第45話 薬の小瓶
森が深い闇に包まれ始めた頃、ライカンは突如として足を止めた。彼の鋭い目が周囲を警戒するように動き、「追手を完全に振り切ることは難しいようだ」と低い声でつぶやいた。そして、一瞬の沈黙の後、「この場所で一夜を明かすことにする」と決然とした口調で宣言した。
夜空は漆黒の闇に覆われ、星々がわずかに瞬いていた。昨日よりも早い時間に移動を終えることになったため、テックは疑問を感じたようだった。彼は眉をひそめながら、「まだ時間に余裕があるように思えますが、本当にここで止まってしまっていいのか?」と尋ねた。
ライカンは相変わらずの冷静な口調で、しかし少し厳しい表情を浮かべながら答えた。「狼牙族である俺は、夜目が利き、嗅覚も鋭い。森の状態を細部まで把握しながら進むことができる。だが、お前たちにはそれは無理だろう。夜の森で行動すれば、お前たちの安全を保証することはできない」
その言葉を聞いて、明らかにイライラした表情を浮かべるテックを見て、俺は深く息を吐き出した。状況を冷静に判断し、「理解した」と短く、しかし確固とした口調で返事をした。
テックは納得がいかない様子で、「しかし……」と反論しようとしたが、俺は彼の言葉を遮った。「考えてみろ。俺たちの後ろには追っ手がいるんだ。そのことを忘れるな」と、静かながらも力強い声で言った。
ライカンは俺の言葉に同意するように頷き、「そうだ。恐らく奴らはまだ我々の後を追っているはずだ」と付け加えた。その言葉には、状況の危険性を強調する意味が込められていた。
「夜間に移動を続ければ、俺たちはライカンについていけなくなる可能性が高い。そうなれば、追手に一人ずつ倒されていく危険性が出てくる」俺はテックに向かって、冷静に状況を分析しながら説明した。テックの表情が徐々に理解を示し始めるのが見て取れた。
ルカも会話に加わり、さらに状況の深刻さを強調した。「それに、追手の狙いはライカンだけじゃないかもしれない。同じ組織ならリリルのことも狙っている可能性が高い」彼はリリルに心配そうな眼差しを向けた。その言葉に、全員の表情が一瞬引き締まった。
テックは俺とルカの言葉を聞いて、ようやく完全に理解を示したようだった。彼は深くため息をつき、「わかったよ。確かにお前らの言う通りだ」と言いながら、ゆっくりと荷物を降ろし始めた。その動作には、状況を受け入れた覚悟が感じられた。
突然、リリルが元気よく声を上げ、場の緊張を和らげるように提案した。「じゃあ、みんなでテントを張ったり、キャンプの準備をしましょう!協力すれば、きっとすぐに快適な環境が整うはずよ」
テックは彼女の明るい態度に少し救われたように見え、頷いて応じた。「ああ、そうだな。早速始めよう。効率よく作業を分担すれば、日が完全に沈む前に全てを整えられるはずだ」二人は手際よく荷物を広げ、テントの設営や食事の準備を始めた。その様子を見ていると、危機的状況の中でも協力し合う仲間たちの姿に、少し心が温かくなるのを感じた。
その光景を静かに見守っていたライカンは、突然俺とルカに目を向けた。「お前たち二人、少し話がある。こっちに来い」と、低く、しかし威厳のある声で呼びかけた。その口調には、これから重要な話があることを示唆する緊張感が漂っていた。
俺とルカは顔を見合わせ、互いに軽く頷いた後、少し離れた場所でライカンと向き合った。ライカンは周囲を警戒するように鋭い視線を巡らせ、誰にも聞かれないよう確認してから、静かに、しかし重々しく口を開いた。
「今夜、盗賊たちが襲撃してくる可能性が非常に高い。お前たち二人はあの二人よりも強い」彼の声は低く、しかし厳しさと緊張感に満ちていた。その言葉に、俺とルカの背筋が一瞬凍りついたように感じた。
ライカンは一瞬言葉を切り、俺たちの反応を確認してから続けた。「もし戦闘になった場合、俺が最前線で敵と戦う。その間、お前たちの役目は他の者たち、特にリリルとテックを守れ。お前たちが全力で戦えば何とか倒せるだろ」
俺とルカは言葉を発することなく、ただ真剣な表情で強く頷いた。その瞬間、ライカンはポケットから小さな、不思議な模様が刻まれた瓶を取り出した。瓶の中には、淡い青色の液体が入っているのが見えた。
「これを飲め」彼は俺たちに瓶を差し出した。その仕草には、何か重要なものを託すような慎重さがあった。「これは特殊な薬だ。飲めば24時間眠る必要がなくなる。夜間の警戒には必須のものだ」
俺は驚きと好奇心が入り混じった表情で瓶を見つめた。「24時間も眠らなくていい?それは驚異的な効果だな」と、思わず声に感嘆の色が混じった。
ライカンは厳しい表情を崩さずに、さらに詳しく説明を続けた。「だが、注意しろ。この薬には危険な側面もある。24時間を超えると、突然意識を失ったように深い眠りに落ちる。そうなれば、お前たちは完全に無防備な状態になってしまう。絶対に時間を超えるな」
ルカが不安そうな表情で尋ねた。「他に気をつけるべき副作用はあるか?」彼の声には、薬の効果に対する期待と同時に、未知の物質に対する警戒心が混ざっていた。
「大きな副作用はない」ライカンは答えたが、すぐに付け加えた。「ただし、使用後は通常以上の空腹感を覚えるだろう。それと、最も注意すべきは、薬の効果中は体の疲労がほとんど感じられなくなることだ。過度の行動は避けろ。気づかないうちに体を酷使してしまう危険性がある」
ライカンはさらに、厳しい表情で強調した。「この薬を飲んで、二人で交代しながら夜間の警戒に当たれ。油断は許されない。一瞬の隙も見せるな」
俺とルカは再び顔を見合わせ、決意を固めるように頷いた。「了解した」と俺が答え、ルカも「わかった。責任を持って警戒に当たるよ」と付け加えた。二人の声には、状況の重大さを理解した上での覚悟が感じられた。
ライカンはさらに具体的な指示を続けた。「もし夜中に盗賊の気配を感じたら、即座に俺だけを起こせ。他の者たちは巻き込むな。俺が最初に対処する。お前たちは他の者たちの安全確保に専念しろ」
「はい、わかったよ」俺たちは同時に答えた。ライカンの厳しい口調と、その言葉に込められた緊迫感に、状況の危険性を改めて痛感した。
その時、キャンプ地の方から、突如として明るい声が響いてきた。「ルカ、シーク。こっちに来て!夕食の準備を手伝ってくれない?」リリルの声だった。その明るい調子が、先ほどまでの緊張感とは不思議なほどコントラストを成していた。
俺たちは再びライカンを見た。彼は小さく、しかし確かに頷き、「行け」と言った。その一言には、「警戒は怠るな」という無言の戒めが込められているようだった。俺とルカは、慎重に薬瓶を受け取ると、キャンプ地に向かった。
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