第41話 宴会

 普通の王族と言うのは何かと忙しいモノらしい。

 俺が知る王族と言えば、たまに師匠についてきては退屈そうに俺たちの稽古を眺めている我らが姫様だけであったから、これはなかなか新鮮な発見だった。


 姫様はシルファニ城についてすぐに弟のスティーブン殿下に面会を申し込んだのだが、殿下もご多忙ですぐには会えないとの返事だった。

 人間が大勢集まれば、何事がなくともそれだけでたくさんの揉め事が発生するものだ。

 その数が何千、それも武装した血気盛んな男どもばかりとなればもう想像を絶することになる。

 殿下はそういった諍いを収めるために城下のあちこちを駆けずり回っているのだという。


 ようやく面会が叶ったのが夕餉の宴の少し前。

 それとてニ、三言、型通りの挨拶を交わすのがやっとという短かさである。


 続いて夕餉の宴に加わることになったものの、ここでも殿下とはゆっくりと話もできなかった。

 殿下のために馳せ参じた諸侯を労うための宴である。

 これ程大勢の貴族様が集まっているのを見るのは、俺はこれが初めてだった。

 広場の一番奥、他より一段高い位置に設けられた殿下と姫様の席には大勢のお客が入れ代わり立ち代わり現れては型どおりの挨拶をして去っていく。

 一人当たりの時間は大したことはないのだが、なにせ数が多い。

 上物の服を着せられた俺は、従者として姫様のその後ろに立ってそれ眺めていたが、そのあまりにも代わり映えのしないやり取りにモノの数人で飽きてしまった。

 当の姫様は例の余所行きの表情を崩すこともなく、淡々と役割をこなし続けている。

 本当に大したものである。


 ようやくできたわずかな人の切れ目に、姫様が殿下にボソリと話しかけた。


「毎日なんでしょう?

 本当に無駄ね」


「これも投資ですよ、姉上」


 と殿下。

 そこでまた一人お客が現れ、立ち去る。

 次が来るまでの合間に殿下が話を続けた。


「貴族と言うのは気難しい生き物ですから。

 こうしてきちんともてなしておかねば、軍勢は維持できません」


「分かってるわよ」


 またお貴族様がやってくる。

 今度のお客はいささか込み入った話があったらしく、挨拶に続いて殿下と何やらヒソヒソと話し始めた。

 退屈した姫様は、顔を前に向けたまま俺に小声で話しかけて来た。


「ねえ、ジャック」


「はい、殿下」


「マーサの歳は聞いておいてくれたかしら?」


「はい」


 姫様にこれを頼まれたのは、すこしばかり前の事である。

 なんでも、うっかり忘れてしまったのだが今更聞きなおすのは気まずいのでさりげなく聞き出して欲しい、とのことだった。

 さりげなく聞き出すにはかなりの苦労をしたが、俺はどうにかやってのけたのだ。


「六十と三つだそうです」


「あら、そう」


 ところが、さんざん苦労させておきながら姫様の反応は実につまらなそうである。


「そんなに不満そうにしないで」


 姫様は振り返りもせずにこちらの表情を言い当てると、少しだけ楽しそうに続けた。


「少し実験してみただけ。マーサは今年で七十よ」


 実験?

 何のことかと尋ね返すよりも先に、長話をしていた客人が立ち去った。

 すかさず次の客人が現れ挨拶の口上が始まる。


 その客人が立ち去った隙に、姫様がポツリとこぼした。


「嘘を見抜くには使えないみたいね」


 それを聞いてようやく合点がいった。

 恐らく、姫様と師匠は俺に年を聞かれたら嘘の歳を教えるよう示し合わせていたのだ。

 そしてその誤った年齢を俺の口から言わせることにより、呪いで嘘が見抜けないか試みたのだろう。


 なんつう危ない真似を!

 万が一これで呪いに触れたらどうしてくれるんだ。


 次の客の挨拶が終わるのを待って、俺は小声で抗議した。


「そのようなことを黙って試されては困ります」


「知らせてたら意味がないじゃない」


 まあ、確かにそれはそうなんだが。

 また次の客。

 挨拶が終わり、姫様が再び口を開く。


「それに、あなたにとっても知っておかなきゃいけないことだったはずよ」


 これも確かにその通りではある。

 俺がこの呪いの特性について殆ど何も知らないのはいかにもマズイ。

 今までは何とかなったが、この先、俺の呪いを悪意を持って利用しようとするやつが現れないとも限らないのだ。


 また次の客。


 再び客が途切れて、今度は殿下がこちらに話しかけてきた。


「姉上、また悪だくみですか?」


「失礼ね。悪い事なんて何も考えていないわ」


「だといいのですが」


 そう言って殿下は今の内とばかりに皿の上の料理を口に運んだ。

 彼も姫様も、これまでずっとお客のお相手で一口も料理を口にできていなかったのだ。


 ちなみに俺はあくまで従者であり宴の客ではないので、料理は完全にお預けである。

 大広場の壁際には俺と同じような立場の者が大勢いて、羨まし気に主人たちの食卓を眺めている。

 宴が終われば、お貴族様達が食いきれなかった分が、後で俺たち従者に振舞われるとのことなので楽しみに待つとしようか。

 お偉い方々にはできるだけ飲み食いよりおしゃべりを楽しんでもらいたいところだ。


「ところでステフ、お願いが一つあるんだけど」


「遠征にはついてこないでくださいよ」


「まだ何も言ってないじゃない」


 切りよく食べ物を飲み込んだ殿下が、姫様の機先を制すると、恐らく図星だったのであろう姫様がむすっとした様子で応じた。


「姉上の考えぐらい私にもわかりますよ」


「でも――」


「こればかりは聞けませんよ、姉上。

 姉上には、私が出かけている間、この城とウェストモントを預かっていただかなければなりません。

 私には姉上の他に頼れる者がいないのですから」


「……それは、少し卑怯じゃないかしら?」


 姫様が怯んだ。いいぞ、殿下。

 もっと言ってやってくれ。


「事実ですよ、姉上。

 たった一人の、血を分けた肉親です。

 姉上が修道院に入ると聞いた時、羨ましくと思うと同時にどれだけ寂しく思ったことか。

 そして、このウェストモントへお戻りなさったと聞いたときにどれだけ嬉しかったことか。

 姉上のような強いお方に到底お分かりにならないでしょう」


「私だってそんなに強いわけじゃないわ」


「そんなことはありませんよ。

 姉上ほど、強く、聡明で頼りになる人を僕は他に知りません。

 ねえ、ジャック殿?」


 殿下が突然振り向き、俺に話を振ってきた。

 ひとまず、ここは姫様を褒める流れなのだろう。


「はい、殿下。ヴェロニカ様は大変美しく、優しいお方です。

 領地の人々からも大変慕われておいでですから、殿下の留守を守るにこれほど相応しいお方は他にいないでしょう」


「じゃ、ジャック! いきなり何を言うのよ!

 そんな風に言われたって私は騙されませんからね!」


 褒め殺しは随分と効果がありそうだ。

 さらなる誉め言葉口にしようとしたその時、殿下の視線が再び正面に戻った。

 そしてそのまま静かに告げる。


「姉上、アーサー卿がこちらに来ます」


 姫様は慌てて外れかけていた王族の仮面をつけなおし、姿勢を正す。

 そして、それからは宴がお開きになるまで人が途切れることはなく、この話はそのままおしまいになった。


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