第七話 「知識は力だ」
【18:05】
「……さっきから黙って聞いていたが、やっぱりおかしい! あんたらはどこまで行っても、一介のヤクザのはずだ! 何故そこまで情報の露出を嫌う!
娘を護衛するだけなんだろ⁉︎ だったら、そう言えばいい! 増援を呼ぶことも、何ら不可解な事じゃない!
……それに不可解といえば、もう一つある。ここは本当に事務所なんだよな⁉︎ 何でこんなに何も無いんだ! 紙媒体どころか、電子機器まで!」
溜まりに溜まった疑念は怒号となり、爆発的に溢れていく。
「おいおい、落ち着けよ。そんなにいっぺんに聞かなくたって……」
「装備もおかしい。店長のグロックはまだ分かるんだ、最近は各国に流通してるからな。」
「桐咲君、あれほどマカロフを使えと言ったろう! グロックなんて使うからこういう事態になる!」
「あれ、使いづら過ぎるんですよ! 護衛のためにはこれが必要だったんです!」
マカロフも、あるにはあるのか。そしてあの口ぶりから推測するに、一般のヤクザのようにマカロフしか使えない訳ではないらしい。だが、わざわざヤクザに見せるためにマカロフを使う。普通はそんな事をするような余裕も、必要性もないはずなんだ。
「話を続けよう。グロックはわかる。だが俺は、見ちまったよ。ここの守衛が持っていた銃……SFP9は、明らかにおかしい。どのルートから入手した⁉︎」
SFP9。H&K社が開発した拳銃で、正式名称はVP9という。警察はもとより、自衛隊ですら配備が始まっていない高性能な拳銃。製造は2014年だから一応は入手できるが……そんなに簡単ではないはずだ。
「待て待て、それ以上聞くな。落ち着くんだ。」
「重ねて言うが、あんたらは一介のヤクザのはずだ! なんでそんなもんを複数所持してるんだよ⁉︎」
「待てって、落ち着けと言っとるだろう。」
「あんたらはあらゆる面において、普通のヤクザじゃない!」
「落ち着けと言っとるだろうが!」
明確に怒った様子で、相川が机を叩く。その音は、物が入っているにしてはあまりに軽すぎた。
それにしても、余程の図星と見えるな。これだけの怒りようは。
「君はもう、それ以上聞くな。また記憶喪失になりたいのか?」
「はっ、こいつは驚いたな。記憶をいじれる奴まで……
待て、いるなら何で俺の記憶を消さない?
情報の露呈を嫌っているはずのあんたらが、俺とわざわざお喋りするなんて不自然だ。何が目的だ? 目的は、俺なのか?」
「……その好奇心と洞察力、そして頭の回転にはまったく驚かされるよ。だが、これから後になればそれで上手くはいかないんだ。
桐咲君が言ったらしいな。“君は見てはならない物を見て、挙げ句の果てにはその中に突っ込んできてしまった”と。
それがまさしく、的を得ている。そしてその中に首だけでなく、体全体で突っ込んでしまったら……君は、死ぬかもしれないんだ。だから我々は言っている。『来るな』と。」
「……あんたの配慮は理解したよ。だが理解した上で、はっきり言わせてもらう。俺は死ぬのなんて、怖くはないんだ。一つもな。」
俺は何者でもないまま、ただ何となく生きて、何となく死んでいく。自分の人生ってのはそんなもんなんじゃないかと、勝手に思っていた。
死ぬこと自体は怖くない。記憶が失われる事も、問題じゃない。
けど今の俺には、情報がない。知識がない。死ぬっていうなら、理由くらい教えてくれたっていいじゃないか。
「死への恐怖はない、そして生きる理由もない。だけどこのままじゃ、何も知らずに死んでいくんだ。ただ何も知らないまま、死ぬ理由すら知らずにな!」
彼らは沈痛な面持ちをしながらも、何も答えない。答えてくれようとはしない。
正直に言おう。本当は、分かっていたんだ。死ぬ直前になれば恐怖はあるだろうし、記憶をなくしたことを理解する時が来たなら、今と同じ願いを持つだろう。
後悔はない、と言い切る事はできない。だからこそ、彼らは止めてくれた。
……それでもだ。それでも、俺は知りたいと思う。
元は自分の気まぐれで始まり、いつの間にかここにいた。一時間か二時間くらいで、敵と呼ばれた二人が死んだ。そして、一人の少女を助けた。
一日でここまで突っ走ってきたんだ。もう俺は、止まれる気がしない。
この思いを胸に、最後の懇願を試みる。
「俺が殺されたって構わない、記憶を失くしたっていい! だから、教えてくれ! どうしてこんなことになっているのか、何で俺が死ななきゃならないのか!
