第102話 続・工房での出来事

 一定期間借りる予定になっていた工房の主人が、コウを見て工房の貸し出しを止めると言われたことで慌てることになった一行。


 しかし、追い出そうとした熊人族の男をコウが軽々と持ち上げたことでその場にいた者達は工房主も含めて、目が点になっていた。


「……そんな細腕でどうやったら、こいつが持ち上がるんだ……!?」


 工房主の人族は持ち上げられて空中で固まっている熊人族の下働きを見上げると、改めてコウを見つめる。


 どうやら、力があることを証明できたようだと確認すると、コウは熊人族の男をそっと地面に降ろす。


「これで僕の言うことも信じてもらえますか? 二日後、『五つ星ファイブスター』の関係者がここに来る予定なのは事実です。もし、工房主さんが土壇場でここを貸さないと言い出したら、あちらも相当お怒りになると思います。さすがに天下の『五つ星』を怒らせて無事で済むとも思えませんし、ここは冷静な判断をお願いしたいです」


 コウは工房主に対して淡々と状況を説明すると最後にサラッと怖いことも付け加える。


 ゴクリ……。


 工房主をはじめ、その場にいた者達をそれを聞いて息を呑んだ。


 確かにこの馬鹿力少年の言う通り、それが本当なら大手ブランド『五つ星』に喧嘩を売る行為になってしまう……。


 誰もがそう頭の中で考える。


「わ、わかった……。約束の期間はこの場所を提供しよう。それでだが、あんたら、一体何者だ? こう言っちゃなんだが『コウテツ』なんてブランド聞いたことないし、そんな無名のところが大手の『五つ星』と仕事でここを使うというのがいまいち理解できないんだが?」


 工房主はコウの馬鹿力を認めて、念の為確認する。


 契約を交わした相手は大鼠族だったし、前金も貰っているが、やはりどこか騙されているのではないかという思いも拭えないのだ。


 そこでコウは『軍事選定博覧会』について、簡単に説明した。


 そこで、一番の作品を出品したのが『コウテツ』ブランドであり、推薦したのが『五つ星』なのだと。


「……そいつはすげぇ……。確かに今年は無名ブランドの評価が高かったらしいという噂は聞いていたんだが、あんたらのとこだったのか……。疑いついでになんだが、その『コウテツ』ブランドの作品を何か見せてもらえたりしないだろうか?」


 工房主は最早、職人として好奇心の塊になっていた。


 やはり、職人として目指す所は中央での高い評価だろう。


 それを目の前の鍛冶師を名乗る少年のところが達成したというのだから、少しでもそれを目にしたいと思うのは、職人のさがである。


「ララ、ちょっと、いい?」


 コウは振り返ると、黙ってこの状況を見ていたダークエルフのララノアに声をかける。


「仕方ないわね……」


 ララノアはそう応じると、自分の腰に佩いていた刀を鞘ごと抜いて、工房主の目の前に差し出した。


「それが、博覧会で一番の評価を受けた超魔鉱鉄製二等級の『黒刀・紫電』です」


 工房主は、まさかそんな凄いものを厳重に保管するどころか、護衛役が普通に装備しているとは思わなかったので目を剥いてその刀を凝視する。


 そして、恐る恐るそれを受け取ると、ゆっくり鞘から抜いて、その姿を確認した。


「……鑑定眼を持っていないが、職人としてこの剣の素晴らしさは十分わかる……。それどころかこれ以上のものを俺は生で見たことがない……!」


 工房主は純粋に鍛冶師としてその作品の素晴らしさに感動すると目を輝かせる。


 他の職人や下働きの者達もその素晴らしさに心を奪われた。


「……これが、超魔鉱鉄製の武器……!」


「二等級なんて初めて見る……!」


「この工房でも最高はまぐれで出来た六等級の剣と斧が一本ずつ。それも、二年前なのに……」


 関係者の者達は、次元を超えるレベルの二等級の作品に、震える思いで見つめるのであった。


「……良いものを拝ませてもらったよ。これだけのものを作るブランドにこの工房を貸せるのは箔が付くってもんだ。契約期間は何でも自由に使ってくれ!」


 工房主は余程、刀の出来に感動したのか涙目になると刀を鞘に納め、ララノアに返してからそう申し出るのであった。


 こうして無事、予定通りに工房を借りれることになったコウ達は、工房の三つの窯の特徴や道具などの置き場所など教えてもらって、前日入りすることになっている『五つ星』の一行の到着を待つことになる。



「明日は、『五つ星』の会長は来るのかしら?」


 ララノアが宿屋のコウの部屋にカイナと二人押し掛けてベッドの上で寛ぎながら、コウに聞いた。


 部屋には剣歯虎サーベルタイガーのベルも一緒で、カイナはそのベルの毛並みを撫でている。


「どうだろう? さすがに大手のブランドの会長だから、ここに来るほど時間はないんじゃないかな? 想像では、責任者の幹部と職人二人、助手四人くらいが来るのかな、と思っているけど」


 コウは指を数え折りながらそう想像する。


「でも、合作と言ってもコウやイッテツさんが、作ったものの一部を仕上げるだけなんでしょ? そんなに人数はいらないんじゃないかしら?」


 カイナはコウとイッテツの作業風景を見たことがあるからか、一見すると現実的な指摘をした。


「僕も最初はそう思ったんだけどね? イッテツさんが『うちは全ての作業を二人だけでやっているが、大手は分業制で効率よくやるらしい。だから人数は多めに来るかもしれんぞ?』って言っていたんだよね」


 コウは思い出したように、鍛冶屋のイッテツから教えてもらった話を二人に聞かせた。


「そうなの? それじゃあ、コウの予想する数くらい来るのかもしれないのね」


 ララノアがコウのイッテツ談を聞いて納得すると、一行は翌日の対面を心待ちにするのであった。



 そして、翌日の顔合わせ。


『五つ星』は、コウ達の予想を超えて、会長のゴセイ、幹部一人、職人十五人、助手二十人、護衛の冒険者三十人という大所帯で現れた。


「「「(何、この数!?)」」」


 コウとララノア、カイナの三人は、大袈裟とも思える数に内心ツッコミを入れるのであった。

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