第6話 廃墟での集会
レアの誘導で街外れの廃屋に辿り着く事が出来た。廃屋は建物こそ傷んでるが元は豪華な屋敷だったのだろう。中に入ろうとしたフィーナの耳に動物の唸り声が聞こえてきた。
見れば犬が数匹、文字通り番犬として放たれているのだろう。
女神としての力を行使すれば排除は容易い。しかし、魔物でもない上に、ただ役目に忠実な彼らを殺すのは気が引ける。
(試してみますか……)
持ってきたフライドチキンの一本を摘み、興味を引かせる様にいぬの眼の前でゆらゆらと左右に揺らしてみる。
番犬達も釣られてチキンの動きを追うように首を動かしている。
「えいっ!」
フィーナは徐ろに手にしていたチキンをちょっと離れた林に投げ込んでみた。
ーグルルルル…ー
番犬達は動かない。何匹かは投げられたチキンの動きを目で追っていた様だが、なんとか我慢した様だ。だが、手応えはあった。
フィーナは再び袋からチキンを取り出すと、同じ様に番犬達の前で揺らし始め……
「それっ」
林に投げ込んでみた。すると、後ろの二匹が嬉しそうに追いかけていってしまった。
こうなると、後は同じ事の繰り返しである。フィーナがチキンを投げ込むたび、番犬の何匹かが誘惑に負けて林に消えていく。
残るは最後の一匹、リーダー格であろう群れの先頭に居た番犬だ。
最後の一匹という事でフィーナも切り札を切る……とびっきり大きいチキンである。そのごちそうをリーダー犬の鼻先まで近付け頭上でプラプラさせる。
「そうれっ!」
フィーナはチキンを林に投げ込んだ。リーダーも耐えきれなくなったのか、チキンを追いかけていってしまった。その際、シッポを降っている様に見えたのは、決して彼女の見間違いでは無いだろう。
とにかく、当座の脅威を取り除いたフィーナは廃屋に足を踏み入れるのだった。
廃屋の中は真っ暗だった。仮に月明かりがあったとしても部屋の奥までは光が届かない。しかし……フィーナの周囲は明るい。左手元をホーリーライトを応用した明かりで照らしているためである。
彼女は床に残る足跡を辿り慎重に進んでいく。だが、少し進んだ所て足跡は途絶えてしまっていた。注意深く壁を見てみると、元々書かれていたであろう壁の模様に混じって小さな魔法陣が描かれている。
フィーナが右手に信仰の力……神力を込め魔法陣に近付けると、壁に人一人が通れる大きさの鏡の様なものが現れた。
鏡を覗いてみても自分の顔が見えるだけで先の様子は解らない。入った先にすぐ罠とかはさすがに無いだろう……それに、このまま考えていても埒が明かないから……と、フィーナは決心し鏡の中に入っていった。
鏡の先は下りの階段だった。先程の鏡は転移を行う様な高等なものではなく、この階段を隠すためだけのものだった様だ。 何事も無かった事にちょっとホッとしたフィーナは、狭い階段を降りていく。降りた先、階段の奥には扉があった。左手のホーリーライトを消し、扉に近付き聞き耳を立てる。それほど厚い扉ではない様で何人かの話し声が聞こえてきた。
「このまま国王を惑わす燃える粉を看過する訳にはいかん」
「敵を討ち滅ぼし王国の護り手たるは、我ら貴族を持って他にない」
「万人が貴族と同等の力を持ち得るなど、決して許されぬ事だ」
「故に、悪しき粉は残らず滅せられなければならない」
「我らの後ろには多くの諸侯達も控えている。それだけの数を前にしては、国王も我らの意向は無視出来まい」
「左様、我々は真に王国の行く末を憂う愛国者なのである」
ージャキィィィィン!ー
「神の御加護を!」
ージャキィィィィンー
「「神の御加護を!」」
どうやら、何か怪しげな集会の真っ最中の様である。集会の全貌は不明だが、神は加護を与えなさそうな案件ではある。
さて、彼らの話の内容から察するに、彼等は今の国王……そして火薬を重視する戦略に不満を持つ者達の様であり、その口ぶりからも王国内において、少なくない人数が不満を持っている事が伺い知れる。
(…………)
話を聞きながらフィーナは思考を巡らせる。人は変化に対応出来る者ばかりではない。変化する事で顕になる数々の不都合や不利益。自らの生活基盤が侵されようものなら尚更頑強に抵抗する。
今、ここで彼等止めたとしても不満の火種は燻ぶり続けるだろう。また別の形で事件が起こり、世界秩序が崩壊してしまうかもしれない。
それでは何の解決にもならない。解決するには更に過去から、話が拗れる前に対処しなければならない可能性がある。
「ポール・ウェンリントン。事が予定通り進めば、お前の廃嫡も見直されるだろう」
「悪しき粉をこの世から全て消し去るのだ」
「皆の者……此度の計画、情報の漏洩は決してまかりならん」
「左様。我らは志を共にする同志であり、裏切りは最も罪深い愚かな行為だ」
ージャキィィィィンー
「裏切り者には死を!」
ージャキィィィィンー
「「裏切り者には死を」」
(フィーナちゃん?討ち入りしないの〜?)
