参:戯れ

その声の主を捜して辺りを見渡したその瞬間だった。

妖刃が碧い閃光に包まれたかと思うと、それは段々と刀から形状を変え始めた。


「…実に甘いぞ、主。優しさは時に凶器にもなるというに。情けない」


閃光が弾けると共にそこには瑠璃色の艶やかな毛並みを持つ巨体の虎が現れると

勇樹の上に何食わぬ顔で跨り、寝転ぶ彼の表情を鋭く睨みつけているようにも見える

だがしかし、その瞳は竜胆色に輝いておりどこか呆れたような温さもあった。

現実を受け止められない勇樹は、恐る恐る彼の喉元を撫ぜてやる。


ぐるり…ゴロゴロ、と


「翠仙なのか?」


「いっか、にも。そうだ。私は貴様の妖刃…正確には、妖刃の守護者」


触り心地のよい毛並みを、まるで野良猫を愛でるかの如き手でゆるりと動かしながら勇樹は虎の様子を伺う。虎は、心底不快そうな顔をしたもののこの撫でられる感覚が溜まらないのか相変わらず喉をゴロゴロ鳴らして。


「なんか、思ってたよりデカいね」


「辞めんか主。流石に俺もこうして尊厳を破壊されては辛抱たまらにゃ」


「語尾、変わってる。」


「うにゃあああああ……猫扱いするなああ!!」


突然暴れ出し勇樹の腹から転げ落ちた虎は、猛烈に抗議した。

しかし勇樹は痛い目をみつつもそんな様子を微笑ましい目で見守っていた。

「やっと笑ったな、主よ。」


「へ……?」


翠仙の言葉に思わず勇樹は間抜けな声を漏らす。


「貴様が卑屈になる必要など無いのだ。我とて、貴様が卑屈なのは気に食わん。」


翠仙はそう言うと、勇樹の頬にすり寄った。

その様子に気が緩んだのか、ぽろりと瞳から一粒の雫が零れる。


「おいこら主、貴様なぜ泣く?!我のせいか?!」


虎はその雫をぺろぺろと舐めとり始めたが、それがまたくすぐったいのか 勇樹は更に笑い始めてしまう。それを見た虎もつられて笑った。

暫く二人は笑っていたが、ふと何かを思い出したように翠仙が口を開く。


「なあ主。我は貴様の剣であり盾であるからな。どんな時も、傍らにいよう」


「うん……ありがとう翠仙。」


翠仙の柔らかな毛並みを撫でながら、勇樹は嬉しそうに笑った。


そうして暫く戯れた後、ふと思い出したかのように勇樹は 慌てて立ち上がると刀入れを肩にかけた後、妖刃を腰に携える。そして引き戸を開けるとそこには、壁に背を付けた火織がこちらの様子を伺っていたようだった。


「よう、話し終わったかよ?」


「あ、うん……お待たせ」


火織は体を壁から離して勇樹を見る。そして笑った。

「鍛錬しねーの?」


「勿論やるよ!ちょっと準備してくる」


そう言って引き戸を閉じ、足早に部屋へと駆けていく。

その姿を見ながら火織は呆れたようにため息を吐くがその口角は上がっていた。


「……ま、元気になったんならいいか」


そう呟くと彼は踵を返して部屋を後にしたのだった。

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冥々忌憚 咲間美哉 @Lochinkanbiya

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