俺は、ただ知りたいだけなんだよ!」
沈黙が、ただ流れた。
無意味だったのか……?
「……私は、教えてもいいとは思います。
仮にさっきの襲撃が工作員潜入のためのブラフだったとしたら、わざわざ業界で名が知れている森兄弟を襲撃役に使う必要がありません。
相川さんも知っていらっしゃるとは思いますが、偽装のために減らす戦力としては大きすぎるんです。費用対効果が認められないほどに。
仮に私が相手側の立場なら、言い方は悪いですが下っ端……戦闘能力で選ぶなら、下の方の人間を選びます。」
「……確かに、一理あるね。彼が巻き込まれた理由が、作為的に引き起こされたようには見えない。
それに彼には、覚悟があるようだ。死をも厭わない、記憶も捨てていい……それがハッタリじゃないって思わせてくれるような、鋭い眼光。君がご執心なわけだな。私も、彼のことが気に入ってきたよ。」
「それじゃ、教えて貰えるんですか⁉︎」
「ああ。ただし念のため、君の素性や身体的情報を調べさせてもらう。無意識下のうちに、工作を行わされている可能性は十分あるからね。」
「……分かりました。」
【6/2 23/50】
さて、仕事も終わった事だし。新入り候補君の現状における診断結果を見に行きますか……
と、ドアを開けようとしたところだった。あんまりいい面持ちではない桐咲君が、この部屋に入ってくるのは。
「相川さん、幸樹君の」
「診断結果だろう? 今聞きに行こうと思ってたところだ。どう? 上手くいってる?」
「肉体的には、良い方なんです。高校生として見れば十二分にあります。
しかし……少々、問題がありまして。」
「どんな部分が?」
「これを見て欲しいんですが……」
見せられたのは、ある検査の結果。
「…これ、本当なのか?そうだとしたら、まさか彼は…」
「…はい。つまるところ、前田幸樹は…
ただの人間じゃない」
【6/3 5:20】
…眠い。眠すぎる。どういう時間帯に起こしてんだよ。
昨日はあれから、色々あった。学校の身体測定なんか比べ物にならないくらいには多くの検査をされて、かなりの数の質問をされた。床に着いた時間が、確か夜中の二時ごろ。三時間と少し程度しか寝かせてくれていない事になるぞ。
しかも、睡眠環境も最悪だ。場所がないからといって、コンクリート打ちっぱなしの地下で寝かせるか? 普通。俺は客だぞ? お客様だって事を理解してるのか?
ってかあの地下、気になってるは気になってるんだよな。入口にも地下階の表記はなかったし、訳の分からん通路のような場所もあった。
エアコンはなかったが、まあ結構冷えていたよ。六月はジメジメして蒸し暑い日が続いてたが、この点地下は家で寝るより暑さはなかったな。そこだけは高得点だったよ。
「ほら、シャキッとしろ! 表情が大変な事になってるよ? 一回顔洗うだけじゃ足りなかった?」
「健全な男子高校生は、五時台に起きる事無いですよ…腹減った、クソ眠い、腹減った、腹減った、腹減った!」
「…キャラメル、食べる?」
「いただきます。」
何よりも、思考ができないのがヤバ過ぎる。どれ位やばいのかといえば、クソヤバい。
ああまずい、脳みそが最悪の状況を更新しやがった。ろくな事考えてねえ。
「キャラメルで落ち着いた……か? まあ落ち着いた事にしよう。」
「何度も何度も言いますけど、五時台に起こす方がおかしいんですって。正常でいられるわけがない。」
「そう言うな。じき、慣れるだろうよ。
……さて、ここから暫く歩く。その間に、我々について話しておこうかな。」
「ああ、もういいんですね。検査とかそんな感じのやつしなくても。」
「ああ、良い。だからこそ君に言わせてもらうんだが、正直言うと……荒唐無稽な内容が無茶苦茶多い。君は我々の言うことを、信じてくれるか?」
「……ええ、信じますよ。荒唐無稽な事なんて、昨日で十分体感してます。」
そう言うと彼は、かすかに笑った。
「確かにな。それでは、私も君を信じるとしよう。
さて、どこから話そうかなーーー」
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