第7話 野獣と美女、じゃない
最近は毎週悩んでいる気がする。最初は再会後の連絡、二度目は会う事。
そして今週は手渡されたチケットだ。
「来週は金曜日学校行けないから、電話でもメールでも。メール、大学のPCとか使って、返事遅くても良いから、授業何とっているかとか、どこにいるかとか判ったら昼とかに会ってもいいし。」そう了は言った。
「うん。」大学のPCならば空き時間に使用する分には問題なく、親にもばれないだろうと恵子は返事をした。
「水曜は渋谷でライブなんだ。ケイも来てよ。裏口にも言っておくから。」
そう言ってチケットを渡された。
さて、どうしたものか。行かなくて嫌ってると思われるのは嫌だから……
そう悩みながらレッスン室で先生を待っていると、そこに洋子が入ってきて、
「日曜日無事会えた?」と聞いた。
「あ、ありがとう。会えました。」
「そか!良かった!」そう言って洋子は立ち去ろうとした。
「あ、洋子さん、水曜の夜って時間ありませんかっ?」
立ち去ろうと後ろを向いた洋子の背中にそういった。
洋子は驚きつつ振り返るとニヤッと笑い、
「水曜……、多分大丈夫。何とかする。」と答えた。
反射的に言ったもののどう説明をしたら良いかわからず、恵子がまごつくと
「今日お昼時間ある?」
「あ、お弁当は持ってきてるけど……」
「そしたらけやき広場で。私なんか買っていくからそこで詳しく教えて。」
そう言うと洋子は去ってった。
***
「ライヴかぁ。時間何時から?」
「アルバイトの予定?」
「いや、私はどうにでもなるんだけど、ケーコちゃんの方でしょ、問題は。」
悩んでいることを図星で言われ、お弁当を膝の上にのせつつ、箸が止まった。
ライヴチケットは2枚貰っていた。一人で来づらかったりしたら友達と、と言って手渡されていた。
「演奏会に行く。って言えば?」洋子は真顔で言った。それは流石に無理があるのではと恵子は思ったが、
「みんな演奏会やってるじゃん。それ見に行くって言えば。」洋子は飄々としていった。確かに同級生は将来を見据えて演奏会をしている。
「別に詳しいジャンルまで言わなければライヴも演奏会もどっちもコンサートだし。又は私とご飯とか、うちに来る、とかでもよいけど、外で電話かかって来たらちょっと賑やかしいかなぁ。」そう言って真剣に考えている洋子に申し訳なくなった。
「ごめんね、巻き込んで。」
「良いの良いの、クララのデビュー前最後のライブなんでしょ。チケット取れないって美紀言ってたし、ラッキー。」そう言って笑い、
「やっぱりちょっともう外は暑かったねー。」汗ばんだおでこをハンカチで拭きながら洋子は言うと、更に
「カフェだとミーハー達に聞かれちゃうからさ。あはは!」と笑って言った。
***
「演奏会?同級生の子?」
「あ、うん。」
「プロならそうね。それにオーケストラの子達とも弾く子がいるのね。恵子も弾かせてもらえばよかったのに。」
「あ、うん。今度ね。」
「終わって帰る前に連絡頂戴ね。」
「わかった。」
母親からはすんなり許可が出た。この後父親にも話が行くだろうが、問題なさそうに見えた。
自室に戻り、イヤホンをつける。
流れるのは激しいロックだ。激しいドラムやギターの始まりに戸惑ってしまう曲も多かったが、ところどころに美しいピアノやギターの旋律があった。
自信満々に歌われたその歌声も、バラードでは優しい響きとなり、恵子の耳に心地よく入ってきた。
先日チケットと同時に貰った発売前のCDだ。来週には店頭に並ぶようだが、普段から今どきの音楽番組など見ない恵子の想像できない世界だった。
(ライヴって、どんな感じなんだろう……)
そうドキドキしながら数日を過ごした。
***
渋谷は何度か来たことがあるが、やはり人込みは苦手だと改めて恵子は思った。
しかもライヴ会場のある辺りは恵子が足を踏み入れたことのない場所で、改めて洋子が一緒でよかったと思った。
人混みもさることながら、よくこのくねくねとした道を迷いなくいくなと感心しながら必死に後ろからついて行った。
「あ、二階席なんだ。」チケットを手渡すと洋子がそう言って、会場に入ると階段を上り始めた。壁一面色々なポスターが貼ってあったり、バーではお酒を飲んで談笑する人もいて、恵子には全く見知らぬ世界で洋子の後ろをオロオロとついて席に着いた。そんな様子を洋子は感じて
「スタンディングだしね。クララは男性ファンも多いから、ケーコちゃんが下に行ったら即死だね。」と言った。
言っている意味が全部理解できなかったが、はじまりと同意にそれを理解した。
熱狂したたくさんのファンが前に向かって押し合うように動いている。
中には女性もいるようだが、恵子には驚き以外のなにものでもなかった。
それに対し、二階席は落ち着いた年齢層も多く、下とは別世界だったが、全員が立ち上がって手をたたいたり、歌ったり、叫んだりしているものもいた。
(こんな人気なんだ。)
熱狂する人々の中心に了が居た。耳をつんざく程の音量に応えるように叫ぶ者が居たり、美しいバラードでは涙をこぼしている人もいた。
(すごい。了くん、まるで神様みたいな、でも……)
クラシックを思わせるメロディの中間部分に差し掛かると
(やっぱりすごい才能があるんだ。)
人々をこれだけ惹きつけるものがあるのだと改めて思った。子供の時に恵子が思ったのと同じく、他の多くの人も惹きつけていると。
ライヴが終わり、席を立つ。階段を下り、洋子が『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアに向かってずんずんと歩くが、恵子は思わず足が止まる。
その様子に洋子は振り返って
「どうしたの?」と聞いた。
「いや、忙しいんじゃないかって思って。迷惑かなって。」そう恵子が言うと
「来いって言われてるんでしょ。」
「そうなんだけど……」
「じゃぁいくよ。」そう言って恵子の腕を強く引いた。
ライヴ会場はまだまだ熱気さめやらないといったファンが、がやがやと話をしていたが、裏口のドアに入った瞬間空調も通常通りに効いて、蛍光灯の明るさの廊下に入った。そして係員に連れられ、『クララ・メンバー控室』と貼られた横のドアが開けられた。
ドアから中に入ると、バンドメンバーやスタッフが複数人居たが直ぐに奥から声がかかった。
「ケイちゃん!」
その瞬間ドアからの入室者に皆の視線が向けられた。
「おお、美人じゃん!」ベースを持ったメンバーが開口一番に言った。
「ほんとだ!大人しい子、って聞いてたけど、全然イメージと違うじゃん。」他のメンバーもそう言った。
明らかに洋子と間違えてると恵子は直ぐに悟った。明らかに場違い、と思うと更に洋子の後ろでちいさくなってしまう。
そんな彼女を洋子が押し出し、と同時に奥に座ってた席から立ち上がって小走りに来た了が恵子の肩を抱いて
「俺のケイちゃん!」と皆に言った。
場が一瞬にして凍り付く。美女と野獣というのは知っているが、この場合、真逆、そういう場合はなんて言うのだろう、そう恵子は思った。
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