第7話 過去への転移
「ふぅ……」
近々の課題を全て終わらせたフィーナは、ようやく宿屋の一室で一息つく事が出来た。
あの後、廃墟に衛兵を連れていき一人残らず連行されるのを見届け、番犬達をファーターの家の使用人へ引き渡すまで終わらせる事が出来た。
ファーターは意外と愛犬家だった様で、番犬達が担架で運ばれるファーターの後を追っていたのは印象的だった。
これからは心を入れ替え、人の為に尽くす貴族となっていって欲しいものである。
一方、キノコ頭は変われるだろうか……?
あまり関わってはいないが、先行き駄目そうな雰囲気ではある。
ともかく、これで後はレアからの連絡を待つのみである。
宿に着いた時にリーシャが何故か嬉しそうな顔で出迎えてくれたのだが……何故だろう?
フィーナにはまるで見当がつかなかった。
おまけにやや離れた位置に居たアルフレッドだが、少し不満気な顔をしていた様だが……分からない。心当たりが全く無い。
もっとも、自分は明日にでも天界に帰る身である。気にしたところでどうなるものでもない。
万が一、もし万が一にも明日倉庫が爆発する様な事があれば、最悪フィーナ自身で、或いはレアに頼んでホーリーウォールを掛ければ、黒色火薬程度の爆発なら量が多くとも十分耐えられるはずである。
だが、根本的な解決にはならないため、出張延長にはなってしまうのだろうが……。
(フライドチキン下さい……)
直接脳内に流れるレアの声。朗報である事を期待したいが……
(フィーナちゃ〜ん? いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?
ねぇねぇ!)
どちらから聞いても、自分にとっては良い結果にはならない気がするフィーナ。
(それじゃ、良い方からお願いします)
悪い知らせがある以上、どっちにしても良い結果だけで住むはずがない。
(明日の爆発無くなりました〜♪フィーナちゃん、おめでとー!)
確かに良い知らせではある。
ホーリーウォールをどう掛けるか、人目は誤魔化せないから、どうやって口実を作るか、爆破の犯人をどう突き止めるか…
一人考えていた事から全て開放されたのだ。
(それで、悪い知らせとは……?)
気は進まないが聞くしかない。
(その世界の終末は変わらなかったわ。最後は魔物に制圧されて終わり)
レアの口調は何時になく暗い。普段はふざけていても、さすがに場の空気くらい読めるのだ。
(…………)
一方のフィーナにとっては意外と言う程では無かった。危険要因を完全に消滅させていないのだから、可能性はいくらでもあるのだ。
(大量の火薬が爆発する結末は変わらなかったの。フィーナちゃんが居る年から三年後なんだけど……)
歴史を見たレアの話によると、この世界の、魔物の侵攻を阻んでいる王国西方方面軍、その軍が総攻撃を間近に控えたある夜、その本陣近くの物質集積地で突如大爆発が起き、西方方面軍は壊滅。
そして、王国は成す術無く崩壊。結局、この世界の人の世は終わるのだそうだ。
(お願いしたアルフレッド・オーウェンの件はどうなりましたか?)
こうなったらやはり過去に行き、過去から歴史を変えるしか方法は無さそうだ。
(アルフレッド・オーウェンは地方貴族の三男。大人しい子だったらしいんだけど、六歳の時に高熱を患って、その後から性格がガラリと変わったみたいなの)
そうなると、高熱を患った時の何らかの副作用で記憶が戻ってしまったのかもしれない。とすれば……
(では、私をアルフレッドが六歳の時まで戻して下さい。彼の前世の記憶が戻らない様にしてきます)
選択肢はこれしかない。記憶を取り戻す前に彼の高熱を治療するのだ。そうと決まればこの時代にいる理由は無い。
フィーナは立ち上がると、レアが自分を過去に転移させてくれるのを待つ。
(……?)
おかしい。天界から異世界へ飛ばすときならいざ知らず、一つの生命体の時間転移などすぐに終わらせられるはずなのに。
(フィーナちゃん。病気の子供の所に直接行ってどうするの?)
