第50話 最悪の災難

 エルダーロックの村は、順調にその形を成していきつつあった。


 廃村跡に出来たこの村は、整地し直した土地に半年かけて次々に家が建ち並び、診療所から土の精霊を祀る教会などや飲食店、雑貨屋などの日用品を商うお店などもドワーフと大鼠族によって、次々に出来ていった。


 そして、現在、この村を訪れるのは、ドワーフに友好的な大鼠族くらいだが、今まで通り、近くの者の家に泊めるのも限界があるという事で宿屋は必要だったから、ようやく作られる事になった。


「コウ、俺のリハビリがてら、一緒に木材の仕入れに行かないか?」


 ダンカンがある日、戦斧を背負い、甥っ子である髭無しグループのワグ、グラ、ラルを連れて、自宅にやってきた。


 コウはこの日休みで、ララノアの仕事をこの村で探すつもりでいたから、その事を説明する。


「──そうか。ララはダークエルフの混血だろう? なら、力も人並み以上にあるのか?」


 とダンカンが聞く。


「ええ、あるわよ?」


 ララノアはこの数日、家に飲みに来る友人に答える。


「じゃあ、俺達とコウで木材を準備する手伝いをしてくれ。あ、念の為、身を守る武器は用意してくれよ」


 ダンカンはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「?」


 ララノアはその笑みがよくわからなかったが、


 森に行くなら、魔物に遭遇する可能性もあるのか。


 と考えて出かける準備をする事にした。


「ダンカンさん、松葉杖はもういいんですか? 先生の許可は?」


 コウはダンカンのリハビリに付き合うのはいいが、怪我はもう大丈夫なのか気になるところだ。


「俺は大丈夫さ。それより、宿屋建築の為の木材の準備だから、コウも気合入れてくれよ!」


 ダンカンが発破をかけた。


「木材って言っても木を切り出してから、しばらく乾燥の為に置くから時間かかりますよね?」


 コウは前世の知識で、切り出したばかりの木を木材にしようとすると水分で変形する事がある事くらいは知っていたから、疑問を口にした。


「うん? ああ、コウはまだ森に入っていなかったのか? この辺境の森には運が良い事に魔物がいっぱいいてな。それを討伐すれば自ずと良質な木材が手に入るのさ」


「運が良い事に?」


 コウはますますダンカンの言いたい事がわからずに、疑問符が頭に浮かぶ。


「わははっ! 行けばわかるさ。コウも自慢の戦斧を忘れるなよ?」


 ダンカンは笑ってそう応じると、コウとララノアを連れて、離れの森へと向かうのであった。



「うぉぉりゃー!」


「ふん!」


「コウ、そっちを頼む!」


 森に、コウとダンカン達の声が響いている。


 現在、魔物との格闘中だ。


 ダンカンの言う通り、森には魔物が多数生息しており、その討伐の為にみんな奮戦していた。


 コウも自慢である超魔鉱鉄製の戦斧でその魔物を切り刻んでいる。


 その魔物とは……、『トレント』であった。


 トレントとは、意思と知性をもった木の姿をした魔物の事で、外見は木そのものだが、実際はその根を動かして歩く事もできる。


 普段は森の中で木になりすまし、生物が近づいてきたところを襲って自分の養分とする魔物であり、その気性は凶悪で襲う相手を選ばない。


 そのトレントがエルダーロックの村から近いこの森に群生していたのだ。


 これを知ったエルダーロックの村のドワーフ達は、大いに喜んだ。


 というのも、このトレント、討伐すると魔力が一気に抜け、乾燥して硬くなってしまう。


 だから、通常の木材よりも丈夫だし、売れば高価で、さらにはすぐに使用できる事からとても重宝されているのだ。


 と言っても、相手は魔物。


 それも危険度で言ったら結構高い。


 しかし、怪力が多いドワーフにとって非常に相性が良い魔物でもあった。


 そう、ドワーフの使用する武器の多くは戦斧や戦槌、戦棍などトレントに相性が良すぎるのである。


 戦斧で木こりのように、その体を断ち、戦槌や戦棍で打ち砕く。


 トレントにとっては、相性が最悪の敵がご近所に引っ越してきたのだった。


 コウとダンカン、ワグは戦斧、グラは斧槍、ラルは戦槌をそれぞれ使用して森に密集して生息していたトレントを次々に狩っていく。


 ちなみにララノアの獲物は剣だったので、自衛のみで参加しない事にしていた。


 ララノアには相性が悪かったからである。


 最初はトレントもこの最悪の訪問者を獲物として返り討ちにすべく襲い掛かったのだが、コウをはじめとしてダンカン達は窮地を乗り越えてきた戦士達だ。


 ダンカンやワグは戦斧でトレントをどんどん刈っていったし、グラやラルも手にする武器でトレントを打ち砕いて返り討ちにする。


 特にコウはその手にする最高級の戦斧でトレントの太い幹を、枝でも刈るように切り落としていくから、凶悪な魔物であるはずのトレントも相手が悪すぎるのであった。


 しばらく、森のトレントが狩られていくと、ララノアもコウ達の働きに呆然としていた。


「……私には真似できないわ。というか、コウってあんなに強かったのね……」


 ララノアは華奢な体型のコウからは想像できない働きぶりに感心した。


「え? 何?」


 ララノアの口から自分の名が出てきた事に気づいたので、コウは振り返って聞き返す。


「ふふふっ。何でもないわ!」


 ララノアはコウ達が木を切る音でうるさいので大きな声で返した。


「そう? もうすぐ終わりそうだから、もう少し待って! ──みんな、そろそろ終わって回収しようよ!」


 コウもララノアを待たせている事を思い出し、そう言うとダンカン達にも声をかける。


「「「わかった!」」」


 ダンカン達もコウの声に気づいて返事をするのであった。



 こうして、とんだ災難だったトレント達であったが、一番凶悪な存在であったコウによって適正な数を狩られるところで止まったので、全滅を免れほっとしたとか、しなかったとか……。


 全員で討伐したトレントの枝を落として、コウが魔法鞄で収納していく。


 ちなみに枝もしっかり回収する。


 木の細工物に使用できるからだ。


「よし、これで宿屋の建築の為の木材は回収できたな」


 ダンカンは満足そうにみんなに声をかける。


 その言葉にコウやララノア、ワグ、グラ、ラルも満足そうに頷く。


 誰も指摘しないが、高級であるトレントの木材で宿屋を作るというのはかなり贅沢な話である。


 しかし、それはそれでエルダーロックの村自慢の建物になりそうだと全員が思うのであった。

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