旅の途中② 〜カズーキ・ユエンの場合②〜

「リヤーン! 一晩泊めさせてくれるってよ!」


華麗な足音と共にこちらへ近寄ってくるスィースは満面の笑み。心なしか馬も喜んでいるように見えるような。俺、疲れているのか。


「はぁ? そんな都合のいいことあるわけないだろう」


「いやいやいや、本当だって! ほら、あそこで手を振ってる人!」


動くたびにガシャンガシャンと鎧のぶつかる音がした。指差す先にはにっこりと笑みを顔に貼り付けている一人の男性。遠くからしか見えないが、俺たちよりも二、三歳ほど年上だろうか。


リヤンは反射的に頭を下げていた。俺がじっと見つめていると、横から「ほら、お前も」と急かされたので一応頭を下げた。


「シーバさんだってさ! この村の一番偉い人らしい!」


「村長なのか。あの若さで大したもんだな」


「だよなぁ。あ、そうそう。何か困ってることがあるらしいんだけど、相談にのってやれないかな?」


「はぁ? まーたお前は面倒なことを持って帰って来て……」


「いやぁ、タダ同然で泊めてもらうのも申し訳なくてさ!」


すまんすまん、と笑顔で謝りながら後頭部を掻いていた。リヤンがチクチクと嫌味を連発していたのだが、そんなことを気にすることなく「早く行こうぜ!」と目をキラキラさせながら先へ先へと進んで行く。まぁ、いつものことだ。


シーバと呼ばれた男性の元へ近づくと、思っていたよりも背丈が小さい。馬から降り名乗ると「存じております」とつむじをこちらへと向けていた。物腰柔らかな態度に拍子ぬけしたのだが、「こいつが迷惑をかけたようで、申し訳ございません」とリヤンが頭を下げていた。


「いえいえ。むしろ、勇者様とその方々に会えて大変嬉しゅうございます。何もない所ですが、ゆっくりしていってください」


「だってよ! 早く家に行こうぜ!」


「おい、スィース! すみません、後ほどしっかり注意しておきますので」


「気にしないでください。早速、ご案内しますね」


このやりとり、既視感があるな。互いに頭を下げながら腰を低くしている二人を見て、頭の中のどこかにある記憶を辿った。うーむ、思い出せない。うんうん唸っていると数十メートル先にいるリヤンに名前を呼ばれて「すまんすまん」と足を動かした。


「そういえば、何か頼み事があると聞いたのですが。お困りごとでもあるのでしょうか?」


「そうですね。最近、ちょっと困った輩がいまして……」


「輩? それは、盗みとか?」


「まぁ、それに近いかと。どうやら魔物が私の畑を荒らしているのです。何度かとっちめようとしたのですが、なかなか上手くいかず困っていまして」


「それは大変ですね。最近、魔物たちの行動が活発になって来ていますし」


「そうなのですね。本当、困ったものです」


はぁ、とため息をついたシーバはチラッとスィースを見た。あいつはあいつで聞いているのか聞いていないのか分からない。暴れ馬の手綱を持って歩きながら鼻歌を歌っていた。


豪華な食事が用意されていると疑っていないのだろう。ここ数日はまともな食事をしていなかったので、ここぞとばかりに食べる気だな。俺の前を歩いている金髪を睨みつけた。


「勇者様は、どう思われますか?」


「へ?」


「魔物どもが食い散らかしていることです」


「んー……まぁ、勝手に盗むのは良くないよな」


「そうですよね! それなら……」


「でも、もしかしたら理由があるかもしれないよな」


「え?」


「だって、俺らがこうして退治しに行くまでは目立ったことはなかっただろう? なのに今更魔王を退治しろって言うのだから何かしら理由があるんじゃないかって思うんだよな」


こいつにしては珍しくまともなことを言うじゃないか。何事もないって顔をしているが、さすがのスィースでも気づいているのだろう。俺もリヤンも気にしてはいたのだが、理由がはっきり分かるまで口を閉ざしていた。


だが、こんな村にまで被害が出るとなると話が変わってくるだろう。魔物たちの中で、何かが変わったのだ。


「そ、そうは言いましても、魔物ですよ? あんな、野蛮な奴らに理由があるなんて」


「でも、直接話を聞いたわけではないのだろう?」


「……っ」


「今まで共存して生きることができてきたんだ。原因が分かれば、また共に生きていけるさ」


ケラケラと笑っている姿を見て、昔のこいつを思い出した。まだお妃様がいらっしゃった頃、こいつは何度も同じ話を聞かされていたらしい。


『異なるもの同士、戦うのではなく共存する国を作るのです。そうすれば、みんなが笑顔で暮らせます』と。


小さい時に数回ほどあっただけなので記憶はないのだが、厳しくも優しい女性だったのを覚えている。


あれから十数年以上経っているのに、今でも心の中に残っているのだろう。


「まぁ、とりあえずは様子見だな。俺も手伝うからよ。それでいいだろ?」


「そ、うですね。それで、お願いします……」


突然声をかけた俺に驚いたのか、ちらっと見上げて前に顔を向けた。しかし、その瞬間に歯をぐっと噛んでいる姿が。スィースにもリヤンにも見えなかったのだろう。二人は先ほどと変わらずこの村の話をしていた。


もしかしたら、厄介なやつに捕まってしまったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る