第11話 幼馴染の後悔
時は少し遡る。
レアン・スタイツ伯爵は荒れていた。22歳の年若い伯爵は美しい金髪を振り乱し、執務机を両手で叩きながら叫ぶ。
「アリシアが婚約破棄されるなんてっ!」
金色の瞳に宿るのは怒り。白地に金の刺繍が入った上着に包まれた体をワナワナと震わせる男は明らかに怒っていた。
しかし貴族の一員として王族への発言は、よくよく考える必要がある。
書斎は防音に優れていて窓もドアも閉まっているとはいえ、誰に聞かれるか分からない。
主人を案じた執事はなだめるように言う。
「落ち着いてください、旦那さま」
「これが落ち着いていられるかっ!」
年嵩の執事は主の声にビクッと震える。
180センチに少し届かない身長のレアンは威圧感がある方ではない。かといって弱々しくもない。
スラリとした体は細く引き締まっているうえ、その中性的な美貌は怒りに迫力を与える。
金髪金目という王家の色を濃く継いでいる若者には妙な迫力があった。
「王太子殿下の妻に迎えると聞いて私は泣く泣く身を引いたというのに。なんてことだっ!」
スタイツ伯爵家は中堅どころの伯爵家である。古いレンガ造りの屋敷は広くも狭くもない。経済的にも政治的にも目立たず、かといって没落しているわけでもない家柄だ。
しかし屋敷の主であるレアンには秘密がある。若くして崩御した前国王、ヘンドリックとその王妃レティシアの間に生まれた子ども、それがレアンだ。
毒殺により父であるヘンドリックを失い、出産時に命を落とした母レティシアの子どもであるレアンには保護者が必要だった。
王家は信用ならず、伯爵令嬢であった母の後ろ盾も弱い。
ひとり娘を失った祖父は、レアンの身を案じた。
結果として地位よりも命を選び、暗殺などの心配を避けるためにレアンは伯爵家に引き取られて隠されたのだった。
「私が力をつけることを恐れた王家が私からアリシアを奪ったというのに。幸せにするどころか手酷く裏切るなんて」
「落ち着いて下さい、旦那さま」
忠実な執事であるセバスチャンは激昂する主人をなだめようと必死になっていたが、それは叶わなかった。
執務机に手をついたレアンは怒りに任せて不満を吐き出す。
「しかも相手は男爵令嬢だというではないかっ! 幼い頃から婚約者として頑張っていたアリシアを裏切るほどの相手か? 有力貴族であるダナン侯爵家を手を切るほどの相手か? その女を手に入れたいのなら側室にでも愛人にでもしたらいい。それが、わざわざ侯爵令嬢との婚約を解消してまで王妃に? 話が滅茶苦茶だっ!」
肩で息する主人に、執事は静かに告げる。
「それについては、王太子であるペドロ殿下の趣味の悪さだけという訳でもないようですが」
「っ……胡散臭い動きでもあるのか?」
弾かれたようにレアンは顔を上げると執事を見た。
「はい。娘からの連絡によると怪しい点があるようです」
「政治にはかりごとや駆け引きはつきものだからな。権力の綱引きか?」
「さようでございます」
レアンは悔しげに言う。
「あぁ。こんな事ならあの時……諦めるべきではなかった」
レアンは薄くて赤い唇を、キュッと噛みしめた。
アリシアの受けた心の傷を思うと我が事のように心が痛む。
時を戻せるのなら、なんとしても彼女を守ってあげたかった。
「今からでも遅くないのではありませんか?」
執事は
そこには、ダナン侯爵家から届いた一通の手紙が燦然と光り輝いていた。
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