トレースしていて飽きてきたのか、天界からレアが話しかけてきた。
(いや、あの……大体の事情は分かりましたし、無理にそういう事しなくても……)
頭の中で返答しつつフィーナはふと思いつく。
(レアさん?アルフレッド・オーウェンの過去を調べて下さい。特に前世の記憶を取り戻した辺りを)
今となってはこの時間軸に拘っても意味は無い。更に過去から修正する必要があるのかもしれない。
(分かったわ〜。じゃあ代わりに、討ち入りしてね?フィーナちゃんが戦うところ見たいんだもの〜)
レアからの思わぬ提案である。フィーナからしてみれば迷惑この上ない。
(なんでですか! 私、あんまり危ない事したくないんです! 死にたくないですから!)
彼女の言う通り、神様でも死ぬのである。死ぬと言えば語弊はあるが、女神が下界で死ぬと天界に帰って何事も無く元通りという訳ではない。その世界の他の魂と同じ様にその世界の輪廻の輪に入れられてしまうのだ。
ベルトコンベアで流されるかの如く運ばれた先の転生課担当神のさじ加減で、魂を選り分けてもらえなければ、天界に復帰出来ない仕組みなのだ。
つまり、神様であっても下界では神力こそ桁外れなものの、力などは体格に左右されるし、もし斬られれば血を流し、バラバラになればそのまま死んでしまうのだ。
(だって、調べるのもいつ終わるのか判らないしぃ〜。明日の爆発の後になっちゃったら色々困るでしょ?だから頑張って♪)
レアの言う事も一理有る。あんな光景現場で見たくはないし、寝覚めも悪くなりそうだ。何より見知った人々が辛い目に合うのを見るのは心苦しい。しかし、
(やっぱり、楽しんでません?)
疑心暗鬼、正論だからこそ疑わしく思えてくる。
(REC、REC〜♪)
レアはマイペースに天界で録画の準備を進めているらしい。
「レアさん! こっちは命懸けなんですからね!」
ーガチャー
「あ……」
フィーナが思った事を思わず口に出してしまったところで、すかさずドアが開く。
中には黒いローブを着た男達が五人。皆、儀礼用と思われる細身の両刃剣を携えている。
その男達に囲まれて、部屋の中央で跪いている男は……ポール、例のキノコ頭である。
男達はすでにこちらを凝視していた。向こうからドアを開けたのだから当然だが。
フィーナを見るなり二人が斬り掛かってくる。二人共大上段に構え、隙だらけだ。
ーカキイィン!ー
フィーナもすかさず剣を抜き正面右の男に狙いを付けると、振り下ろされようとする剣に剣をぶつけ弾き飛ばした。さらに
ードゴォ!ー
右の中段蹴りを男の腹部に叩き込む。蹴りを受けた男は膝からその場に崩れ落ちた。
思わぬ反撃に驚いたのか、もう一人の攻撃がやや遅れたのをフィーナは見逃さなかった。
ーパシッ!ー
男が振り下ろす右の持ち手を左手で受け止め、空いた右手の剣の柄を男のみぞおちに御見舞する。
「うぐぁ!」
男は声にならない声と共に倒れ込んだ。残るは剣持ち三人、キノコ頭一人である。
キノコ頭は蹲ったままで変な動きは見せていない。目立った武器も持ってはいない様だ。
「「死ねおりゃゃゃゃあ!」」
先の二人が倒されたのを見て、次の二人がおおよそ貴族とは思えない叫びと共に斬り込んできた。
次の左の男は剣を両手で右側に持ち、そのまま両手突きの構えである。一方の左の男は上段から逆袈裟を繰り出す構えの様だ。
やや距離があるのを確認し、フィーナは剣を仕舞いベルトから鞘ごと外す。そしてそのまま剣を持ち突きの構えで距離を詰める。
ードスッ!ー
右の男が剣を振り下ろすより速く、フィーナの放った突きが男のみぞおちに決まった。すかさず左回し蹴りで追い打ちし、男を吹き飛ばす。フィーナが回し蹴りを放った勢いそのままに、左の男の動きを確認しようとしたその時
ーガシッ!ー
「えっ?」
何者かに右足を掴まれフィーナは蹌踉めく。態勢を立て直す事もままならずに、そのまま右足を高く持ち上げられてしまった。
「きゃあっ!」
彼女は為す術なく、石造りの床に仰向けに倒されてしまう。倒れた拍子に剣は手放してしまった。見ると足を掴んでいるのは、戦力外かと思っていたキノコ頭である。
