公衆トイレであった話
「えっ、閉じ込められてた!?」
そんなこととは露知らず。オレは思わず声を上げた。
「・・・一稀。少し声、抑えろ」
「仕方ないだろ。アクシデントなんだし」
隣り合うブランコの座板に、しゃがみながら。
チカから「トイレであった話」を聞いた。
「鍵は開いてるのに出らんない、か・・・。そうやってまた先走りするんだから」
チカは、目を離した隙に。どこかへ行ってしまいそうで、心配になる。
「うっ。考えてても身体が動くというか。でも、一稀には何度も助けられてるよな・・・ありがとう」
「オレは、ただ。チカのこと、慰めに行っただけだよ」
本当は。ひとりで取り残されて、心細かっただけだ。
─空には、雲ひとつない快晴が広がっている。
そして、燦々と輝いていた太陽までもが、捌けていた。
頭上は、青白い光の膜で覆われ。まるで、エレベーターの中に立っているような気分だ。
それに、公園といっても。片手で数えられる遊具のみの、こぢんまりとした平地、だからか。
オレらが貸し切っているのは、偶然だとしても。
いつまでも、道路を行き交う人の姿が見えないのである。
見慣れたはずの住宅街も。どこか、生活感だけを残して。留守にしているように窺える。
何だか、ジオラマの世界に迷い込んだ、とでもいうか。
これほどまでに爪弾きにされた感覚は初めてで・・・。
言いようのない不安にひとり、襲われていたのだ。
だから、どうしようもなく。チカのいるトイレに駆け込んだとき。
人がいる、と胸を撫で下ろして、気付かされる。
どこか無機質な佇まいと、機械的な冷たい声音。
男の子には、生気が感じられなかったのである。
(チカも無表情な人ではあるけど。言動の端々からこう、愉快さが滲み出るんだよな)
扉を開けたら、ひっくり返って出てきた姿に、じわり。どれだけ、チカの存在に救われているのだろうか。
ちらりと男の子を見ると。鉄棒の技に挑戦しているところだった。
典型的に、子どもが楽しそうに遊んでいる。そんな光景を眺めているみたいだ・・・と、我ながらすごい偏見を抱いたものだ。
(それに、な〜んか、どっかで見覚えあるんだけど・・・)
ポロシャツにサスペンダーを合わせた、落ち着いた服装をしているが。
知り合いではないのに。一方的に名前が、喉まで出そうでいて・・・。
これ以上、彼の素性に踏み込んではいけない予感がする。
「チカ。具合は、どう?」
「平気。いつもと変わりない」
そう言うや、辺りを見回し。ブランコを近寄せてきた。
「一稀。わかったことがある」
いつになく深刻な表情で、口元を隠す。
(もしかして、チカも違和感に気付いて─)
「俺。マジ☆ラビの新キャラに成った、みたいなんだ」
「へ?」
素っ頓狂な声が出た。首を後ろに逸らし、言葉を呑むと。
「・・・そうだね!」
自分に言い聞かせるように、大きく頷いた。
確かに、こうしてチカが女子になったのは。
おもちゃの変身ステッキと関係あるのか?なんて頭に過らせましたが。
(てっきり、暑さに魘されてるのがオチかと・・・!)
何だか面白いことになりそうだ、と乗っかることにした。
「これを見てほしい」
チカは、左の胸ポケットから。紐で繋がれた、革製のパスケースを取り出した。
「帽子にも、同じマークが付いてるだろ」
「うん」
「記号の括弧みたいな、羽の模様が。ウサギの耳に見えないか」
「ほんとだね?」
(あー、オレがウサギ気に入ってんの。マジ☆ラビの影響てことか?)
どこか懐かしいような気持ちに浸ると。
チカは、パッとケースを縦長にして、開いてみせた。
(警察手帳、だったんだ・・・)
いつの間に作ったのか。チカの顔写真と名前が記載されている。
「本来は、所属している階級が付いてるんだが・・・俺は、まだ資格を取ってないからな。それに。管轄している地名が─」
オレは、その名称を読んで、固まった。
UCHRONIA─意味は「時間がない国」
まさに、置かれている現状。そのものを告げられたようで・・・。
「チカ!物語の内容は覚えてるか?」
おかしな場所に来ている、理由がわかるかもしれない。という意味で聞いたのだが。
「それは、勿論」
と、なぜか得意気な表情をした。
(・・・憧れの戦士に成れて、浮かれてんのかよ!?)
どうやらチカは、事の重大さまでは、わかっていないようだ。
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