第17話 盗賊の頭
最初の村の他に二か所ばかり巡ってそれぞれで荷車の中身を下ろした後、俺たちは拠点への帰路についた。
拠点とはいっても、あの古い大きな塚ではない。
あの塚の入口は今はもう封印され、中には真っ二つになってしまったロバート親分が葬られている。
まあ、一介の盗賊が分不相応にも偉大な王の墓に葬られたのだから文句はあるまい。
今俺たちが目指している新しい拠点は、元々は盗賊団の予備の避難所として用意されていた場所だったという。
横穴が無数に空けられた奇妙な崖で、盗賊達はそれぞれが好きな穴を選んで自分の寝床にしていた。
横穴は人ひとりが寝転がるのに十分な広さがあり中々に快適なのだが、奇妙なことにどの穴にも不気味な石人が一体ずつ彫り込まれていた。
さて、拠点に戻ってみるとどういうわけかエルマー達を取り囲むように居残りの盗賊たちが数人集まっていた。
これは何かもめごとが起きたに違いない。
俺は慌てて彼らの間に割り込んだ。
「おい、お前ら! いったい何事だ!」
俺の剣幕に恐れをなしてか盗賊たちがたじろいだように後ずさった。
「いや、その、俺たちゃ別に……」
彼らは首をブンブンと振りながら犯行を否定した。
「何をぉ! だったらお前ら、こいつらに何の用があるっていうんだ!」
なおも詰め寄る俺の袖を引きながら、エルマーが宥めるように言った。
「まあまあ、お頭。落ち着いて下せえ。
この人達だって何も俺らを獲って喰おうとしてたわけじゃねえんで」
「何、そうなのか?」
俺が確認すると、彼らはガクガクと頭を上下に揺らした。
「へ、へえ! その通りで。
そいつが柄杓で矢を飛ばせるっていうから、見せて貰ってたところだったんですよ!」
言われてみれば、確かにエルマーの手には柄杓が握られている。
落ち着いて話を聞いてみればとんだ早とちりであった。
エルマーが暇つぶしの余興に矢を飛ばして見せたところ盗賊たちはそれに大いに感心し、矢を飛ばすやり方についてあれこれ聞いていた所であったらしい。
俺は気まずい思いで謝罪をした。
「そ、そりゃすまなかったな……」
「い、いえ、誤解さえ解ければそれでいいんで……あ、そ、そうだ!
俺たちゃ荷物降ろしを手伝ってきやすんで!」
彼らはそう言い残すと、逃げるように戦利品の所へ駆けて行った。
ずいぶんと怖がられている気がする。
まあ、当然と言えば当然か。
なんせ、初対面でいきなり彼らの親分を真っ二つにしたのがこの俺だ。
「お頭ぁ、あんまり怖がらせちゃだめですよー」
ビルがのんびりとした口調でこんなことをいう。
「なんだ、妙に奴らの肩を持つじゃないか」
「へえ、でもまあ、あいつらもそんなに悪い奴らじゃないんですよー」
「盗賊だぞ?」
「へへへ、でもそれは俺達だってそうでしょう?」
なるほど。
たしかに今の俺はどこに出しても恥ずかしくな立派な盗賊で、もはや彼らと同じ側の人間だ。
いったいいつの間にこんなことにと振り返ってみたが何のことはない。
こうなったのは旅立ちの最初も最初、アンガスたちを殺したその時からだ。
今更真人間らしく振る舞ってみたところで、とっくの昔に俺は犯罪者なんである。
「お頭がいない間、暇だからってんであいつらと身の上話なんかをしてたんですけどね」
今度はセシルが口を開いた。
「結局、あいつらもおいらたちと同じような具合なんですよ。
土地を失うやら口減らしやらで村からおん出されて、食うに困って盗賊稼業に手を染めて。
だから、お頭がいない間も結構親切にしてもらったんですよ」
拠点に取り残された仲間たちはさぞ心細い思いをしているだろうと思っていたのだが、案外そうでもなかったようだ。
「そういうわけなんで、あんまり邪険にしないでやってください。
もうあいつらもおいらたちの仲間なんですから」
仲間、ねえ。
彼らはもうすっかりこの盗賊団に加わった気でいるらしい。
俺もいい加減、腹をくくるべきかもしれない。
「どうしたんで、お頭。
そんなに渋い顔して」
ふと視線を上げるとエルマーが不思議そうに首をかしげていた。
実に能天気な顔つきである。
もう盗賊を怖がらないのはいいとして、こいつらには自分が盗賊になった自覚が本当にあるんだろうか?
