第134話 新たな移動手段
ドワーフの弱点にはいくつかある。
魔力適性、鈍足、水への耐性がほとんどないから泳げない、職人気質で口下手なものが多い、などだ。
その中で鈍足は有名であり、いざという時、その遅さが致命的になることもしばしばである。
だから、目下機動力ということで、
だが、それは戦闘的な役割においてであり、やはり、平常時の機動力も欲しい。
今のところ、馬車が主流ではあるが沢山は確保できていないのだ。
緩衝地帯であるアイダーノ山脈地帯には野生の馬がほとんどいないようなので、買ってきて繁殖させるしかないのだが、それだと時間がかかる。
だが、そう言ってもいられず、繁殖させるべく村の北の山間に高原を見つけてそこに牧場を作ることにした。
この発見はコウと剣歯虎のベルが野生の剣歯虎を見つけるべく、アイダーノ山脈地帯を駆け回っていたお陰である。
「ここは良い場所だな。山に囲まれているからバルバロス王国やヘレネス連邦王国からも気づかれにくいだろうから、好きに使えそうだ」
一人のドワーフが高原を見渡してそう感想を漏らした。
馬の繁殖を任されることになったのは、動物好きの変人と呼ばれているドワーフのアズーである。
その高原までの道もエルダーロックの村からゴーレムを使って整備中だ。
「ところでコウ。あれは何という動物だ? 見たところヤカー種(ダチョウのような二足歩行の蜥蜴)の群れに見えるんだが」
アズーが、高原を走る二足歩行の動物を指差した。
「ああ、あれですか? その通りです。あれは言う通りヤカー種ですが、その中でも珍しい、このアイダーノ山脈地帯に生息しているヤカー・スーと呼ばれる種ですね。大人しいので害獣にはなりませんが、剣歯虎達も狩らないくらい肉が不味いみたいです。──なあ、ベル?」
コウはすでに調べてあったのかアズーに答えるとベルにも確認した。
「ニャウ……」
ベルもコウの言うことに賛同するように、食べないという素振りなのか右前足を顔に当てて見せた。
「そうなのか? ふむ……。──無理を言ってすまないが、あれを数頭捕らえられないか?」
アズーは慣れない剣歯虎から降りると、コウにお願いした。
「?」
コウはアズーがなぜか興味を持ったので、ベルと同行していたダークエルフのララノアとアズーの乗っていた剣歯虎、合計三頭でそのヤカー・スーの群れをこちらに追い立てるように向かわせた。
しばらくすると大人しいヤカー・スーの群れがベル達に追いやられてコウとララノアの前まで軽やかに走ってくる。
それをコウとララノアが投げ縄を首にかけて二頭アズーの前まで連れて行った。
そのヤカー・スーはさほど暴れることなくアズーにべたべた触れるがままでいる。
「やはり知っているヤカー種よりもかなり大きいな。それに気性も大人しくていい。走っている姿も力強く見えるし、これは良いかもしれん。──コウ、村長に言って馬の繁殖は中止してもらおう。このヤカー種を繁殖させる方が効率的で良いかもしれん」
アズーはどうやら馬の代わりになると考えたのか、コウにそう告げた。
「えー!? ──本気ですか、アズーさん!?」
「もちろんだ。ヤカー種は確か一年で卵を何個も生んだはず。馬では一頭しか生まないからこちらの方がいいだろう? まあ、鞍は専用のものを作ってもらう必要があるがな。──よし、試しに乗ってみよう」
アズーはそう言うと大人しく触れるがままになっていたヤカー・スーの背中にコウの肩を借りてそっと跨った。
ヤカー・スーはびくっとするがそれでも暴れない。
「おお! 凄く我慢強いな、よしよし……。これは調教がかなり簡単かもしれないぞ?」
アズーは想像通りの反応を示すヤカー・スーが余程気に入ったのか、その首を撫でながら告げる。
「確かに馬なら乗るまでだけで時間がかかるのに、このヤカー種はすぐね」
ララノアもあまりに早くアズーがヤカー・スーを手なずけたので驚く。
