第22話 お披露目

 俺たちは王女様を連れて拠点に戻ると、角笛を吹き鳴らして非常呼集をかけた。

 見張りや見回り、それから狩りなんかのために森に散らばっていた兄弟たちがぞろぞろと戻ってくる。


 全員が揃ったところで、俺はこの森に強力な討伐軍が迫っていること、仕方がないので盗賊をやめ今日からは王女様の家来になることを告げた。

 それを聞いた兄弟たちが、ぽかんと口を開けたままこちらを見つめていた。

 

 できる限り分かりやすく簡潔に事実を伝えたつもりだったが、彼らはあまりピンときていない様子である。

 まあ仕方がない。俺は口が回る方ではないからな。

 これ以上わかりやすい説明をするのは諦めて、俺はさっさと新しい主に順番を譲った。

 これは怠慢ではない。

 彼女は俺よりもずっとよく回る口を持っているのだから適材適所というやつである。


 俺に促されて、ヴェロニカ殿下がすっと前に出た。

 この場には百人からなる荒くれ者がひしめいていたが、もちろんその程度で怯むような女じゃない。

 彼女はスクっと背筋を伸ばすと、ゴロツキどもをまっすぐに見つめる。


「皆さん」


 彼女は兄弟たちに呼び掛けた。

 よく通る、しかし先程までとは打って変わって、繊細で可憐な声だった。

 どうやら彼女は、この場では尊大な支配者ではなく、か弱くも健気なお姫様になりきるつもりらしい。


「皆さん!

 よくぞ立ち上がってくださいました!

 何の後ろ盾もなくこうして武器を取るのに、どれだけの勇気が必要だったことでしょう!」


 そう言って、彼女はまず俺たちの勇気を讃えた。

 それから、自身のためではなく皆のために戦うことを選んだ気高さを讃え。

 貧しい人たちに食べ物や金銭を配った慈悲深さを讃えた。

 次いで自分の無力について詫びた後、自身の理想について語った。

 王は民の平穏を守り、国の繁栄に心を砕かねばならない。

 しかし、現実はそうなってはいない。どうにかしてこれを正したいのだと。

 そして最後に俺たちに向かって、その力と勇気とを貸して欲しいと訴えた。


 胸を打つ演説だった。

 彼女の言葉は、この場にいる全員を彼女の虜にした。


 演説が終わると、俺たちは一人ずつ彼女の前に出て、改めて彼女に忠誠を誓った。

 かくして俺たちは盗賊としての日々を終え、王女殿下の家臣となったのである。



 さて、俺たちが王女殿下から受け取った最初の命令は身だしなみを整えることだった。

 なるほど不潔な野郎どもに囲まれるのはさすがに嫌なのだろうと微笑ましく思っていたが、違った。

 その本意にはそんな可愛らしさは欠片もなかった。


「これからあなた達をローズポートのおじ様にお披露目しに行くわ。

 おじ様は規律を重んじるお方よ。

 だらしのないところを見せれば軽んじられてしまうもの。

 身支度を整えたら、一分の隙も無く武装して。

 なるべく強そうに見えるようにね!

 第一印象は何よりも大事よ。

 ここで精兵だっていう評判を得られれば、私達の今後がずっと楽になるんだから!」


 要するに、見かけだけでも舐められないようにしておきたいという話らしい。


「さあ急ぎなさい!

 おじ様の軍勢はすぐそばまで迫っているわよ!」


 そう言われて兄弟たちは大急ぎで身支度を整え始めた。

 体を洗い、髭や髪を切りそろえ、できるだけ継ぎの少ない服に着替えた上に防具を着込んでいく。


 俺は既に面会のために身ぎれいにしていたからすることがない。

 どたばたと身支度を整える兄弟たちをぼんやり眺めているとお姫様が声をかけてきた。


「槍はないかしら?

 できるだけ長い槍がいいわ」


「はい、あります」


「すぐに持ってきて」


「はい」


 兄弟たちは忙しそうに動き回っていたので、俺は自分で武器庫に取りに行くことにした。

 武器の類は割と潤沢である。

 殆どが農場の用心棒やら代官の兵やらから奪ったものだ。

 言われた通りできるだけ長い物を選びだしたが、一体こいつをどうするつもりなんだろうか?

 あのお姫様が振り回せるとは思えない。


 ともかく、俺が持ってきたそれを見てお姫様は満足げに頷いた。


「うん、いいわね。

 マーサ、旗を出してちょうだい」


 言われて老侍女はどこからか大きな旗を取り出して広げた。

 その赤地の旗には大きな樫の木と、その幹を挟むようにして二頭の獣が描かれている。

 片方は熊だと思うが、もう片方は何だ? まあいいか。


「これは王家の印よ。

 この旗を掲げていれば、誰にも攻撃されないわ」


 お姫様のその言葉を聞きつけたのか、あるいはそのド派手な旗に見覚えがあったのか。

 周囲にいた兄弟たちが歓声を上げ、誰からともなく「国王陛下万歳!」などと叫び始めた。

 ついこの間までは「国王をぶん殴ってやる!」などと息巻いていたというのに現金な奴らである。


 どうにかこうにか身支度を整えた盗賊達を見て、我らがお姫様は満足げな笑みを浮かべた。

 

「さすがは〈森の兄弟〉たちね!

 これなら王の兵士と並べても全く見劣りしないわ!