なにしろいざとなれば人をも殺さねばならない稼業だ。
俺にはこいつらが人を殺すところなんて想像もできなかった。
「なあ、お前ら――」
彼らにそれを問いただそうと口を開いたその時、荷物の所にいた〈犬〉がこちらに呼び掛けてきた。
「おーい、お頭ぁ!」
「なんだあ!」
「今日は大儲けですからね!
手下どもを全員集めて、宴会といきましょうや!」
それを聞いた盗賊たちが一斉に「うおーい!」と快哉の声を上げた。
*
「それでさ! お頭の斧がビカッと光ったと思ったらグーン! と飛んでってさ!
それで見張りの奴は何が起こったか気づく間もなく真っ二つってわけよ!」
「うおぉぉぉ! すげええええ!」
宴会が始まると、襲撃に参加していた盗賊どもが口々にお頭の戦いぶりとやらを留守組に自慢し始めた。
酒に酔った勢いなのか、一人話すごとに話が大きくなっていく。
彼らの話を総合すれば、俺は投げ斧で見張りを八人まとめて真っ二つにし、ついでに門を一撃で粉砕したらしい。
放っておくととんでもないことになりそうだったので口を挟もうとしたら、〈犬〉に止められた。
「言わせておきゃあいいんですよ。
聞く方だってあんな話本気で聞いちゃいません」
「意味ねえじゃねえか」
「意味はありますよ。
お頭が強けりゃ、それだけ安心できます。
ロバート親分だって到底立派な人間じゃあありませんでしたが、それでも強いから俺たちをまとめられたわけで。
みんな安心したいんですよ」
そういうものなんだろうか?
「だけど、嘘はよくないだろ」
俺がそう言うと、〈犬〉は楽しげに笑った。
「俺たちゃ盗賊ですよ。
盗賊に道徳を説いてどうするんですか」
なるほど、まったくもってその通りだ。
だが、何かうまい事はぐらかされたような心持になって俺は首をひねった。
楽しげに語りあう盗賊達の間から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「それだけじゃねえぞ!」
もう盗賊に馴染んだのか、それとも酔った勢いかは定かではない。
ともかく酒の入った器を手にエルマーはすっかりご機嫌だった。
「うちのお頭は強いだけじゃねえ! 優しいんだ!」
襲撃に参加していた賊の一人が言葉を継ぐ。
「そうとも! おい、お前ら!
今日の稼ぎをお頭がどうしたか知ってるか?
聞いて驚くな! なんと貧乏人に施しをなさったんだ!」
場がさらに盛り上がり、別な一人が口を開く。
「あんときの村人の顔ときたら!
感謝のあまり涙を流していやがったぜ。
あぁ、お前らにも見せてやりたかったなあ!」
そうだっただろうか?
俺にはとてもそうは見えなかったが、〈犬〉に言わせれば突っ込むのは野暮らしいので黙っておく。
エルマーが立ち上がり、周囲を見回しながら言った。
「俺たちゃ盗賊、もはやお天道様の下を歩けぬ身の上だ。
だが、これからは違う!
これからは世のため人のために働くんだ!
みんなお頭についてこい!
