第5話 プロデューサーと契約

 大将は本腰を入れて話し始めるためにソファの座りを少し調整してからゆっくりと話し始めた。


「俺は十五年前に所属していたアイドルグループをクビになっています。そしてクビになった理由が俺のアイドルウェポンによるもので、またセシリアさんの元チームメイトのアイドルウェポンがわかるのもそれが理由です」


「大将のアイドルウェポン。なんなんですか? あ、言いたくなければ言わなくても大丈夫ですけど……」


 アイドルウェポンはとてもプライベートなもので見知った顔程度の人間のアイドルウェポンを聞く事は通常あり得ない。セシリアは聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちを素直に言葉に吐き出す。


 しかし、大将はそれに対して特になんの感情もなくあっさりと自分のアイドルウェポンを明かす。


「プロデュース」


「プロデュース?」


 アイドルらしからぬアイドルウェポンであったため、セシリアはそのまま聞き返す。大将はそうでしょうねという顔で頷いてから説明を始めた。


「ええ、言葉そのままですが、アイドルをプロデュースする能力です。対象のアイドルの売りが何でどうすれば売れるかがわかる。そういう能力です。その派生で他人のアイドルウェポンも見る事ができます」


「すごくないですか?」


「ありがとうございます。……でもこの能力はアイドルには必要なかったんです」


 言いづらそうにして、大将は膝の上、組み合わせた手に視線を落とす。それに合わせてセシリアの視線もそこへと落ちる。


「というと?」


「当時のアイドル業界はプロデューサーや事務所の言うがままに働くのが是とされる世界でした。その中で俺のアイドルウェポンは不要どころか邪魔扱いされるものでした。失敗するであろう間違った売り方。アイドルに合わない衣装。それらに口を出した俺は事務所のお偉いさんや招聘されたプロデューサーに煙たがられ、結果としてグループを追われたのです」


 今でこそある程度自分達で自分達の売り方を選べるアイドルという存在が出始めてきているが十五年前というとアイドルは正しくアイドルであった時代。アイドル本人が自分の売り方に口を出すことなどあり得なかった時代。

 その中にプロデュースという能力を持って生まれてしまったアイドル。


 異端。


 だったのだろう。

 組まれた手にその苦しさが滲んでいる様だった。


「それは大変でしたね。私よりも辛い話に聞こえます」


「いえ、冬の寒空にクビを宣言されて外に放り出させる女性以上に大変なことなどありませんよ」


「テヘヘ」


 そんな事ありませんよう、とでも言いたげな顔で照れ笑いを浮かべるセシリア。それを見て大将は顔を顰める。


「なんでそこで照れるのですか。セシリアさんはもっと怒っていい」


「でも私は本当に役立たずでしから。いつもルージュさんの足を引っ張ってばかりで」


 ──常に否定され続けてきましたから。

 と照れ笑いの顔でいう。

 大将はなんとも言えず、深追いする事なく、話を引き取った。


「……そう。そこで話が戻るのですが、ルージュさんのアイドルウェポンは他人を引き立て役にして自分の魅力を限界以上に高める能力なのです。つまりセシリアさんのいたトワイライトはルージュさんを引き立てるためだけのグループだった。でも普通にしてたらセシリアさんはその美しさからルージュさんと人気を二分してしまう。だから悪役アイドルなんていう意味のわからない役割になったのでしょう」


 所属していたグループの裏事情を外部の人間から聞かされる驚き。そのせいでセシリアは美しい顔にアホの表情を浮かべている。それでも美しさが目減りせずにむしろ親しみやすさが増してより美しく見えるのはもはや才能であろう。


「そうだったんですか。私知りませんでした。グループに所属してすぐお前みたいなわけわかんないアイドルウェポンの奴は悪役だなって言われて、訳もわからずそうなったので」


「ファンサ、ですか」


 開いた口をカコンと閉めてセシリアは大将に驚きを伝えたが、さらに自分のアイドルウェポンを言い当てられてアワアワと、もはやどう驚いていいかわからない状態である。それでもなんとか会話を続けようと口を開く。


「すごい! すごいすごい! 大将、本当に見ただけでわかるんですね」


「これで俺がルージュさんと繋がっている訳じゃない事を信じてもらえましたか?」


「ええ! ええ? いや、それは、違うかな? ルージュさんも私のアイドルウェポンを事務所から聞いてる可能性はありますし」


「う、それもそうですね」


 一旦の肯定を経てからの否定。

 やってやった感の笑顔に対して投げかけられたセシリアの言葉に、大将は思わず苦笑いを浮かべ、想像よりもしっかりしている少女をそれでも嬉しそうに見つめる。


「でも……名前だけわかっても内容はわからないですよね? ほんとこの能力。意味わからないですよね。アイドルウェポン大全にも載ってないですし……」


「いえ。わかりますよ」


「そうですよね。流石にわからな……って! おわかりに!?」


「わかりますね。そうだ! これを説明できたら俺の事完全に信用してもらえますかね?」


「確かに……この能力が謎すぎたせいでの現状ですから。誰も知らないこの能力を説明できれば前事務所とのつながりは否定できますね」


 誰も知らない。

 とは言っても。前世の記憶を手に入れたセシリアにはファンサがどういう意味かは理解しているし、この能力がどういう効果があるかを理解している。つまりは正解を持って大将の答え合わせができる状態だ。