 さあ、おじ様に私の兵士たちを見せてあげるとしましょうか!」


 お姫様を馬に載せ、俺がその轡をとる。

 彼女は馬の左手に両足を揃えていた。

 なるほど、貴婦人というのはこうして馬に乗るものらしい。

 そのすぐ後ろに旗を担いだ〈犬〉と老侍女、それから完全武装の兄弟たちが列をなす。

 堂々たる行列である。

 すっかり準備が整ったのを確認し、お姫様の号令の下、俺たちは森の外へと行軍を開始した。


 森を出たとたん太陽の光が俺たちの目を刺す。

 久々に見る昼の世界はあまりに眩しかった。

 人生が変わったのだと思った。

 森の奥や夜の闇の中でしか生きられなかった俺たちが、これからは明るい世界で胸を張って生きられるのだ。


 やがて目が光に慣れてくるに従い、そんな感傷は消し飛んでしまった。

 目の前に本物・・の軍勢が待ち構えていたからである。


 全身にくまなく装甲を纏った騎士が五十騎。

 立派な馬に跨って、丘の上に並んでいた。

 その背後には鎖帷子を着込んで立派な弓を携えた兵士たちが百人。

 そのさら後ろには同じく百人ばかりの槍兵が揃いの紋章付きの盾を連ねている。


 その隊列は微かな歪みもなく、まるで城壁のように聳えていた。

 すぐに気づいたが、「目の前に」というのすら錯覚だった。

 彼らはあんなにも森から遠いにも関わらず、圧倒的な存在感を放っている。

 彼らがこちらを威圧するのに鬨の声を上げる必要はまったくなかった。

 そこに存在するだけで十分である。


 翻って俺の兄弟たちはどうだろうか?

 槍の長さは不揃いで、防具もチグハグ。

 進む足並みはバラバラで、みっともないことこの上ない。

 なにが「王の兵士と並べても全く見劣りしないわ」だ。

 そんなのはまったくの嘘っぱちだ。


 あまりの違いに思わず王女様へと目をやったが、彼女はまるで涼しい顔をしている。


「何をぼさっとしてるの。

 兵を並べなさい。

 これ以上無様を晒さないで」


 言われて森の方を振り返ってみれば、いつの間にか森の出口で兄弟たちが団子になっていた。

 彼らは急に列が止まったので何が起きたのかと前に押しかけては、あの軍勢を見て次々と棒立ちになっているのだ。

 俺は我に返ると慌てて〈犬〉に指示を出した。


「おい! 兄弟たちを並べろ!」


 どんな風に並べればいいかは知らないが、多分あいつならうまいことやってくれるだろう。


「へい! あ、お頭、旗をお願いしやす」


 彼はそう言って俺の手に旗付きの槍を俺の手に押し付けた。

 それから大声で主だった盗賊どもを呼びつけると、彼らに指図してどうにかこうにか兄弟たちを並べ始めた。

 〈犬〉達にどやされながらノロノロと動く盗賊どもを見て、王女様がため息をつく。


「兵士として使うなら調練が必要ね」


 そのがっかりしたと言わんばかりの口ぶりに、俺は少しばかりカチンと来てしまった。


「俺たちは盗賊だぞ。兵士として使うのがそもそもの間違いだ。

 夜になるまで待ってくれれば――」


 そう言って、俺は目線で敵の指揮官らしき騎士を指した。


「あいつの首だって獲って見せるさ」


 俺は言ってすぐ失態に気づいたが、口から出た言葉は取り消せない。

 仕方がないので急いで言い足した。


「ま、あんたが命令しさえすれば、だけどな」


 それを聞いて王女様はクツクツとおかしそうに笑った。


「それは頼もしいけれど、やっぱり貴方には躾が必要ね。

 とりあえず今は必要ないわ。

 悪いけど、この場では兵士の真似事をしてちょうだい」


「はい、仰せのままに」


 俺はそう応えながらホッと胸をなでおろした。

 危うくあいつの首を獲りに行かなくてはならなくなるところだった。


 思慮が足りないのは俺の昔からの欠点だ。

 森婆にも、ハンス爺さんにも、なんならまだ生きていた頃の両親からもよく叱られた物だったが、一向に治る気配がない。

 口にはよくよく気を付けるようになった今でもこのざまである。

 思えば、代官の城なんぞを襲撃する羽目になったのもこの口が滑ったせいだった。


 そうこうしているうちに、〈犬〉が兄弟たちを並び終えたらしい。

 彼は俺の所に来ると、旗を受け取りながら報告した。


「お頭、整列が完了しました」


 その言葉通り全員並んではいたが、その様は丘の上の軍勢とは比ぶるべくもない。

 お姫様に恥をかかせないためにも調練が必要なのは、まあ確かかもしれなかった。

 我らが王女様も同様の感想を抱いたようで、彼女はもう一度小さくため息をついた。


「ま、今はいいでしょう。

 〈犬〉さん、でよかったかしら?

 貴方は軍勢の面倒を見ておいてちょうだい」


 そう言って彼女は前方に展開する軍勢へと視線を移す。


「お任せを」


 〈犬〉がそう言って膝を折ったが、お姫様は振り返りもしない。

 兄弟たちの面倒は〈犬〉が見るとして、じゃあ俺は何をすればいいんだろうか?

 しかたがないので王女様を見上げた。

 目が合う。


「何をしているのジャック。

 轡をとっているのは貴方なんだから、さっさと私をおじ様の所に連れて行きなさい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る