第16話 悪企み
空が白み始めていた。
荷造りを終えた俺たちは意気揚々と屋敷を後にする。
厩舎にいた馬四頭の背に積めるだけの荷物を載せた。
ついでに倉庫脇にあった荷車も拝借し、これまた厩舎から拝借した牛に牽かせている。
これだけあれば、しばらくは盗賊団を食わせていけるはずだ。
屋敷の周囲には小作人たちが住んでいるらしいあばら家が立ち並んでいた。
どの小屋も壁板は隙間だらけで、これでは冬はさぞ辛かろう。
ふと視線を感じたので目を凝らしてみれば、そんな壁の隙間からこちらを覗いている奴がいる。
〈犬〉の方もそれに気づいたらしく、俺に目配せをしてきた。
一緒についてこいということだろう。
俺は頷いて、〈犬〉の後について隊列を離れる。
〈犬〉は先ほどのボロ小屋の扉を蹴破ると、あっという間にその男を家から引きずり出した。
その首に短剣を突き付けながら脅すようにたずねる。
「お前、あそこの屋敷の小作人だな?」
「は、はい……何も見ちゃいません! 誰にも言いませんから!
だから、命ばかりはお助けを……!」
「まあ、落ち着け」
怯える村人をなだめようと、〈犬〉は精一杯の猫なで声を出した。
もちろん刃物は首にあてたままだ。
「俺たちゃお前さんに危害を加える気なんざこれぽっちもねえ。
ただちいっとばかり頼みを聞いてほしいんだ。
もちろん、相応の見返りはくれてやる」
そう言いながら〈犬〉はポケットから銀貨を一枚取り出して、そいつの手に握らせた。
先ほどの屋敷から持ち出した盗みたての銀貨である。
「俺達の姿が見えなくなったら村の連中を叩き起こせ。
そうして、皆で屋敷へいくんだ。
いいか、俺たちの姿が見えなくなったらだぞ?
そこさえ間違えなければあとは好きにしていい。
蔵の中身も残っているのは全部お前らの物だ。皆で分けちまいな。
なに、俺たちのせいってことにすりゃ咎められることもねえさ。
わかったか?」
「へ、へえ、わかりました……!
あなた方の姿が見えなくなったら、ですね?」
「そうだ、見えなくなったらだ。
だがそれまでは誰一人として屋敷にいれちゃならねえ」
「は、はい! もちろんです!
誰も屋敷には入れません!」
「よーし、よし。
忘れるなよ?」
〈犬〉は猟犬じみた笑みを浮かべながらもう一枚銀貨を握らせると、そいつを解放した。
そうして俺たちは二人して隊列に戻った。
歩きながら俺は〈犬〉に訊ねた。
「なあ、こりゃなんのつもりだ?」
「さっきの奴ですか?
時間稼ぎですよ。うまくいくかはわかりませんが、やらないよりましですからね」
「そうじゃねえ。
あの屋敷、ただの地主の屋敷だろ?」
〈犬〉は俺の問いにふてぶてしく笑った。
「へへ、まあそうですね。
ただの地主ではなくて、評判の悪い地主ですが。
だいぶ恨まれていたようです」
「そんなことはどうでもいいんだよ。
俺のお宝を取り返すって話はどうなったんだ?」
俺のお宝はこんな地主のところではなく、代官のところにあったはずだ。
「もちろん忘れちゃちゃいませんよ。
ここを襲ったのも、そのために必要な事なんで」
「どういうことだ?」
「まずですね。代官は小さいとはいえ国王陛下から預かった城に住んでいます。
おまけにきっちり鎧を着こんだ騎士が十人と、百人近い兵士が常時駐屯しているわけで、
これはもう倉庫の中身を盗み出すどころの騒ぎじゃない。
忍び込むだけでも困難です」
これを聞いて俺はピンときた。
「わかったぞ!