レアからの意外な質問である。
(どうって……?神官のフリして治療を申し出て……)
と、フィーナは自身の考えを口にするが……
(それやった神官が今の歴史でも居るの。でも、両親は取り合ってくれず神官は取り付く島もなかったの)
意外な答えが帰ってきた。聞けばアルフレッドの家は貴族とは言えあまり裕福では無いらしい。
おまけに母親が長男を溺愛しすぎるあまり、三男の扱いはそれはもうひどいものだった様だ。
(そうなると、精神的にタフそうな転生者の彼の方が、アルフレッドにとっては良かったんじゃないかって……思っちゃうのよね。あるいは……)
記憶を取り戻す前のアルフレッドが、この世界に絶望したからこそ転生者に人生を譲ったのかも……とは、レアの推測である。
(じゃあ、どうすればいいんですか?)
フィーナがレアに尋ねると、フィーナの身体が輝き始め服装が変わり始めた。
これまでの聖騎士の格好から、とても軽いフワフワのフリルの付いた服装に変化している。光が収まるとようやくどんな服なのか理解出来た。
「な、なんですか! これ!」
それはメイド服だった。それも、この世界に準じたビクトリア朝の様なのものではなく、某世界の某島国の某喫茶店や創作物で見られる正にソレであった。
フィーナが慌てるのも無理は無い。本来メイド服ならくるぶしまであるはずのスカートが極端に短いのだ。膝上よりかなり上かそれより上か……絶対領域が確認出来そうなくらいには短い。
太腿の上の方まである白いストッキングに付けられているガーターベルトが視認出来るくらいの長さしかないスカートなので……つまりはそういう事である。
「こんなのただの痴女じゃないですか! 認めませんよ! こんなの!」
フィーナは顔を真っ赤にしながら左手を自身に翳し衣装を変えようとする。が……変化は全く無い。
「プロテクト……!」
レアの手によって、衣装にロックが掛けられている様だ。こうなると、フィーナにはどうする事も出来ない。
呆れ果てたフィーナはため息をつきつつ、レアのお遊びに付き合う覚悟を決めた。
「……レアさんの意向は分かりました。今回の件は受け入れますから、私からの個人的なお願いも聞いてください」
フィーナから仕事の件以外で何かを願う事はあまりない。レアにも心当たりは無い様だ。
「私が歴史を変えられた時に内容を伝えます。それで……こんなナリで私に何をしろと?」
いまいちしっくりしない服装を気にしながらフィーナはレアに尋ねる。
もう、頭の中で会話するのが面倒なのかレアとの会話もしっかり口に出してしまっているが、今日借りている部屋は個室なので無問題である。
(それは過去に戻ってから説明するわ。じゃあ、移動するわよ?)
レアの言葉とともに周囲の風景が歪み始め、次第に青白い宇宙空間の様なトンネルの中を進んでいく光景に変わっていく。異世界内で時間移動する時に見られるいつもの光景だ。
風景が落ち着くと、周囲の光景は先程までの宿屋の一室から王国郊外の片田舎に変わっていた。フィーナの目に広がるのは広大な田畑や牧草地、そして遠くに見える山々。今、自分が立っているのは整備されていない街道の一本道。周囲には誰一人見当たらない。転移するに当たり、誰も居ない場所を見繕ってくれたのだろうが、あまりに誰も居無さ過ぎる田舎道だった。
(ここから北に三キロ進んだ所にアルフレッドの屋敷があるの。フィーナちゃんはそこで使用人として、うまく潜り込んでね?)
