第60話 領主から使者
この日、領主であるダーマス伯爵の使者が、コウ達の住むドワーフの村『エルダーロック』にやってきていた。
使者は村一番の宿屋『
「お客さん困ります。村長からそんな話聞いていませんから、このままでは泊められませんよ」
宿屋の主人であるポサダはそう言うと宿泊を拒否する姿勢を取った。
「おい、わかっているのか? 私は領主であるダーマス伯爵様の使者だぞ! ならば、聞かれる前に一番良い部屋を主人がタダで用意するのが筋だろう! それをこっちは気を遣って村長の名義で宿泊する事で、そちらの損を村長に肩代わりさせようとしているのだ。その配慮がわからないのか!」
ダーマス伯爵の使者自身はびた一文支払う気はないらしく、そういうと責任転嫁した。
「その場合、村長宅に泊まるとかではないんですか?」
もっともな反論をポサダはした。
使者なら村長宅に言って、もてなされるのが普通だろう。
「私はこの村に似つかわしくないくらい立派なこの宿屋が気に入ったのだ。先程、村長宅を見に行ったが、ここと比べれば、大した事がないように見えたからな。こちらに泊まる事にした。ならば、本来もてなす立場の村長のお金で泊まっても問題はあるまい!」
ダーマスの使者はそう詭弁を弄した。
「……わかりました。一番の部屋にお通します」
ポサダは領主の使者相手にごねると村長の立場も悪くなるかもしれないとおもったのだろう、自分が泥を被るつもりで承諾する。
「最初からそう答えていればいいのだ! 護衛役の部屋もいい部屋にしろよ」
使者はそう言うと、従業員であるポサダの妻に案内をさせ、三階にある一番の部屋に上がっていく。
「ララちゃん、すまないが村長にこの事を知らせてきてくれ」
店主のポサダはここのところ自分のところで働いてもらっている人族とダークエルフの混血であるララノアにお願いする。
「……わかりました」
ララノアは以前にダーマス伯爵のもとに出入りしていた時に、見た事がある顔だったので本物の使者である事に疑いの余地はなかったから、承諾して知らせに行くのであった。
報告を受けた村長のヨーゼフは右腕の『太っちょイワン』を連れて、宿屋へとやってきた。
「それでダーマス伯爵様のご使者が何用でしょうか?」
ヨーゼフは部屋に直接訪問すると、使者にそう問いただす。
「自分から来るのは殊勝な心掛けだな。──うぉほん! ダーマス伯爵様は、この村に慈悲を掛けてやるとおっしゃっている。聞けばこの村の井戸が最近汚染されているうえに、にわか作りの貯水池の水も不運で飲めなくなったとか。ダーマス伯爵はその知らせを聞いて、お抱えの司祭を派遣して一時的な浄化をしてやろうと仰せである。ありがたく思うとよい!」
使者はどこの情報なのか怪しすぎる申し出を偉そうに言う。
「はて? わが村の井戸水は確かに、元々汚染で飲めないようでしたが、貯水池の方は汚染された事実はございませんが……? ご使者の方、どこでそんなデマを聞かされたのか知りませんが、この村の水は安全な代物ですよ?」
村長ヨーゼフは、ある考えで、貯水池に毒が撒かれた事実はなかった事にして応じた。
「何!? そんな馬鹿な! 私はしっかりと、この村の貯水池が質の悪い毒に侵され、完全に飲めない状態だと報告を受けているのだぞ?」
使者はどこから聞いた情報なのかかなり詳しく答えた。
「ほう……。それはまた、具体的な内容ですな。そう言えば以前、深夜に貯水池へ侵入して何やら撒こうとした連中がいまして……。それは未遂に終わったのですが、そんな事をダーマス伯爵様の耳に吹き込む輩がいるとはとんだ不届き者ですね」
ヨーゼフは困った素振りを見せてそう応じる。
「ち、違うというのか!? ──そんな馬鹿な……!? あれはひと瓶でも撒いてしまえば、呪詛系の毒でその土地を広範囲侵してしまう代物のはずだぞ……?」
使者は聞いた話と全く違う反応に、思わずぶつぶつと独り言で重要な事を口にした。
「おや? 今、呪詛系の毒がどうこうと聞こえましたが? そんな危険な毒がこの村の貯水池に撒かれようとしていたのですか? それは怖い話だ。ところで使者殿はなぜそんなに詳しくここで起きた未遂事件を知っておられるのですかな? 当方でも知らない類の情報を」
ヨーゼフはここで、確信をもってダーマス伯爵の手の者が毒を撒いた判断できる情報を使者から得られる事になり、それを追及した。
「ぐぬぬ……。──いや、私はそう報告を受けただけだ! きっと、その者はその未遂事件とやらの首謀者と通じていたのかもしれない。明日、朝一番で領都に戻り、村長に代わって追及せねばなるまい!」
使者は汗をだらだらとかきながら、言い訳する。
「それはお手数をおかけします。その首謀者の捕縛はお任せしますぞ。──それで使者殿。凄い汗だが大丈夫ですかな? きっと旅の疲れがあるのだろう。今日はゆっくり休まれ、明日、帰られるとよろしいでしょう。これ以上は、迷惑をおかけするな。──イワン、帰るぞ」
ヨーゼフは何食わぬ顔でそう応じると、『太っちょイワン』を連れて、宿屋を後にする。
そこにコウがやってきた。
「コウ来たか」
ヨーゼフは家への帰り道、コウを含めた三人で使者とのやり取りについて話し合いながら戻る事にする。
「──やはり、ダーマス伯爵は黒でしたか……」
コウは話を聞いて、眉をひそめる。
「ああ。ララノアが魔法で浄化した事実はコウの言う通り伏せて、未遂だった事にしておいた。かなり動揺していたから、首謀者だろうな。また、仕掛けてくるようであれば、その時こそはひっ捕らえ、追及すればいいだろう」
ヨーゼフはこの頼もしい若者ドワーフの助言通りにした事であちらにぼろを出させる事が出来た。
コウの助言がなければ、こちらも感情的になって、とぼけるな! と追及してたかもしれない。
「だが、大鼠族の連中からも聞いたが、呪詛系の毒は入手が困難な代物らしいから、また同じ手を使うだろうか?」
『太っちょイワン』が、情報を元にそう指摘する。
「僕もイワンさんと同意見です。同じ手は足がつく可能性が高くなりますから、次はまた別の方法で嫌がらせをしてくると睨んだ方がいいと思います」
コウがイワンに賛同して、別の手口を警戒した。
「別の方法……、か。ダーマス伯爵はどうしても我らドワーフを食い物にしないと気が済まないらしい……。──やれやれ、気苦労が絶えんな……」
村長ヨーゼフは苦笑すると、溜息をつく。
「大丈夫ですよ。村の周辺と貯水池を覆う防壁はもうすぐ完成ですし、見回りも増やしたのですから、下手な手はもう使えないですよ」
コウはそう言ってこの気苦労が絶えない、尊敬する村長を励ますのであった。
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