「くそぉ! 邪魔しやがって! 僕は貴族なんだ! 皆僕をバカにしやがってぇ!」
彼はそのままフィーナに馬乗りになり顔を殴ろうとしてきた。フィーナは空いた両腕でなんとか抵抗する。
キノコ頭は頭に血が登っているのか、マウントポジションの優位点を全く活かそうとしない。その攻撃も何回かフィーナ顔を掠めたが、腰が入って無いので当たった所で大した怪我にはならないだろう。
また、キノコ頭の行動は仲間も困惑させていた。キノコ頭が邪魔で攻撃のしようが無いのだ。
だが、奥の黒ローブの男にはそんな事は関係無かった様だ。
「よくやった。ポール。お前の献身は永遠に語り継がれるであろう」
その男は右手を頭上に高々と上げ、その手の上には巨大な火球が形成されていた。
「お、お止め下さい! ファーター!」
フィーナを攻めあぐねていた黒ローブの男が懇願する。もはや、倒れているフィーナに気を向けている余裕など無い様だ。
ーゴゴゴゴゴゴー
その間もファーターと呼ばれた男の生成している火球は大きくなっていく。
ポールはまだフィーナを殴ろうとしているが、疲れたのか勢いが無くなってきていた。
防御一辺倒だったフィーナだが、ポールの攻撃が緩慢になった事で、ようやく周圍に気を向けられる様になった。だが、気付くのが少し遅かったらしい。
ファーターの頭上の火球は今まさに放たれようとしている。
「ファイヤーボール!」
彼が右手を振り下ろすと、巨大な火球は真っ直ぐフィーナ達目掛けて向かってきた。
「ひぃっ!」
眼の前のキノコ頭はようやく状況が見えたのか、今更耐火魔法を唱え始めている。もっとも、十分手遅れなのだが。
このままではフィーナも消し炭になってしまう。近くにいた黒ローブの男はすでに逃げ出した様だが、あの火球の威力からは逃れられまい。地上への階段の途中で熱と煙にやられてしまうだろう。
フィーナが倒した三名に関しては言うに及ばず。
床に倒されてマウントポジションを取られているフィーナの自由になるのは両腕のみ。火球が迫るこの状況で目晦まししたところで無意味である。ならば……
「ホーリーウォール!」
彼女が翳した右手の先……フィーナ達とファーターの間に光り輝く壁が展開された。
これもこの世界の神聖魔法の一つだ。初級者では物理攻撃を防ぐ程度だが、使用者の能力が上がるにつれ、防ぐだけではなく反射特性も付与される様になる。また、対応出来る攻撃の属性も増えていく。
最上級ともなれば、この世界にはまだ存在しない核攻撃の類にすら耐えられるだろう。
それほどまでに強力な神の防壁ではあるのだが……もし、仮に耐えられないものがあるとすれば、それは宇宙そのものを引き裂く力だったりとか、超重力…ブラックホールそのものであったりとか、光速に等しい運動量を持った物質であるとか……神の力すら及ばない事象だろう。
ーゴオオオオォ!ー
展開した防壁の向こうで凄まじい火炎が燃え盛っている。まさに地獄絵図といった表現が適切だ。フィーナが敵の魔法をやり過ごした事に安堵しつつ眼の前のキノコ頭を見ると……
「崇高なる全能神よ、我を守りゅ盾を……しゅ、しゅうこうなる全能神よ……」
未だに耐火魔法の詠唱をしていた。が、毎回噛んでいるらしく、いまだ成功していない。
ーバシッ!ー
いつまでも自分の上に乗せておく理由もないので、フィーナはキノコ頭にビンタを見舞わす。
「え……?」
突然の平手打ちにキノコ頭が動揺し、腰を浮かせた所でマウントポジションからようやく脱する事が出来た。
ーボスン!ー
そのまま、散々殴られた仕返しとばかりに、キノコ頭のそのふくよかな腹部にフィーナは蹴りをめり込ませた。
「ああぁん!」
濁音の混じった様な情けない声を上げ、蹴られた反動で転がった先でキノコ頭は床に崩れ落ちた。
フィーナはスカートの埃を払いながら立ち上がり、ファーターと呼ばれていた男の方に向き直る。煙は落ち着いてきたが男の姿は全く見えない。
(逃げられた……?)
