リリィの躊躇い(ためらい)、転移魔法大聖堂

 作戦の方針と帝国皇帝やアルキナの話が終わり、やっと控室に帰って来られた。


「旦那様、リリィ様。お疲れ様です」

 屋敷の使用人さん達が、私達夫婦の部屋として使っている控室で待っていて出迎えてくれた。

 使用人さん達全員の部屋は別にあり、皇国の城内でかくまうことにしてもらいここにいる。

 屋敷の方には、今はだれもいない。

 戦争が終わるまでの間だけだが。


「みんなありがとう」

 言辞ゲンジが礼を言う。

「いいえ、屋敷の時の様にできませんので、せめてこれくらいは」

 使用人さん達も、城内では思うように動きづらいだろう。

「休暇だと思って、ゆっくりすれば良いのだ。何人か交代で来てくれるだけで助かるぞ」

 私も礼を言う。

 

「では、私どもは、これで。明日、闘いが始まるのですね。どうか、言辞ゲンジ様もリリィ様もご無事で」

 そう言って、使用人さん達は自分達の控室に帰って行った。


 すると、入れ替わるように騒がしい声が聞こえた。


「リリィちゃん! 来たよ――! やっと会いに来られた――!」

「む、その声はローズ! 騒がしいな」

「何よ――。怪我をしたって聞いても、見舞いにも行けなかったのよ。それに、あの時目で合図したのに何もしてくれないし」

「なんで、私にそんなこと期待するのだ? ただの兵隊だぞ。フェイスに言ってよ! それに、皇国皇帝様の所を抜け出してきて良いのか?」

「もう~、酷いリリィちゃん。言辞ゲンジも何とか言ってよ~」

「まあまあ、リリィもローズさんはちゃんと皇太子妃様の役目を果たしているから、もうちょっと優しく」

「しょうがないな」

 やっと落ち着けると思ったら、ローズの襲撃を受けた。

 手荒にできない分、アルキナより厄介な相手だ。


 そうして、ひとしきりローズの話を聞いて、ようやくローズが部屋に帰って行った。

 ローズとしては、一時的とは言え近くにいてくれてうれしいらしい。

 

「あの様子だと、毎日来そうだぞ。私は、戦いで外に出るから関係ないけど」

「あはは。そうかもしれないね」

 言辞ゲンジは、少しうれしそうな顔をした。

「ム――」

 その嬉しそうな顔を見て、私は少しむくれてしまった。

「どうして、そんな顔するの? お世話になったローズさんだよ」

「そうだけど……」

 何か、釈然としないものを感じるのだ。


 言辞ゲンジは、窓の外にテクテクと歩いていく。

 私も、それに着いていった。


「いよいよ、明日だね」

「うん。そうだな」

「君ばかり、戦わせることになって、心苦しいよ。僕も剣術や魔法の一つや二つ使えていたらなぁ」

 夜空を見上げながら、言辞ゲンジが言う。

「まだ、そんな事を言うのか? 私が、この世界でどれくらい鍛えて来たのか知ってるでしょ?」

「うん。そうだけど」

言辞ゲンジの元の世界では、メイやシャトレーヌ、印刷所のような人達が普通なのだ。この世界でもそうだ。言辞ゲンジが、運悪く私と一緒になる事を選んだから、巻き込まれただけだ」