あのお方が俺たちをまっとうな道の上につれもどしてくれらあ!」
エルマーの演説に、盗賊達は気勢を上げながら一斉に足を踏み鳴らして応じた。
酒宴の盛り上がりは最高潮に達しつつある。
俺は〈犬〉の耳元に口を寄せてそっと囁いた。
「おい、盗賊も案外と道徳ってやつを気にするものらしいぞ」
〈犬〉がムスッとして呟き返す。
「ま、あいつらのやる気が出るならなんだっていいんですがね」
騒ぎの真ん中では調子に乗ったエルマーが勝手に乾杯の音頭を取り始めた。
「我らがお頭、正義の義賊!
〈木こりのジャック〉に乾杯!」
もはや盗賊どもの勢いはとどまる所を知らない。
奴らはその場に酒杯を投げ出して俺を取り囲むと、わっしょいわっしょいと胴上げを始めた。
それはそれとして、本当に俺たちはどうなってしまうんだろうか?
*
酒宴の翌日から、俺たちは立て続けに地主の屋敷を襲撃した。
いずれも、善良な小作人たちを絞り上げて肥え太る悪徳地主たちだ。
まあ、少なくとも〈犬〉はそう主張している。
地主どももただ手をこまねいていたわけではない。
俺たちに襲われるような心当たりのある者たちは軒並み警戒を強化しており、潜入は先日までのように簡単にはいかなくなっていた。
ある村落では屋敷内に侵入したところで用心棒と戦闘になった。
彼らは重武装でこちらを待ち構えており、身軽さが身上の盗賊ではたとえ数が多くとも分が悪い。
どうにか金の斧で排除したものの、二人の盗賊が傭兵に殺されてしまった。
また、ある村落では用心棒に加えて小作人たちまで動員し、夜通し見張りを置いて警戒していた。
戦闘は避けられぬものと覚悟していたが、我らの頭脳である〈犬〉に手抜かりはなかった。
彼は事前に小作人のうち幾人かを買収していたのである。
なにしろその地主は小作人から恨まれており、こちらには義賊としての評判が広まり始めていたものだから、これはあっさりと成功した。
俺たちが侵入するや否や小作人たちはこちらに寝返り、用心棒を背後から殴り倒した。
その後は地主を縛りあげて小作人たちに引き渡してやったが、それからどうなったかまでは俺たちの関知するところではない。
「そろそろ頃合いでしょうな」
そんなある日の〈犬〉の言である。
その唐突な一言に、俺は目をぱちくりさせた。
「頃合いって、何がだよ」
「そろそろ代官を襲っちまいましょうってことですよ」
そう言えばそういう話だったな。
あまりにも刺激的な日々を送っていたので、すっかり忘れかけていた。
「あ、ああ! なるほど。ようやくか」
「お頭、もしかして忘れてたんですかい?」
俺はそんなことはない、と口に出しかけて、久々にあの嫌な予感に襲われた。
むっつりと黙り込んだ俺に、〈犬〉が呆れたような視線を向ける。
「ま、いいですがね。
城については〈兎〉と〈梟〉が内偵を進めています。
侵入経路は凡そ目星がつきました」
〈兎〉は盗賊の一味である盲目の男だ。
何かと多才な奴で、竪琴の弾き語りの名人でもあり、また按摩の技まで身に着けている。
彼はこれらの技能を駆使して様々な場所へ怪しまれることなく入り込み、情報を集めることができるのだ。
もう一方の〈梟〉は陰のある色男で、〈兎〉の弟子として弾き語りの技能を身に着け、またその甘やかな風貌で〈兎〉とはまた違った方面から情報を集めていた。
この二人はまさに盗賊団の眼であり耳なのである。
「二人には情報集めと並行して、我々がいずれ修道院を襲撃するという噂を流させています。
修道院長はもう夜も眠れぬ有様だとか。
今襲撃予告を放り込めば、間違いなく代官に泣きつくことでしょう」
だといいんだが。
しかし、〈犬〉の顔つきは既に自信たっぷりである。
そして実際に、この男はこれまで自信相応の成果を上げてきた。
人柄はともかく、能力については信用してもいいだろう。
「よおし、分かった。
それじゃあやってやろうじゃないか」
いよいよ大勝負の始まりである。
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