少し不安になった彼女だが、まだ煙の残る部屋を奥へと進み始める。ここで逃げられたら何がどうなるか見当もつかない。良からぬ企みを起される前に対処しなければ……。
しかし、あれだけの火炎の中でよく生き延びられたものと、敵ながら感心する。
(さすがは敵の首領……)
フィーナが歩き始めて間もなく、何かがつま先に当たる感覚がした。
しゃがんでよく見てみると、それは重度の火傷を負って倒れている、自らの魔法に巻き込まれたファーターの姿だった。
(あ……)
逃げたのではなく倒れていたためパッと見で居ない様に見えただけだったらしい。
よくよく見ると完全に虫の息である。自身に耐火魔法は掛けていたのだろうが、跳ね返されるとまでは思っていなかったのだろう。
悪事を働こうとした人間であっても、信仰心が芽生えるかもしれない命を奪っていい権限などフィーナには無い。生殺与奪は天界の別の部署の仕事である。
もしかしたら今回は状況的に緊急避難として認められるかもしれないが、このまま放っておいて良い事など無い。
「か、神よ……お慈悲を……どうかお慈悲を……」
ファーターはうわ言の様に呻いている。フィーナはしゃがむと彼の容態を確認し、ヒールを掛ける事にした。今は命が助かるくらいの程度で。
神経が復元され痛みを感じ始めたのかファーターは先ほどとは違う感じで悶え始めた。
「……少し自らの行いを悔いて下さい」
今ここで完治させては罰にはならない。自分の過ちを見直し、心を入れ替えて世界のために生きて欲しいというのが正直なところである。
そして、出来れば深い信仰心を育んで神界に貢献して欲しい。
「貴方は全てを告白し罪を償わなければなりません。自らの過ちを認め正しく生きようとすれば、神は必ず手を差し伸べて下さるでしょう」
フィーナはファーターの身体に手を置き優しく声を掛ける。実際のところ、神様が助けるかどうかはこの世界担当の神様の胸先三寸であり、女神レアの考え如何である。
「ヒール」
フィーナは火傷で苦しむファーターに再度、ちょっとだけヒールを施す。鎮痛剤のモルヒネ代わりにはなるだろう。
(これで大丈夫……かな?)
フィーナは立ち上がって、辺りを見回して見る。
後はもう、ここでやる事は無いだろう。街の衛兵にこの件を伝えてファーターを引き取ってもらえば、あとは芋づる式に一味が一網打尽になるはずだ。
明日の爆発はほぼ回避出来るだろう。第一、事件の実行犯のキノコ頭はそこで伸びている。
「さてと……」
フィーナは衛兵を呼びに地下室を後にした。
「ワンッ! ワンッ!」
廃虚から出たフィーナの元に一匹の犬がしっぽを振りながら駆け寄ってきた。どう見ても先程の番犬…しかもリーダーである。
フィーナをどこかに案内したいらしく、少し進んで彼女の方を振り返る……そんな事を繰り返しながら茂みに向かっていく。
番犬が案内してくれたのは林の中、一本の太い木に先程逃げた黒ローブの男がしがみついていた。おそらく番犬達に追い立てられたのだろう。
この男は番犬の飼い主では無かった様だ。自分の仕事を手伝ってくれたそんな番犬達にフィーナは思わず
「皆さん、ありがとうございました。すぐに戻りますので、その間よろしくお願いします」
下界では言葉は通じないだろうが、彼女は番犬達にお礼しお願いをする。すると番犬達は皆一斉にワン!と返事をしてくれた。
どの番犬も尻尾を降ってくれている。
これなら、そこの男だけでは無く、地下の者達も取り逃がす心配は無いだろう。
フィーナは廃墟を後にし、きらびやかな王都を目指し歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます