異世界への切符 壱枚目

「旦那様、リリィ様。準備が整いました」

 使用人さん達から、屋敷に帰る準備が整ったと報告された。


「ありがとう。皆さんは、馬車の所で待っていてください」

「かしこまりました」

 と使用人さん達。

 

「じゃリリィ。ローズさんに御挨拶しに行こうか?」

「そうだな。皇帝陛下と皇后様への挨拶はおわったからな。ローズはかっこつけて喋らなかったな」

「そ、その言い方……」

 と、言辞ゲンジが笑う。

「いや、だから、このまま帰ると大変なことになるのだ。挨拶に行かないと。めんどくさい奴なのだ」

「もう、ローズさんには厳しいなぁ」

 

 二人でローズの部屋に挨拶に向かった。

 流石、皇太子妃だから夫婦の部屋とそれぞれの部屋と沢山ある。

 来賓用として、皇太子と皇太子妃とそれぞれあった。

 もちろん、その方々が泊まれるような部屋もある。

 

 そう言った部屋あるエリアの前には衛兵がいる。


「ローズ皇太子殿下に出発の御挨拶に参りました。どうか、お取次ぎください」

 言辞ゲンジがカッコよく挨拶をした。

「これは、言辞ゲンジ殿。伺っております。では、あの者が案内しますのでお進みください」

「ありがとうございます」

 私も、こういう時はしおらしくクールな女性の様に振舞って、静かに挨拶をして通り過ぎようとした。

 

「クスッ!」

(ん?)

 振り返ると、さっきの衛兵さんが、笑いをこらえていた。

「こ、これは失礼足しました。ぐふっ!」

 失礼したと言い終わる前に、また笑った。

(んん?)

「本当に、申し訳ございません。あの、実は皇太子妃殿下よりリリィ様の事を伺っておりまして。その話を思い浮かべてしまい、つい。大変申し訳……、グスッ!」


 ローズ、私の事を皆にどんな感じに話してるんだ?

 

「どうしたの、リリィ?」

 言辞ゲンジが尋ねてきた。

言辞ゲンジ。……、帰りたい」

「え? なんで?」

「む――」

 私は、少し不機嫌な顔になった。


「まあ、またしばらく会えなくなるから、ちゃんと会っておこうよ。ね?」

「うん」

 そう言われて、案内してくれる執事の後を付いていく。


「こちらでございます」

 執事の人が扉を開けてくれた。

「ローズ皇太子妃殿下! 枇々木ヒビキ言辞ゲンジ様、枇々木ヒビキリリィ様がおいでになりました」

「はーい。こっち、こっち」

 また、軽い返事をして。

 もうちょっと、こう、皇太子妃としての威厳あった方が良くないか?


 もうひとつの部屋を通るとローズがソファに座って待っていた。

 執事の人も退室して、ローズと私達の三人だけになった。

 

「もう、帰りますの?」

 私達が座るなり、ローズが文句を言ってきた。

「ええ、私も仕事が溜まっているので。それに、リリィも少し休ませたくて。フェイスが帰ってきたら、また指導員として働きだすでしょうから。その間だけでも」

「ええ。リリィちゃん。ずっと居ても宜しいんじゃないの。一緒に遊ぼうよ」

 と、ローズ。

「子供じゃないんだから」

 と私はローズをタシめる。

「それに、そんな遊ぼうなんて嘘ついても騙されないぞ。毎日公務公務で、死にそうになってるって聞いてるぞ」

 私だって、元暗殺部隊の人間。

 ターゲットの裏情報はしっかり把握済みなのだ。


「くっ、騙されなかったか? リリィちゃんに外交の方任せて、私は内政にと思ったのに」

「私に外交なんて務まらないぞ。勉強してないし。それに、フェイスか、臣下の外交官の仕事じゃないのか、それは?」

「女同士の外交ってのがあるんですぅ」

 そう言って、プクッーと顔したローズ。

「そんな、『あるんですぅ』って言い方されても」

 困惑する私。


「大変そうですね」

 言辞ゲンジがローズを慰める。

「わーん。言辞ゲンジさん優しいぃ。やっぱりお城に住まない?」

「いやいやいやいや」

 苦笑いする言辞ゲンジ


「あ、そうだ、ローズ。衛兵さん達に、私の事なんて風に話してるのだ? 思い出し笑いしてたぞ。私を見て」

「ん? な――んの事かな――?」

「ぬぐぐ」

「あら、リリィちゃん、怒ってる――!」

 そう言って、ローズが笑った。


 私と初めて会った時の、あのローズの笑顔がそこにあった。


 最初、あの屋敷では、言辞ゲンジと私、フェイスとローズの四人だけだった。

 二人とも出自が皇太子と皇太子妃候補とは思えないぐらい、屈託のない感じだった。

 あの頃に戻りたいと思うことではない。

 ただ、過ごしてきた貴重な日々であったことが、ローズと話していて感じたのだった。


「ねえ。言辞ゲンジさん」

 とローズ。

「大聖堂、勿体ない事しちゃったね」

 少し寂しそうにローズは言う。

「どうしてですか?」

「だって、リリィちゃんも言ってたんでしょう? 来ることが出来るのなら、帰ることも出来るかもしれないって。だから……」

 

