大陸戦役 前編
第40話 召集
そして春を迎えた。
師匠の言っていた通り、俺達にも動員令が下された。
より正確に言えば、姫様の領地に割り当てられた動員人数を俺たちが引き受けた形での出陣だ。
姫様の領地の軍勢であるから当然の事、行軍する俺達の先頭には姫様の旗が掲げられていた。
その旗の下を意気揚々と進むのは我らがヴェロニカ殿下だ。
「あなた達は私の家臣なんだから、私が率いるのは当然でしょう」
とのことである。
もちろんお止めはしたのだが、何しろあの姫様だ。
言い出したら俺達が何を言ったところで聞かないんである。
仕方がないので集結地点までは連れていくことにした。
そこに行けば、スティーブン殿下や重臣の偉いお貴族様が大勢いる。
彼らがダメと言えばさすがの姫様も無視はできまい。
姫様には逆らえない俺に代わって、彼らが姫様を止めてくれるはずだ。
集結地点は、以前に俺たちがスティーブン殿下の歓迎を受けたあのお城だった。
名をシルフィニ城といい、殿下の本拠地でもあるらしい。
城の周囲には既にウェストモント公配下の諸侯の軍勢が色とりどりの天幕を張って野営しており、彼ら目当ての行商人たちも集まって大変な賑わいである。
が、賑やかなだけに後から来た俺たちが入り込む隙間なんてどこにも見つからない。
どうしたものかと思っていると、城の方から一騎こちらに駆けてくるのが見えた。
「貴殿らはいずこの軍勢であられるか」
役人風の男が、俺たちに向けて居丈高に呼びかけて来た。
風が凪いでいたせいで俺たちが掲げる旗が見えなかったのであろう。
姫様は日よけのフードを脱いでその顔を見せつけると、余所行きの声で男に答えた。
「私の兵よ」
「で、殿下!?」
こちらの事を参陣希望の傭兵隊とでも思っていたらしいお役人は面食らって馬を飛び降りると、その場に跪いた。
「そこまでかしこまらなくてもいいわ。
ところで、私の兵士たちに何か御用かしら?」
姫様は余所行きの仮面をかぶったままお役人に尋ねた。
「は、はい、殿下。
私はこの地に集結しつつある軍勢の実勢を確認する役目を負うております。
よろしければ、御手勢の人数と兵種とを申告して頂きたく存じます」
「お役目ご苦労様。
ジャック、こちらの検兵官に私たちの事を教えてあげて」
「はい――」
俺がそう答えた瞬間、
「隊長、その役目はこの私が」
などと言いながら〈犬〉が出てきて俺を押しのけた。
「検兵官殿、よろしくお願いします。
記録の準備はよろしいでしょうか?」
「お、おう、そうであったな」
検兵官殿は気まずそうに立ち上がると、懐から板に挟んだ羊皮紙と携帯用の書道具を取り出した。
「では改めてご申告願おうか」
「はい、我らは古くは〈痩せ谷〉、現在は〈王の箱庭〉と呼ばれる地より、スティーブン殿下の要請に応じて馳せ参じてまいりました。
指揮者は〈木こりのジャック〉。
在地の森林監督官にございます。
率いられし兵は総勢八十名。
いずれも身軽な雑兵となっております」
八十人というのは、一隊を拠点の留守番に置いてきたためだ。
検兵官殿は〈犬〉の申告を羊皮紙に書き付けながらフムと唸った。
「件の兄弟団とやらか。
しかし、郷士や弓兵はどうした?」
郷士とは土地持ちの自作農の中でも地主などと呼ばれる連中のことである。
本来であれば普通の自作農は弓兵を、郷士たちはきちんと具足を揃えた歩兵を兵役に提供しなければならないのだ。
それが先ほどの申告では一人もいないことになってしまっている。
「この度は私どもに活躍の機会を譲っていただきました」
ヘラヘラと答える〈犬〉に、検兵官が渋い顔をした。
それから胡散臭そうな顔で背後に控える兄弟達に目をやる。
そこにいるのはガラの悪い顔つきの元盗賊どもだ。
そして最後にチラリと姫様に視線を向けた後、彼はため息を一つついて言った。
「分かった。よろしい」
彼は、もう一枚羊皮紙に何かを書き付けると、それを〈犬〉に押し付けて少しばかり道を戻ったところにある農家を指さした。
「野営地にはあそこの休耕地を使え。
この書付けを見せれば拒否はされん」
「ご配慮ありがとうございます」
〈犬〉が恭しく頭を下げたその後ろから姫様が口を挟んだ。
「少し城から遠いんじゃないかしら?
