第38話 故郷の匂い

 俺に詰められた盗賊は、突然の接近に驚いた表情を浮かべ、反射的に後ろを向いた。彼の目には、仲間との連携を図ろうとする焦りが見えた。しかし、その願いは叶わなかった。


 テックの放ったファイアボールが、盗賊の仲間たちの行く手を阻んだのだ。オレンジ色の炎が空中で爆発し、熱波と共に煙が立ち込めた。盗賊たちは咳き込み、目を細めながら、仲間を助けようにも動けずにいた。


 その隙を逃さず、俺は盗賊を翻弄し始めた。新しい剣を握りしめ、スピードを活かして右に左に動き回る。盗賊の目は、俺の動きを追いきれずに宙を彷徨っていた。


「くっ……何だこいつ……」盗賊は歯を食いしばりながら、必死に防御の態勢を取ろうとする。しかし、その動きは遅すぎた。


 俺の剣が空気を切り裂く音が響く。一撃、また一撃と、盗賊の体に小さな切り傷をつけていく。それぞれの傷は深くはないが、その数は瞬く間に増えていった。盗賊の服は徐々に赤く染まっていき、彼の顔からは冷や汗が流れ落ちる。


「ぐっ……うぅ……」盗賊の呻き声が聞こえる。彼の動きが鈍くなり始めた。出血が進むにつれ、彼の顔色が徐々に蒼白になっていく。


「もう...動けないのか?」俺は冷静な声で問いかけた。その言葉には、勝負あったという確信が込められていた。


 盗賊は答える代わりに、膝から崩れ落ちた。彼の目には、敗北の色が浮かんでいた。周囲では、他の仲間たちとの戦いも終わりに近づいているようだった。


 俺は深呼吸をして、新しい剣を見つめた。その刃には、まだ盗賊の血が付着している。「なかなかいい切れ味だ」と呟いた。


 戦いの熱気が冷めやらぬ中、テックの声が響いた。「ルカ、そいつは任せて!」


 ルカが戦っている盗賊に向かって、テックが両手を前に突き出す。魔力が集中し、オレンジ色の光が彼の手のひらから溢れ出した。「ファイアボール!」


 炎の塊が盗賊めがけて飛んでいく。盗賊は驚きの声を上げたが、避ける間もなく直撃した。激しい炎に包まれた盗賊は悲鳴を上げ、全身に大やけどを負った。


 その光景を目にしたリリルは、弓を構えた。彼女の手元で魔力が渦巻き、矢の形に凝縮されていく。「これで終わりよ」と呟くと、魔力の矢を放った。


 ビームのような光線となった矢が、別の盗賊の左足を貫いた。閃光と共に、盗賊の左足が消し飛んだ。「ぎゃああああ!」盗賊の絶叫が響き渡る。


 これらの光景を目の当たりにしたライカンは、驚きの色を隠せなかった。「以外にやるじゃないか……」と、彼は独り言のようにつぶやいた。その声には、わずかながら感心の色が混じっていた。


 戦いが終わると、俺たちは素早く行動に移った。「よし、赤い煙を上げるぞ」と俺が言うと、全員が頷いた。


 発煙筒から立ち上る赤い煙が、夕暮れの空に溶け込んでいく。この煙は、無力化された犯罪者がいるという合図だ。警備部隊がこれを見て、すぐに駆けつけてくるはずだ。


「念のため、しっかり縛っておこう」ルカが提案し、みんなで手分けして盗賊たちをロープで縛り上げた。彼らの抵抗する力はもうほとんど残っていなかった。


 縛り終えると、リリルが前に出た。彼女の手から魔力が溢れ出し、空中に文字が浮かび上がる。「依頼中に襲ってきた盗賊」というメモ書きだ。これで警備部隊も状況を把握できるだろう。


「さあ、行こう」俺が言うと、みんなが頷いた。私たちは再び目的地へと歩み始めた。背後では、まだ赤い煙が静かに立ち昇っていた。


 しばらく歩いていると、ライカンが俺たちに話しかけてきた。


「お前たち意外と見所があるじゃないか」彼の声には、わずかながら感心の色が混じっていた。


「特に、前衛で剣を持っている二人だな」ライカンは後ろを振り向き、俺とルカを指さした。


「お前たちの動きの筋はいい、運動能力も段違いだ。電気のガキは能力アビリティも覚醒しているみたいだしな」と続けた。


 ルカは即座に反応した。「いや、シークも覚醒してるよ。何の能力アビリティかわからないだけで」


「何の能力アビリティかわからない?そりゃ面白れぇ」ライカンの目が輝いた。彼は俺に興味を持ったようで、少し鼻を俺に近づけた。


「シークって言ったか?お前と女からは珍しい匂いがするな」そう言いながら、今度はリリルを指さした。


 リリルはすかさず反応した。「一緒におふろとか入ってないけど!?」


 ライカンは頭を抱えて、「そういう外面的な匂いじゃない。もっと内面的な……そうだな、しみついた匂い、故郷の匂いみたいなものかもしれんな」と言い、俺とリリルを見て、不思議な笑みを浮かべていた。


 その言葉に、俺の心臓が一瞬止まりそうになった。もしかしたら俺たちが異世界人なのがばれたのかもしれない。しかし、ライカンはそれ以上詳しく追及することはなかった。


 俺たちは沈黙のまま、ライカンの護衛を続けた。周囲の風景が徐々に変わっていく中、俺の頭の中では様々な思いが渦巻いていた。ライカンの言葉の真意、俺たちの正体、そしてこの世界での立ち位置。全てが不確かで、混沌としていた。


 しかし、今はそれを考える時間はない。目の前の任務に集中しなければならない。俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。どんな状況になっても、対応できるよう心の準備をしておく必要がある。


 ライカンは時折、俺たちの方をちらりと見ていた。その度に、彼の目に好奇心と何か言いたげな表情が浮かんでいるのが見て取れた。しかし、彼もまた沈黙を守っていた。

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