こうして集めた金で傭兵を雇って、城を攻め落とそうってわけだな?」
「発想が物騒すぎやしませんかね?」
盗賊に物騒だなんて言われるとは思わなかった。
「まあ、あれです。
傭兵なんぞいなくたって、一時的になら城は奪えます。
忍び込めさえすればね。
なんせ城ってのは内側からの攻撃にはめっぽう弱い」
「だけど、その忍び込むのが難しいって話じゃなかったか?」
「そう、そのとおりです。
百人も兵士がいれば夜間の見張りも隙がない。
だが、半分になりゃ話は違う」
「地主の屋敷を襲うと兵士が減るのか?」
「へへへ、そういうことになりますな。
ちょいと長くなりますがよろしいですか?」
「聞かせてくれ」
どうせまだ道行は長いのだ。
〈犬〉は今来た村のさらに向こうを指さした。
「あっちの方に、大きな修道院がありましてね。
歴史ある格式の高い大きな修道院です」
地主の次は修道院ときたか。
「代官の話はどこ行ったんだよ」
「まあまあ、修道院の話はすぐに終わりますから。
元々は信心深い領主から寄進を受けて、小さな荘園をいくつか経営していただけだったんですがね。
院長どもも代を経るにつれどんどんと欲が深くなっていき、
近頃じゃあ金貸しの真似をしては農民や騎士達から土地を巻き上げておりまして」
「騎士から?
そこまでしたらさすがに王様も黙っちゃいないだろう」
「ところがご存じの通り、国王陛下はこのところずっと大陸での戦争にかかりきりですからね。
ここらの代官ときたら陛下の不在をいいことに好き放題。
件の修道院長も、その代官に賄賂を渡して好き放題ってわけですよ」
また代官と賄賂か。
だがそれでも全く話が読めない。
「それが今度の地主屋敷とどう関係があるんだよ」
「へへ、ここからが面白いところで。
代官と院長がずっぽりな関係なのは今お話しした通り。
もちろん地主どもも同じです。
そこでまずは、特に悪辣な地主を何軒か襲い、その度に代官と修道院を批判する看板を残します」
「さっきお前が書いていたような奴か」
「そうです」
答えながら〈犬〉は楽し気な笑みを浮かべた。
「あれを見れば、連中、さぞカッカすることでしょうな。
奴らを十分に怒らせたところで、次は修道院に襲撃予告を出します。
院長は震えあがって代官に助けを求めるでしょう。
先にお話ししたように修道院は代官の大口顧客。
見捨ててはおけませんし、こちらを捕まえる好機でもあります。
必ず援兵を修道院に差し向けるはずです」
「その隙に代官の城を襲う、と」
「その通りです。
さすがお頭、ご理解が早い」
いや、さすがにここまで聞かされれば俺にだってわかる。
こいつがとんでもなくガバガバな計画だってこともだ。
だが、それを差し引いても俺には気になることがあった。
「それはいいが、時間がかかりすぎるんじゃないか?」
俺が取り戻したいのは、あのトムの小銭が詰まった革袋だ。
あまり時間がかかると、支払いか何かで使われてしまう可能性がある。
袋に至っては既にゴミとして捨てられていてもおかしくない。
「奪われた荷物に、なにか思い入れのある品でもありましたか?」
「ああ、そんなところだ」
「それならあと二か月は大丈夫ですよ」
〈犬〉が説明してくれたところによれば、盗品の出どころがはっきりしている場合、二か月以内に持ち主が名乗り出れば返還義務があるのだという。
この場合の持ち主とは、つまり皆殺しにされた地主一家の相続人だ。
もちろん、代官がその気になれば知らん顔もできるだろうが、新しい地主は新しいお得意様でもあるのだから、おそらく期限内は手を付けたりはしないだろうということらしい。
万が一、相続人が名乗り出たならばそっちを襲えばいいということか。
そんな話をしている内に、俺たちは小さな村にたどり着いた。
立ち並ぶ家々は先の小作人たちの小屋にも劣らぬみすぼらしさである。
地主の屋敷らしきものもあったが、ただ他よりも大きいというだけで荒れ具合では大差ない。
ぼろぼろの野良着に身を包んだ村人たちが、警戒心もあらわに物陰から俺たちを窺っていた。
「しけた村だな」
思わず口から洩れた言葉に、〈犬〉が肩をすくめながら答えた。
「ここらはどこもこんな具合ですよ。
元よりたいして豊かな土地じゃありませんでしたがね。
十年ばかり前に先王がお隠れになってからはますますひどくなっちまって。
おかげで俺たち盗賊もいい迷惑です」
「確かに、盗みに入った先がこれじゃあ商売になんねえな」
「まったくそのとおりで。
ところでお頭はどこのご出身で?」
「最初にお前らと会った森があっただろ?