レアにこんな服をあてがわれた時点で大体の予想はついていた。
仕方なくフィーナは言われるがまま北に向かって歩き始める。持ち物は一人分の小さな鞄、歩き始めてみると日差しの強さに改めて気付かされた。
「服装は変えられなくても、これなら……」
フィーナは自らに手を翳してみる。すると彼女の希望通り茶色いフード付きのマントを身に纏う事が出来た。日差しもそうだが、短めのメイド服剥き出しで田舎道を歩くという羞恥プレイには耐えられそうに無かった。
屋敷への道を歩いていると、何人かの冒険者に行き会った。まだ駆け出しの様な雰囲気の者達から荒くれ者といった感じの男達まで……彼らのお陰で人の世の安全が保たれているとも思えばフィーナとしても頭の下がる思いである。
動機はどうあれ人の世の安心は信仰心の向上にも繋がる。それらが神界の力の源にもなっているのだから。
行き会う冒険者達に感謝しながら彼らを見ていると、通り過ぎる誰もがフィーナを物珍しそうな顔で見てくる。女神なんだから当然とも言えるが、今の外見はメイド服を着てマントを纏ったただの女の子である。メイド服はマントに隠れているし……彼らはどうも彼女の顔の辺りを見ている様だ。
(髪型……何かおかしいのかな?)
頭に手を伸ばし後ろ髪を確認しようとしたところで耳に手が当たる感覚がした。
普通にしていれば絶対に手が当たらない場所である。ん?と思いながら今度は恐る恐る耳たぶを根元から確認していく。
(え? なに……これ? 長くなってる!)
こんな事が出来る犯人の心当たりは一人しか居ない。
(あ~、バレちゃった♪だって、これから人間に囲まれた使用人になるのに年取らない外見じゃ色々大変だろうと思って。 エルフでメイド服の使用人なんて属性の欲張りセットで可愛いじゃない?)
レアの話がいまいち見えてこない。
使用人をすると言ってもアルフレッドの前世の記憶の取り戻しを防ぐためであって、それが終わって未来が変わればそれで終了である。
だから、年齢による外見の不変が気になる程使用人を続けるはずが無いと、フィーナは考えているのだが……。
(うーん、まだ未来が変わってないから何とも言えないんだけど……とりあえず、未来が明確に変わるまでは頑張ってね?)
レアの声を聴きながらのどかな風景を眺め歩いていると、この周辺ではひときわ目立つ大きな建物が見えてきた。
表札とかがある訳では無いので確証は無いが……、とりあえず訪ねてみるしかないだろう。
(レアさん、こちら目的地に着いたので切ります。また後ほど)
玄関の扉に着いた所でレアに別れを告げるフィーナ。レアは残念そうだが、さすがに頭の中で会話しながら現地の仕事は出来そうにない。
フィーナは大きな扉に取り付けられているドアノッカーに手を掛け
ーコンコンー
静かに鳴らしてみる。少し待ったところで
「はい?」
おそらくメイドであろう比較的若い女性が対応してくれた。
「あの…、こちらで使用人を募集していると聞いて来たもので。私はフィーナと言います」
頭に乗せたフードを下ろしつつ聞いてみる。
アポ無しで来た事を少し後悔するが…レアの話では、今の時期に使用人の募集を出していたと言うのは確認済みとの事。あとはフィーナの行動次第と言える。
「はぁ……分かりました。あの……貴女、人間じゃない……ですよね?」
対応してくれる女性もやっぱり不思議そうな顔をしている。
一般的に、この世界のエルフは高貴で気位が高く閉鎖的で人間に対し非友好的な種族とされており、一部好奇心旺盛な者が居るにしても、人間の使用人になろうとする者が居るなど思われもしないだろう。
「あ、色々訳がありまして……ダメ……でしょうか?」
フィーナの頭に嫌な予感がよぎる。ここで断られたら別の方法を考えなければならない。
神官も駄目、使用人も駄目となると……忍者か盗賊にでもなって一撃離脱でアルフレッドの記憶復活を阻止するしか無いのかもしれない。
「ダメとかではなくて……、責任者呼んできますね。少々お待ちを」
そう言うと、女性は屋敷内に戻ってしまった。待つ事数分、女性が戻って来た足音が聞こえてきた。
「お待たせしました。責任者がお会いになります、どうぞ」
とりあえず面接はして貰えそうである。フィーナは女性に案内され屋敷中へと入っていった。
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