「ふふ。そうかな?」

「そうなのだ」

 私が、そう言うと言辞ゲンジがクスッと笑った。

「その『なのだ』って口癖、時々出るね。今でも」

「うう。誰の口癖かわからなけど、なかなか抜けない」

「いや、リリィらしくて可愛いよ」

「……」


言辞ゲンジ?」

「ん?」

「大聖堂、本当に壊して良いのか?」

「それを、どうして僕に聞くの?」

「あそこに、言辞ゲンジが現れて来たんだよね」

「そうだね」

「うーんと。言辞ゲンジは帰りたいと思ったりしないの?」

「え? 帰れるの?」

「いや、知らない」

「なんだ、知らないのか?」

「……。あの、それで、帰れるとしたら帰りたいのかなって、思って」

「なんで、帰らなくちゃいけないの?」

「だって、生まれ故郷でしょ」

「ああ、そうだね確かに。でも、ちょっと帰省するかで帰れるところじゃないね」


「転移魔法大聖堂って呼ばれるくらいだから、呼ぶこと出来たら帰すことも出来るかなって思ったんだけど」

「ああ、まあ、帝国も兵隊送り込んでとか考えてそうだったから確かに」

「その大聖堂を壊したたら、帰る手段がゼロになっちゃうかなと思う。だから、本当に壊して良いのか迷ってる」


「帰って欲しい、のかな?」

 言辞ゲンジが意地悪な質問を返してきた。

「ち、違うのだ。言辞ゲンジがいた世界が、どんな世界だったか見てみたいなって思って。それだけなのだ」

「ああ、そういう事ね。もう、飽きられやったのかと悲しくなっちゃた」

「また、意地悪な事を言う」

 私は、プクーと膨れた顔をして言い返した。


「興味ある? 僕の居た世界」

「うん。どんなだったの?」

「うーん。沢山あるから、どれから話そうか?」

「まあ、今日は良い。また、今度聞く」


「え? 良いの? それ、負けフラグじゃない?」

 言辞ゲンジがニコッとした顔で言ってきた。


「何だ? 『負けフラグ』って?」

「えーと、『負けフラグ』とか『死亡フラグ』は、良く物語で『この戦いが終わったら、田舎に帰って結婚するんだ』とか、『その話、戦いの後で聞くよ』とか言うキャラクターが大抵死んでしまうというパターンがあって」


「なんだそれ」

 私は思わず笑ってしまった。

「いや、お決まりのパターンだけど、大事なんだよ。それで、読んでる人に予感させることによって、心理的効果が……」

「でも、私は死なないぞ」

 私は言辞ゲンジの言葉を遮った。

「う、うん。信じる」

「信じるも何も、絶対負けないぞ」

「絶対かなぁ?」

「絶対なのだ」

「そうかぁ」

「そうなのだ」

「うん。わかったよ」

「わかってくれたか? 話しがそれてしまったが、大聖堂があると帰る手段がゼロじゃないから、壊すのを躊躇ってしまうかもしれないのだ」

「そうか」

「うん」

「……」

 

 言辞ゲンジは、しばらく考えていた。

 

 そして、口を開いた。

 

「帰れなくなっても構わないよ。壊してほしい。元居た世界も見せてあげたいのもある。だけど、今の僕には、リリィと暮らしているこの世界を守る事が一番大事なんだ。この世界の人達の不安の種になるのなら、あんなものいらない。僕とリリィと出会わせてくれたことで、あいつの役割は終わったんだ。あの婚活会場は、もう賞味期限切れさ」

 笑顔で、言辞ゲンジは微笑んでくれた。

 その笑顔に、私は引き込まれそうになった。

 

「わかった。全部壊す。……。ところで、『婚活会場』ってなんだ? また、新しい言葉だな」

「あはは。えーと、結婚をしたい独身の男女が集まって、将来の伴侶を選ぶ場所さ」

「んー。でも、私はそこにはいなかったぞ」

「あ、そうだね。じゃ、違うか?」

 そう言うと、また言辞ゲンジは笑った。


「そうだ。『死亡フラグ』で言えば、親方様に結婚を勧めたのは、そうじゃないのか?」

「え? 僕は、素直にお似合いかなと思っただけなんだけど。親方様もシャトレーヌさんの運命を変えた人だし」

「そうかもしれないけど」

「それにさ、親方様に初めて戦って負けなかった女性だよ。親方様だって気になってると思って」

「ん? 戦って? ん――?」

「そこは、シビアに見ないで。例えだから」

(そう言えば親方様も、シャトレーヌが震えながらでも立ちはだかろうとしている姿に、心を打たれたって言ってたな)

「そっかー。なるほど」

 私は、理解することにした。


「あ、言辞ゲンジ。新しい言葉をローズやルナに教えないでくれないか?」

「え? 何で?」

「だって、あいつら、それでいつも私をからかってくるんだぞ。自分の奥さんがからかわれるんだぞ」

「え、そうなの? 御免。気が付かなかった」

「本当だぞ。気を付けて欲しいのだ」

「はい。すいません」

「けど、皇太子妃のローズさんを、リリィはあいつら呼ばわりか?」

 アハハと言辞ゲンジは、笑った。

「私の前でも皇太子妃として振舞って優しくしてほしいのだ。今の扱いは、マブダチレベルなのだ」

「まあまあ」

言辞ゲンジは、ローズに甘いのだ。私の味方じゃない」

「いやいや。そうじゃないよ。ちゃんと味方してますよ」

「本当か?」

「はい。本当です」


 そんな話をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「誰か来たみたいだ。どうぞ、お入りください」

 言辞ゲンジが返事をする。


「失礼する。私だ」

 親方様が、シャトレーヌを伴って部屋に尋ねてきてくれた。

 

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