「これはアズーさんの特殊能力だろうけど、調教がやりやすいのは確かだね。──わかりました、村長には僕から報告しておきます。──あ、他のみんなが到着したみたいですね」
コウはアズーの提案に賛同する。
そして、高原に牧場づくりの為の作業をする隊が、コウ達に追いついてきたのを知らせるのであった。
こうして、広い高原の一角で牧場が作られることになった。
専用路はゴーレムが作り、柵や建物はドワーフや出稼ぎに来ているコボルト達が担当する。
こうして、ヤカー・スー牧場がこの『エルダー高原(仮)』に作られることになった。
牧場は、繁殖の為に生産部門、生まれたヤカー・スーの成長を見守る育成部門、成長したヤカー・スーを一人前にする調教部門の三つが作られ、それぞれでヤカー・スーの研究が行われることになる。
肝心要のアズーは、まずは繁殖という事で前世のダチョウより大きいヤカー・スーの卵を集めて、室温調節した部屋をいくつも用意し、どのくらいの室温で生まれるかの観察を行う。
そんな中、練兵も兼ねてワグ、グラ、ラルの剣歯虎部隊が高原を駆けてヤカー・スーの群れを柵の中に集めていく作業を始めた。
コウとララノアはそれをベルと剣歯虎に跨って眺めながら、周辺を探索しては剣歯虎を屈服させて連れて帰るという作業を行う。
こうして、このエルダー高原でそれぞれが任された仕事を行うことになるのであった。
一週間後。
アズーのヤカー・スー牧場、アズー牧場は、一応の形は出来て見栄えがかなり良くなっていた。
牧場内には、捕まえてきたヤカー・スーがすでに五十頭を超えており、それらの調教を始めているところである。
アズーは卵の孵化の為に日々研究中だ。
ヤカー種の卵の孵化は通常一か月くらいかかるということで、今が産卵期らしい。
一度の出産で三から六個の卵を産むようだが、その割にエルダー高原での個体数が少ないのはこの環境で孵化するのが難しいのかもしれないとアズーは分析していた。
そこで、室温を調整した安全な部屋で卵を育てることで、孵化する可能性を高め、個体数を増やす作戦らしい。
まだ、あと数週間待たなくてはならないが、アズーに任せるしかないだろう。
もちろん、コウも前世の知識があるから多少の助言はしている。
例えば、有精卵の見分け方とか卵を数時間おきにひっくり返す『転卵』とかだ。
コウは前世でウズラの卵を育てて孵化させる動画を見たことがあったから、それらをアズーに教えた。
「ほう……! 確かに鶏は卵を育てる時、たまに嘴で転がしているが、それは動かすことで中身の癒着を防ぐ為だったのか! なるほど、納得だ。──コウ、お前は凄いな!」
アズーはコウの説明に感心して、早速、交代で卵の管理を部下と共に行う。
その間、エルダーロックの村から高原に派遣された革細工職人がコウと一緒に鞍の製作に当たる。
馬とフォルムが違うヤカー・スーの背中に合う形に変更し、
そして、さらに一週間が経過した頃。
調教が終わったヤカー・スーに鞍が乗せられた。
調教されて人を乗せることに抵抗がなくったヤカー・スーは、鞍を乗せられても微動だにしない。
今回も功労者であるコウが試しにそのヤカー・スーに騎乗することにした。
鐙に足をかけ、身軽な動作で上に跨る。
そして、手綱を引いて鐙でお腹に軽く蹴りをいれると、ヤカー・スーは並足で動き出した。
「おお!」
コウは馬とは違う乗り心地に感動しながら、速めに走らせる。
するとヤカー・スーは想像以上の速度で牧場内を駆け始めた。
「馬以上の速度が出ているんじゃない? 凄く速いわ!」
それを見ていたララノアもその速度に驚き、そう評価した。
コウは剣歯虎部隊に続き、エルダーロックの村の新たな働き手になりそうなこのヤカー種に手応えを感じて、牧場内を疾駆するのであった。
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