 しばらく言辞ゲンジは考えてローズに答えた。


「それはリリィにも言いましたが、この世界の人達に災いをもたらすなら壊した方が良いんです。僕が帰れる帰れないの問題じゃない。それに、今の僕はとても幸せですよ。ね? リリィ」

 突然、私に向かって笑顔で言う言辞ゲンジ

 ひ、卑怯なのだ。

 そんな素敵な笑顔でこっち向いて話したら。


「う。うん」

 と、やっとの事で返事をする私。


「あ、リリィちゃん、イチャイチャして。フェイスがいないから寂しいだろうって、見せつけに来たの?」

「ち、違うぞ」

「ま、良いか? リリィちゃんも、大変だったしね。また、怪我の数、増えっちゃったね」

 そう言えば思い出した。

 屋敷に来てお風呂に入った時、傷だらけの私の体を見て、ローズは泣きだしたんだっけ?


「まあ、大きいのがブスッーっと。それと、あちこち」

 ローズに説明してやった。

 以前のローズと同じだったら、シクシクと泣き出していた。

 だから、また泣き出すのかなと少し心配した。


「うん。親方様もルナちゃんも、オルトちゃんも。凄いなぁ。私も剣士になれば良かった」

 ローズは目を輝かせて言う。

「何を言っている。生き残れるまでになるには、簡単じゃないぞ。それに、ローズの様に、皇太子妃として振舞うのも直ぐに身に付くものじゃないだろ。子供のころからの躾とか。私がやっても猿真似だぞ」

「えへへ。リリィちゃんに褒められた。嬉しい」

 とニコリと笑うローズ。

「でも、リリィちゃん。もしもの時は、助けてね。こっち方面でも」

 とローズ。

「え? そんな時がありそうなのか?」

「例えばだけどね」

「なんだ、例えばなのか?」


「でも、考えておいてほしいな。そう言う訓練も受けてきたんでしょ?」

「ん。まあな」

「帝国みたいな国が、今後も現れないとは言い切れないから、刺客の危険を感じながら公務を行う時もあるかもしれない。だから、その時かな?」

「私は身代わりか? 盾替わりか?」

「ち、違うわよ! 女性ばっかりの所に、男性の衛兵置けないでしょ。そう言う時よ。あとルナちゃんやメルティちゃんにもお願いするかも」

 

「うーん。変な女子会みたいだな?」

 

「え? 『女子会』?」

(あ、しまった)

 

 私は迂闊にも新しい言葉を話してしまった。

「ねぇねぇ言辞ゲンジさん。『女子会』って何?」

 目を輝かせて言辞ゲンジに尋ねるローズ。


 言辞ゲンジは、私をちらりと見ながら答えた。

「えーと、『女子会』って言うのはね?」


 ちょっと挨拶をして帰るつもりだったのに、話が長くなってしまった。


「も、もう帰ろう。言辞ゲンジ! 帰って良いよね? ローズ!」

 流石の私もばててしまった。

「はいはい。わかりました。じゃ、また今度来てね。来なかったら大軍率いて、お屋敷攻めるから」

 というローズ。

 それを聞いて言辞ゲンジは、笑っていた。


 あの屋敷の時の様に喋るのは、言辞ゲンジと私とフェイスの四人の時だけだ。


 それが、ローズに取っては、とても素敵な思い出になっているのだろう。


「さーて、明日から頑張るぞ――」

 ん――っ! と背伸びをしてローズは言った。


「親方様も来てくれて正式に第参部隊として動くから、フェイス警護の為にお城にも来ることになるだろう。その時は、ちゃんと顔を出すよ。私は指導員だから暇だしな」

 私は寂しがるローズに伝えた。

「そうね。そうだったわね。根性の別れになるかと思ったからずっと引き延ばしてたのよ」

「おい!」

「ウフフ!」


 やっと、ローズから解放された。


 馬車の所に付いたら、何かあったのではないかと使用人さん達が少し心配していた。

 

 馬車は言辞ゲンジと私だけが乗り込むだけとなっていた。

 私達の複数台の馬車は、城を後にした。


 こんど来る時は、メイのお店で何か作って貰って持っていこう。

 きっと、ローズも喜ぶだろう。

 

 

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