第106話 仕事を終えて帰郷
『コウテツ』ブランドと『
お互いの職人の情報やそれに伴う技術などが口外厳禁であると同時に、それを破った時の罰則はかなり重いものになりそうだ。
というのも、このチュケイの街のこの工房内における一連の出来事は全て、その場に居合わせた者達は一人一人契約魔法を結ばされて守秘義務が発生しており、口外すれば、最悪の場合、罪人として処罰されることもあり得る。
それほど、お抱えの職人の素性や技術が漏れることは重要視されているのだ。
だが、この契約もコウにするとありがたいくらいであった。
正直な話、『五つ星』の職人やその技術に対してはさほど興味がない。
その代わりうっかり自分が鍛冶師の一人であることを明かすことになってしまっていたから、相手側の口を契約で塞げるのは都合がよいのである。
『五つ星』側にしたら、それこそ十五人もの職人とその卵と言える助手二十人の顔が相手関係者に知られることになるので、契約は重要であったからお互い円満なものであるのは確かであった。
そして、両者は無事、帰る支度を始めていたのだが、ちょっとした騒ぎが起きていた。
それが、『五つ星』側の職人の一人から、『コウテツ』側で働きたいという申し出があったのだ。
これには、コウ自身も驚きだったし、何より『五つ星』側の会長であるゴセイが慌てそうな話である。
その言いだした職人は刀の仕上げ作業を失敗したシバという獣人族の若者なのだが、『五つ星』の職人の間でも今後の成長に期待が寄せられていたので、この申し出は裏切り行為にも等しいと思われるところだ。
そのシバは数日前にも、『コウテツ』ブランドで働く為の基準について質問をしていたので会長であるゴセイとは連日の夜話し合いを続けていた様子であった。
会長であるゴセイは、みんなが帰り支度をしている間にコウを個室のある飲食店に呼び出し、そこで犬人族の職人であるシバと改めて引き合わせた。
「明日の朝一番で帰郷するわけだが、このシバがそちらで働きたいと聞かなくてな……」
ゴセイは嘆息交じりにコウに話し始めた。
「こいつは犬人族ということで差別をされながら、うちの一流職人達の中に入るほど腕を磨いてきた。だが、他の職人達が教え合いながら切磋琢磨する中、こいつはその輪にはほとんど入れてもらえておらず、遠目に見て自力で努力するしかなかったらしい。今回の刀についても職人達が未知の武器ということで、シバに押し付けていたとか。シバはそんな差別されている状態で、若くて一番成長期である今を無駄にしたくないと訴えてきてな。私としては残念だが、現在の境遇を考えると『コウテツ』側で雇ってもらえる方がこいつの将来の為になると思うのだがどうだろうか?」
という申し出をしてきた。
「うちで……、ですか?」
コウもこの申し出には十分驚きである。
一見すると、このシバは獣人族の中でも人に凄く近い見た目だから、コウも頭に巻いた手拭いを取るまで犬人族とは気づかなかったほどであるが、やはり、この国での異種族差別は深刻で、職人同士の間でもそれはあるようだ。
そんな彼が、なぜ『コウテツ』ブランドでならやれると思ったのだろう?
コウはその理由が気になって本人に向き直ると聞いてみた。
「……コウ殿はその若さで一流の技術をお持ちです。それはつまり、その技術を若すぎるコウ殿に伝えてくれる職人が存在するということですよね? そこに自分は可能性を感じました。また、コウ殿はとても真っ直ぐな目をしています。そして、ダークエルフの方や種族不明の魔法使いの方とも終始仲良くなされていますから、差別しない環境におられるのだと思いました。だから自分もそんなところで仕事がしたいと思ったんです。──お願いします! 自分を『コウテツ』ブランドで雇ってもらえないでしょうか!?」
犬人族のシバはそう言うと、コウに頭を下げる。
ゴセイもそんなシバが不憫に感じたのか、職人の移籍は大きな損失なのに、一緒にお願いした。
「……うちもいい職人は欲しいところです。ですが、シバさん。うちは『五つ星』ほどの厚遇はできませんし、環境も大手とは比べ物にならないくらい粗末だと思います。それでも、いいんですか?」
『コウテツ』ブランドは現在拡大中であったから、コウにしろイッテツにしろ、職人は喉から手が出るほど欲しい。
それに、シバは人族でないから、ドワーフの多い環境でもあまり違和感なく溶け込めそうな気もする。
コウはそれらを人であるゴセイの前では語れないが、慎重に判断を問うのであった。
「コウ殿の若さでそこまで成長を見せられる環境で自分もやりたいです! 自分は職人として腕を磨けるところなら、収入が下がろうとも、環境が悪くなろうとも構わないと思っています。だからよろしくお願いします!」
シバは真っ直ぐコウを見つめると、頭を深々と下げた。
コウはゴセイに視線を向けると、ゴセイもコウに頭を下げる。
「……わかりました。会長であるゴセイさんが問題ないのであれば、うちで雇いたいと思います。ただし、口外厳禁な事も多いと思うので、新ためて契約魔法を結びたいと思うのですが?」
コウはゴセイが一番心配しそうなことを口にした。
そう、主力の職人が外に出るということは、『五つ星』の情報が漏れる危険性が伴うからだ。
その辺は契約魔法を使う魔法使いをゴセイが準備していたから、すぐに契約が交わされる。
シバは『五つ星』の職人の中では差別されて技術を一番教えてもらえなかったであろう人物だから、他言するようなものはそもそもあまりなく、二つ返事で承諾した。
「まさか、大手ブランドの職人さんを引き抜くことになるとは……ね」
コウはダークエルフのララノアとカイナ、そして、
「コウの人柄のお陰かしらね? 苦労している分、それが同じ境遇の者にはまぶしく映るんだと思う」
ララノアも当時コウに対して感じたことなので、犬人族のシバの心の動きも理解できた。
「うふふっ。コウのお陰でまた、村の発展に繋がるわ」
村長の娘らしくカイナはそんな感想を漏らす。
「ニャウ♪」
剣歯虎のベルはみんなの嬉しそうな気配を感じたのか一緒に喜ぶように鳴く。
「みなさん、これからよろしくお願いします。──それで、コウ殿。『コウテツ』ブランドはどこを拠点にしているのでしょうか? 話ではかなりの辺境ということですが……」
「それはね?──」
コウは、シバも存在を知らないであろうエルダーロックの村について語りながら、帰りの旅路を楽しく進むのであった。
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