 これは前の事務所の人間も誰も知らない。これが答えられれば大将のアイドルウェポンは本物だと信じられるだろうとセシリアは考えた。


「じゃあ答えますね」


「どうぞ!」


「答えは握手をした人間へセシリアさんの魅力を伝える能力です!」


 しばしの無言。無言。無言。

 からの。


「正解!」


 独特な緊張と緩和に思わず大将の口から息が漏れ出る。


「ちょっとセシリアさん! なんですかこの変な間!? まあいいか。でも俺の答え、正解ですよね。ほんとすごいですね、セシリアさんのアイドルウェポン」


「え。凄くないですよ。逆に怖くないですか? 魅力を伝えるってなんですか? 魅了みたいなものですか? しかもアイドルがファンと握手することなんてないですし。やっぱり使い道ないですよ」


 正反対の評価を下す大将とセシリア。

 前世の記憶から意味を理解しているが、置かれた現状では使い道がないと判じるセシリア。

 能力の意味を理解してその使い道を模索し、置かれた現状を変えようと考える大将。


 当然の帰結である。


「いえいえ、これは魅了とは違いますよ。これ使い道しかありませんね。説明文を読めば読むほど。しかもスキルツリーが表示されてます。今は暗転していて使えませんが、これからの開発次第でこのアイドルウェポンはまだまだ広がっていきますよ。その先ではアイドル界のエポックメイキングになるかもしれませんよ」


「エポックメイキング」


 あまりの熱と強い言葉にセシリアは戸惑う。

 アイドル界のエポックメイキング。

 ファンサでそれをおこすという事は、つまり前世でも起きたような事を目の前の美しい中年男性は起こそうと考えているのだろうか?

 前世と今世ではアイドルの有り様が違う。

 アイドルは歌や踊りやバラエティだけではない。

 アイドルは天にいてファンと交流する事はあり得ない。


 そんな世界で。


 天にいたアイドルを、地に遣わした。神のようなあの革命をこの男は起こそうと考えているのだろうか。


「ええ、アイドルに新しい概念を持ち込むことになるでしょう」


「うーん。私、無能アイドルですよ」


 煮え切らない態度のセシリアの態度に反して大将の言葉には熱がこもる。


「大丈夫ですよ! セシリアさん! 俺と一緒にアイドルの新時代を築きましょう!」


 身を乗り出してセシリアの手を掴む。

 それは自らセシリアのアイドルウェポンの発動条件を満たす行為。

 つまり目の前の人間はセシリアのファン第一号となったという事。


 同時にアナウンスが流れる。


『初めてのファンを獲得しました。条件をクリアしましたのでスキルツリーが解放されました』


「は? 何ですかこれ!?」


 いきなりの事態に思わずセシリアは大声をあげてしまった。

 手を握られながら、辺りを見回しても何もいない。


「その顔を見るに、セシリアさんスキルツリー解放されましたね」


「え、ええ。ってなんで? なんでわかるんですか? この声って他の人にも聞こえてるんですか?」


「いえ、女神の声は本人にしか聞こえませんよ」


「じゃあなんで!?」


 いまだ握られたままの手の先にいる美しい中年男性にセシリアは問い詰める。

 大将は慌てるセシリアにつられる事なく落ち着いた様子である。


「解放されていないスキルツリーが見えましたからね。大体アイドルウェポンの能力を一度でも使用すれば、それでスキルツリーを持っている人間は解放条件を満たしますから。やってみたんですよ。解放されてよかった」


「もしかしてそれを狙って手を握ったんですか?」


 改めて握られた手を見て少し頬が熱くなる。


「それもありますが、それだけじゃありませんよ」


「じゃあなんで? 意味のわからないアイドルウェポンに触れるなんて危険すぎます」


 実際アイドルウェポン大全を読むに危険な能力も山とある。

 アイドルはバトルだってするのだ。バトル向きの能力だってある。


「プロデュースする対象のファンにならないと俺の能力も十全に発揮できません。虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクなくしてリターンなし。俺と一緒に天下取りましょう」


 まるで大将の熱が、握られた手からセシリアに伝わってくるようだった。

 普段は真っ白な頬がみるみる紅く染まっていく。

 大将はキラキラとした瞳でまるで子供のように微笑んでいる。


 これを断れる性格であればセリシアはもっと前に事務所を辞めていただろう。


「うう。ああ。えー。……はい」


 視線をいたる所へ泳がせた挙句。

 押しきられた。

 ちょろい。


「決まりですね!」


 手を掴んだまま大将は立ち上がった。

 釣られるようにセシリアも立ち上がった。


「早速セシリアさんのファンを増していきましょう!」


 こうしてセシリアはアイドル事務所オーディンに所属したのだった。

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