私の手勢なんだからもう少し近くに置けないの?」
それを聞いて検兵官殿はうんざりしたような表情を浮かべた。
「残念ながら殿下、城に近いところは先着の軍勢ですでにいっぱいです。
場所を空けようにも、騎士の天幕を雑兵のために空けろなどとは申せませぬ。
殿下ご自身につきましては、城の居室をご利用いただくようお願い申し上げます」
検兵官殿の言う通りだった。
高台に建つ大きなお城の周りの空き地は、遠目に見ても大小様々な天幕で既にぎちぎちだ。
「仕方がないわね。下がっていいわよ」
「それでは失礼いたします」
検兵官殿はそそくさと一礼すると、城に向かって一目散に馬をかけさせていった。
その背を見送りながら、姫様が〈犬〉に向かって文句を言った。
「雑兵ばかりと申告するなんてどういうつもり?
あまり私に恥をかかせないでほしいのだけど」
姫様が文句を言うのも無理はない。
「身軽な雑兵」ってのは碌な武器も用意できずに、数合わせで集められたような奴らを指す。
数が多少増えたところで、姫様の領地が本来出すべきだった兵に比べれば話にならない。
そもそも、俺達の実態からすれば戦力の過少申告なんである。
俺達は装備から言えば郷士で通じなくもない重歩兵を二十人分は用意できるし、ウィルの弓組はそこらの弓兵よりよほど役に立つだろう。
柄杓組の連中だって盾と槍を備えた立派な槍兵である。
これらを合わせれば、ちょっとした小領主の軍勢にだって見劣りはしない部隊として申告できる。
それが、〈犬〉の申告によって書類上は八十人のゴロツキ集団になってしまったのだ。
諸侯には既定の兵をきちんと用意するよう触れを出して置きながら、肝心の王族がこれでは示しもつかないだろう。
「問題ありません。ちゃんと考え有ってのことですよ」
「ならいいわ」
姫様は思いの外あっさりと〈犬〉を許した。
「でも、理由はちゃんと聞かせて貰うわよ」
「はい、殿下。
とは言え、この大勢で往来に立ち止まるのもなんですから、
歩きながらでもいいでしょうか?」
姫様が頷いたので、俺達一行は先ほどの農家に向けてきた道を引き返し始めた。
歩きながら、〈犬〉が姫様に説明する。
「確かに正直に申告すりゃあ戦役中に支給される給金も増えます。
ですが、弓兵だ槍兵だなんて申告したところで、
いざ戦になりゃあ十把一絡げで戦列に放り込まれて、
大勢で押し合いへし合い揉み潰されてお終いでさあ。
手柄になんかなりゃしません。
そもそも俺たちゃ元が盗賊ですからね。
ふさわしい戦い方ってもんがあります。
そのためにゃ、雑兵ってことにしといたほうがいいわけですよ」
「つまり、雑兵としてなら大きな手柄を上げる方策があるのね?」
〈犬〉がニヤリと人の悪い笑みを浮かべて答える。
「はい、その通りでございます。
つきましては、スティーブン殿下にお会いなされる際には、
ぜひとも我らをそのようにお使いするよう、ご提案いただきたく」
「分かったわ、伝えておきましょう」
よく分らないが、そう言うことになった。
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