イベントの友達のフリ

 通勤通学ラッシュが少し収まる頃。彼はグレーの軽いダメージジーンズに白Yシャツ、ベージューのカーディガンとカジュアルな服装で待ち合わせの駅へ。大きなディスプレイに映るゲームやアニメの宣伝を見ながら待っていると大学生か。若い男がやって来た。


「えっと……烏賀陽さん?」


「そうだよ。いや~若いねぇ。羨ましい」


 初めまして、と手を差し出し軽く握手。ニコッと微笑み相手の様子を伺う。


「なんか初対面なのに親しみやすい。何処かで会いましたか?」


「いいや、こういうのを仕事にしてるから知らぬ間に身に付いたのかもね。ほら、行こ。電車に遅れるよ」


 イベントと言うこともあり人が多い。


「光ちゃん、大丈夫?」


「は、はい……すみません。慣れてなくて」


「分かる。苦しいよね」


 嵐にあったように疲れきった彼に烏賀陽は近くの自販機で缶コーヒーを買い、ピタッと頬に当てる。


「ひゃっ」


 冷たさに驚いたか、女性のような可愛らしい声にドキッとしたか。左手で口を覆い口元が笑う。真剣な表情でじっと下を見ている烏賀陽に「あの」と不満そうな声。


「あっごめんごめん。ちょっと考え事してた。今日は“君の友達”だもんね。さてさてイベント楽しみだなぁ~」


 光の腕を掴んでは、男だが甘える彼女のように引っ張った。


「烏賀陽さんって俺と同年代?」


「いやいや、プラス二十ぐらいじゃない。それは多すぎか」


「えぇ!? それ嘘ですよね。だって、見えないですよ」


「そう? 嬉しいなぁ」


 人が行き交う騒がしい駅から徒歩数分のビル街に突如現れる大行列。その正体はアニメ専門店で行われている『イベント』の最後尾だった。


「あーなるほど。ゲームがアニメ化したのね。俺、専門外だから分からないけど待ち時間たくさんあるし、その話聞かせてくれないかな?」


 一時間半と長そうでとても短い。嬉しそうにイベントとなっているゲームを話している姿が内容よりも印象に残り、時々鳴るスマホが鬱陶しい。

 すれ違う知らぬ人の会話や液晶テレビや宣伝で走り回っている車など複雑ながらも新鮮味溢れる音が彼の感性をさらに刺激する。


「やったー。初日限定の記念ブックだぁ」


「よかったね」


 店の外で子供のように跳び跳ねる光を見て、彼は共に喜ぶも“その微笑“は幸せな彼に対する『モノ』だった。『過去忘れようと手放した裏の彼の欲望』。自分を売り、知らぬ人に雇われ使われるスリル感に浸ってきたが物足りず。

 突如、脳裏に変わり果てた光の姿とそれを満足そうに見て笑う自分の姿が焼き付く。我慢の限界だった。隠し持っていた針を見えないよう自分の足に指す。痛みで少しでも殺意を抑え、殺したいと脳裏に浮かぶ描写を無理やり殺す。


「烏賀陽さん、気に入ってくれるか分からないけど」


 光は恥ずかしそうに小さな袋を彼に渡す。中を開けるとイベント限定のキャラの絵のついたクッキー。


「えっ良いの?」


「はい、とても楽しかったので。また、一緒にイベント行きましょうね」


 あの後、光と別れ。小腹が空いて電車待ちでクッキーを噛る。ほんのり甘くしつこくないシンプルなクッキー。SNSで『美味しかったよ』とお礼を書き込むと買ったグッズの写真が添付されてきた。

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