第101話 工房での出来事

 チュケイの街は、大きさで言うと中くらいで、王都から数日の場所にある。


 エルダーロックの村から五日の距離だが、王都に向かう道とはまた違う方向なので、コウとダークエルフのララノア、剣歯虎サーベルタイガーのベル、村長の娘カイナは初めての道を通って向かっていた。


 今回、馬車の用意がないので全員徒歩であったが、順番でベルに跨っての旅なので比較的に楽ではある。


 険しい峠の道は、コウとカイナが一緒にベルに跨って先に峠を越え、ベルが引き返してララノアを拾って二人に追いつく、ということもできた。


 その為、近道も利用して道中は早く進み、四日でチュケイの街に到着することができたのであった。


「約束の日時まであと二日だから、早く到着したけど、一応、貸し切りの工房を下見しておこうか」


 コウは前回の『軍事選定博覧会』でのことがあったので、確認を事前にしておこうと提案した。


「そうね、前回のこともあるし」


 村長の娘カイナも同じ気持ちだったのか賛同する。


「私も賛成。面倒事は先に済ませておきましょう」


 ララノアも言い回しは違うが、同じ思いのようだ。


「ニャウ!」


 従魔のベルは、コウの言うことにはほぼ賛同するから、元気よく返事をする。


「それじゃあ、向かおうか!」


 コウはみんなの賛同を得られたので、元気よく答えるのであった。



 貸し切り予定の工房は、まだ、貸し出す数日前とあって普通に作業が行われていた。


 工房には獣人族の下働きが十人と人族の鍛冶師が三人いて大きな窯も三つあり、その全てが稼働している。


 コウ達は剣歯虎のベルも従えていることもありすぐ目立つから、熊の獣人族と思われる耳と尻尾を生やした体の大きい男性が気付いてこちらにやってきた。


「何の用だい? 仕事の依頼なら少し時間がかかるぜ? しばらくこの工房は貸し出すことになっているからな」


 従業員の熊人族は、コウ達をお客と思ったようだ。


「あ、その借りることになっているところの関係者です」


 コウが代表してその質問に答えた。


「え? あんた達、ここを借りる予定の関係者なのか? 話では『マウス総合商会』とかいう大鼠族の者からは、『五つ星ファイブスター』の鍛冶師が作業に使うからと聞いていたんだが……?」


 少年姿のコウにダークエルフのララノア、魔法使いの恰好をした小柄なカイナに剣歯虎のベルという組み合わせからは、鍛冶屋関係には見えなかったのだろう。


 それに、全国的にも新進気鋭で人気もうなぎ上りの一流ブランド『五つ星』の者には、コウ達の頭のてっぺんからつま先まで眺めてもそのようには見えなかったから、疑惑の目で見られるのも仕方がないところである。


「僕達はその『五つ星』と一緒に作業を行うことになっている『コウテツ』ブランドの関係者です」


 コウはヨースがこの工房を借りる際に、取引相手の名前を使う方が借りられやすいと考えたんだろうな、と予想しつつ、素直にこちらのブランド名を名乗った。


「そう言えば、その名も大鼠族の旦那から聞いた気がするな……。──お頭! 二日後にうちを使用するところの関係者の方が来てますぜ!」


 熊人族の男性は、コウの後ろにいる腰に不思議な形の武器を佩いているダークエルフのララノアの方を関係者と解釈し、コウについては剣歯虎のベルを連れているので護衛役の魔物使いテイマーと判断した。


「もう、到着したのか? ──うん? どこだ?」


 工房主で人族の厳つい男の視線は、熊人族の姿に隠れたコウや女性のララノア、カイナを素通りして周囲を見渡す。


「頭、こちらの女性ですよ」


 熊人族の男は、ララノアを指差す。


「違います! 僕が関係者です!」


 コウは熊人族の大柄な男の影からひょっこりと顔を出して、工房主にお辞儀をする。


「はぁ? ……これは何かの冗談か? 二日後のこの工房の貸出先は『コウテツ』ブランドと『五つ星』ブランドということになっている。ただのガキじゃねぇか」


 人族の工房主はコウの姿に自分が一杯食わされた、と思ったのか少し怒る素振りを見せた。


「いえ、冗談ではありません。僕も鍛冶師の一人なので」


 コウは『コウテツ』ブランドが侮られる恐れがあったので、自ら進んで鍛冶師の一人であることを名乗った。


「おいおい、そんな細腕で何ができるって言うんだ。──あの大鼠め、『五つ星』の名をチラつかせて俺を騙しやがった! 次、会ったらとっちめてやる! ──小僧、もう帰れ。この話は無しだ」


 工房主は忙しい中、一流ブランドが工房を借りたいというから貸すつもりだったのだ。


 それが、蓋を開ければ、鍛冶師を名乗る少年がその関係者を名乗るのだから、騙されたと思うのも仕方がない。


「ちょっと待ってください、それは困ります! 実際、僕は鍛冶師ですし、腕っぷしもある方です」


 コウは思いもよらず、貸し出しが無しになりそうな流れに慌てて食い下がった。


「小僧、腕っぷしというのは、この熊人族のベルアくらいの腕の太さがあってこそだ。こいつくらいの腕力で金属を鍛錬しても、魔力の入り具合では魔鉱鉄製も怪しいのに、そんな細腕で何ができる。大ぼらを吹くならもう少し説得力のある嘘をつけ」


 工房主は、最早、相手するのも無駄とばかりにそう断言すると、邪魔になるからと店先から追い出そうとする。


「それなら、僕の腕力を見せたら、納得してもらえますか?」


「ああ? あのな、小僧のホラに付き合う時間はない。とっとと帰ってくれ」


 工房主は聞く耳を持たないとばかりに、コウの肩を掴んで押そうとした。


 だが、その気持ちとは別に、コウの体はびくともしない。


「う、動かねぇ……」


 工房主は動かないコウを押すのを諦めると、熊人族の見習いに、コウ達を追い出すように告げる。


 熊人族の男はコウと比べると巨人と小人くらいの対格差があったから、コウを持ち上げようと両手で掴む。


 コウはそれに対して踏ん張り、耐えるどころか熊人族の足を掴み、易々と持ち上げた。


「「「なっ!?」」」


 工房主をはじめとし、持ち上げられた熊人族、様子を窺っていた下働きの獣人族達も声を揃えてコウの怪力に驚きの声を上げるのであった。

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