あそこの東にある川向うの森だよ」
「ああ、ホースヤード伯のご領地でしたか、道理で。
あのあたりにゃあ古い免税権やらなんやらがありますからね。
まあいろいろな負担が軽いんでしょうな」
どうやら、俺の故郷はあれでなかなか恵まれていたらしい。
「ま、村が貧乏であればあるほど今に限っては都合がいいんですがね」
そう言いながら〈犬〉はあたりを見回し、コソコソとこちらを窺っていた村人の一人に目を付けるとできる限りの笑顔を作ってそいつに呼びかけた。
「お~い」
しかし彼の内面からにじみ出る凶暴性は隠しきれなったらしく、件の村人はあっという間にあばら家の奥に引っ込んでしまった。
「わはは、お前じゃそりゃ怖がるだろう。
どれ、俺が呼んできてやろう」
そう言って踏み出しかけたところで俺は〈犬〉に止められてしまった。
「お頭じゃもっとダメです。
おい、〈大鼠〉。さっきのやつを引っ張ってこい」
「へえ」
呼ばれて答えたのは、いつぞやの少しばかり気弱そうな盗賊である。
なるほど、彼なら怖がらせることなく村人を連れてこられるかもしれない。
指示を受けた〈大鼠〉はノコノコとボロ小屋の前に行くと、やおら剣を抜いて扉を蹴破った。
そのままの勢いで中に突入し、剣を突き付けながらひいひいと泣き叫ぶ村人を引きずり出してきた。
またこのパターンか。
仕事が速いのは助かるが、他にやりようはなかったのだろうか?
俺が行ったのと大して変わらないじゃないか。
〈犬〉もこれには渋い顔をしたが、ひと先ず話を進めることにしたらしい。
咳ばらいを一つして、再びわざとらしい笑顔を作り直した。
「やあ、おはよう。手荒いことをしてすまなかったね」
「ひいい。ごめんなさいごめんなさい。
見ての通りの貧乏人で差し出せるものはございません。
どうかご容赦を――」
気持ちの悪い猫なで声の甲斐なく、村人は怯え切っている。
「ああ、もうめんどくせえ」
〈犬〉は友好的な対話を諦めたらしい。
彼はひれ伏す村人の髪をひっつかんで無理やり持ち上げると、その耳に言いたいことを一方的に吹き込んだ。
「いいか、よく聞け。
俺たちゃ奪いに来たんじゃねえ。
逆だ。授けに来たんだ。
こちらにおわすお方が――」
そう言って彼はさらにグイと髪を引っ張って村人の顔を俺の方に向けさせた。
「お前たち貧乏人に食べ物を恵んでくださるのだ。
有難く受け取れ。そして忘れるな。
このお方の名は〈木こりのジャック〉。
悪い奴らを懲らしめて下さるお方だ」
「ひいい!
あ、ありがとうございます! ありがとうございます!
ジャック様のお名前は決して忘れません!」
どうやら、〈犬〉の奴はどうしても俺の悪評を世に広めたいらしかった。
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