第40話 リリル
「シーク、起きろ」
ルカの声が耳元で響き、俺は目を覚ました。寝ぼけ眼で周りを見回すと、まだ真っ暗な森の中だった。
「ん……もう交代の時間か?」俺は体を起こしながら尋ねた。
「ああ」ルカは短く答えた。彼の表情は疲れているようにも見えたが、警戒心は解いていなかった。
「何か変わったことはあったか?」俺は寝袋から出ながら聞いた。
ルカは首を横に振った。「特には何もなかった。ただ……」
「ただ?」
「テックの様子がおかしいんだ。見回りの間、何度か変な動きをしていたし、何かを隠しているような感じがした」
俺は眉をひそめた。テックの奇妙な態度は以前から気になっていたが、ルカも同じように感じているようだった。
「わかった。俺たちの番の間、注意して見ておくよ」
ルカは頷いた。「頼む。それと……」彼は少し躊躇したが、続けた。「リリルのことも気をつけてほしんだ。彼女、最近少し様子が変だと思うんだ」
俺は驚いて目を見開いた。「リリルが?わかった、気をつける」
ルカは疲れた表情で頷き、テントへと向かっていった。俺は深呼吸をして、頭を整理した。これから朝までの見回り。リリルの様子、そして森の中の異変に注意を払わなければならない。
「よし、リリルを起こしに行こう」俺は小声でつぶやき、彼女のテントへと向かった。
俺はリリルのテントに近づき、静かに声をかけた。「リリル、起きてるか?」
中からごそごそと音がして、少しして返事が返ってきた。「ええ、起きてるわ。今出るから待ってて」
数分後、リリルがテントから出てきた。彼女は俺の顔を見ると、少し不機嫌そうな表情を浮かべた。
「もう、シーク。男子禁制なんだけど」リリルは軽く文句を言いながらも、起きてきたことに変わりはなかった。
「悪い」俺は謝りながら、少し後ずさりした。「見回りの時間だからな」
リリルは深いため息をついた。「わかってるわよ。じゃあ、行きましょうか」
二人で歩き始めると、静寂が漂う夜の森の中で、俺たちの足音だけが響いていた。しばらくの間、お互いに言葉を交わすことなく歩き続けた。
しかし、リリルの様子が気になっていた俺は、ついに口を開いた。「リリル、最近様子がおかしいみたいだけど……大丈夫か?」
リリルは足を止め、俺をじっと見つめた。彼女の目には、悲しみと苦痛が浮かんでいた。
「シーク...」リリルの声が震えた。「私...もう限界かもしれない」
突然、リリルの目から涙があふれ出した。彼女は両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣き始めた。
「この世界……怖いの。みんな死んでいく。アーサー、エマ……私たちの仲間が……」リリルの言葉は途切れ途切れだった。
俺は静かにリリルに近づき、そっと肩に手を置いた。「リリル……」
「私たちはここに来るべきじゃなかったの?この世界は私たちを受け入れてくれないの?」リリルは泣きじゃくりながら言った。「もう……耐えられない……」
俺は深く息を吸い、リリルの頭にそっと手を置いた。「リリル、聞いてくれ。俺たちは一緒だ。この世界は確かに厳しい。でも、俺たちはまだここにいる。生きている」
リリルは俺の胸に顔を埋めたまま、声を詰まらせながら言った。「でも……どうすれば……」
「一緒に乗り越えよう」俺は優しく言った。「アーサーとエマか。俺はその人たちを知らないけど。俺たちは生きていく。彼らの思いを胸に、前を向いていこう」
リリルはゆっくりと顔を上げ、涙で濡れた目で俺を見つめた。「シーク……ありがとう。私……頑張る」
俺は微笑んで頷いた。「俺たちはきっと、この世界で生きていける。一緒に」
リリルは深く息を吐き、少し落ち着いた様子で頷いた。二人は再び歩き始めた。夜の森は相変わらず静寂に包まれていたが、二人の間には新たな絆が生まれていた。
リリルとの会話が続く中、俺たちは元の世界での生活について話し始めた。特に日本での思い出や経験を共有し合った。
リリルは自分の家庭について語り始めた。「私の家は特別裕福というわけじゃないの」と彼女は言った。しかし、その言葉の裏には何か隠されているようだった。
話を聞いていくうちに、俺は不安な予感を覚えた。リリルの言葉の端々に、家庭内暴力を匂わせるような描写があったのだ。しかし、彼女はそれをまるで日常の一部であるかのように淡々と語っていた。
「でも、それって……」俺は言葉を選びながら慎重に尋ねた。「普通じゃないんじゃないか?」
リリルは少し困惑した表情を浮かべた。「え?みんなこんな感じじゃないの?」
その反応に、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。リリルにとって、そんな環境が「普通」だと思い込まされていたのかもしれない。
それでも、彼女は元の世界に戻る方法を探そうとしていた。俺には理解できなかった。なぜ、そんな世界に戻りたいと思うのか。
「リリル」俺は真剣な眼差しで彼女を見つめた。「なぜ戻りたいんだ?ここなら、新しい人生を始められるんじゃないか?」
リリルは少し沈黙した後、小さな声で答えた。「わからない……でも、あの世界には私の居場所があるの。たとえそれが……痛みを伴うものだとしても」
その言葉に、俺は言葉を失った。リリルの心の奥底にある複雑な感情を、俺には完全に理解することはできなかった。しかし、彼女の苦しみを少しでも和らげたいという思いが、胸の中で強くなっていった。
「リリル」俺は静かに言った。「俺たちはここで新しい人生を歩んでいる。もしかしたら、それは君にとっても新しい始まりになるかもしれない」
リリルは俺の言葉を聞いて、少し考え込むような表情を見せた。その瞬間、彼女の目に小さな希望の光が宿ったように見えた。
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