた。
敵の接近を告げる見張りからの合図だ。
兄弟達は捕虜たちが声を上げないよう刃物を突き付け、自身もじっと息を潜めている。
俺は様子を確認するため、森の縁までそっと移動し茂みに伏せた。
しばらくして重い蹄の音が聞こえてきた。
その数、十騎程。完全武装の騎士達だった。
おそらく行方知れずになった徴発隊を捜索しに来たのであろう。
離れすぎない程度に散開し、周囲に鋭い視線を配りながら森の脇を駆け抜けていく。
昼間の連中のように油断していれば襲ってやるところだったが、さすがにこれは無理だ。
一騎でも逃がせば厄介なことになる。
幸い、彼らは俺達にも、また戦闘の痕跡にも気づくことはなかった。
やがて完全に陽が沈んだ。
俺達は馭者を解放し、残った荷車を火にかけた。
この明りは、そう遠くない位置にある敵の宿営地からもよく見えていることだろう。
もうもうと立ち上がる煙と炎を背に、俺達は暗闇に溶け込むように移動を開始した。
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