第5章 私はだあれ?
第36話 仮面の魔人1
「サーラちゃん待ってよう……」
私はショートカットの優しそうな女の子を追いかけていた。彼女はサーラ。とても活発な子で、内向的だった私にとっては唯一無二の親友だ。
「あははは、テアちゃんこっちこっち! 祭り始まっちゃうよ」
そうだ、この日は確か私の村の年に一度の精霊祭の日だ。精霊祭では精霊の巫女に選ばれた女性が伝統的な冠と白い衣装を身に纏い精霊様に祈りを捧げるのだ。
そして精霊様の祝福をいただき、村の1年間の繁栄を願うのである。毎年選ばれるのはその年に成人した女性で、選ばれることは大変な名誉なのだ。その年にいなかった場合は他の成人女性から選ばれるんだけどね。
精霊の巫女はこの村の女性にとっては名誉であり憧れだ。私もサーラも「いつか私かテアのどっちかがやれたらたらいいね」なんてよく話していたっけ。
村の広場に着くと、既に大勢の人で賑わっていた。大勢、っていっても人口200人くらいの小さな村だから広場にいる人数もそのくらいだろう。田舎だけあって広場の敷地面積は無駄に広いので人口密度はそれほどでもない。
それでも広場には屋台が並んでおり、昼間っからエールを飲んでいるおじさんもいた。多分村人全員集まっていると思う。
カラーン
カラーン
大きな鈴を鳴らす音が広場に響き渡る。巫女様の祈りが始まる合図だ。
「もう鐘が鳴った! でも間に合ってよかったね」
「うん」
サーラは私の手を取り急いで巫女様のいる祈祷場へ向かう。まだ私もサーラも8歳だったから身体も小さい。だからそれを利用して上手く人混みを潜り込むようにすり抜けて最前列を目指した。
そしてちゃっかり最前列に到達すると、巫女様の祈りの儀式が始まる。
巫女様は銀色の冠を被り、荘厳な衣装を身に着け軽やかに舞う。
シャラン、と鈴の音が鳴った。
巫女様の袖に付いた鈴が鳴ったのだ。その涼やかな音色は巫女様の舞をより一層際立たせ、見る者たちを魅了する。
「綺麗……」
「うん……」
神々しさすら感じる舞に私達は釘付けだ。いつかあんなふうに踊れたらいいな、と思っていたらサーラが私の手を強く握りしめる。サーラもきっと同じ気持ちなのだ。
* * *
そこで私は目を覚ました。
「夢……?」
なんだろう、この夢は。恐らくこれはテアの過去だ。しかし同時に私の記憶でもある。それは間違いない。でも牧田莉央として過ごした生ではないはずなのに、どうしてこんなに心が揺さぶられるのだろうか。
そっと頬に手をやる。
私は涙を流していた。
「涙……。この涙はテアの涙? 牧田莉央の涙? それとも……」
その両方。そんな言葉が出そうになった。よそう、私はそんな哲学的な考え方とか苦手だ。私は私だし、テアであり、牧田莉央だった。もうそれでいいじゃないか。
「サーラ……」
不意にかつての親友の名が口から出た。あの子は天国へ行けたのだろうか。できることなら、もっと話がしたかったな。
「あ、いけない。朝御飯食べにいかないと怒られちゃう」
私はベッドから飛び起きると急いで身支度を整えた。私があてがわれた部屋は個室なので一緒に話す相手もいない。それはそれで気楽なんだけど、少し淋しいかな。
「さぁ、訓練を始めるぞ!」
「はい!」
屋外の訓練場では兵士たちが集まり、厳しい訓練を行っていた。私は治癒士としての参加だ。けが人を素早く察知し、即対応するのが役割だ。だから状況判断を養うことから始めている。なにせ普通、治癒魔法は患部に触れて行うものなのだが、異能により私は離れた怪我人を複数癒やすこともできる。
そのせいで訓練がより一層ハードになったという話もあるけどね。でも戦線維持において私の立ち位置はかなり重要なので文句を言える人はいない。文句を言えば上官に睨まれるのは目に見えているからねぇ。
「いくぞぉっ!」
数人がかりで丸太に車輪を付けた破城槌のようなものを動かす。その破城槌の突進を大盾を持った兵士たちが受け止めた。
「う、うわぁぁっ!」
しかし堪えきれず2人の兵士が尻餅をつく。
「このぐらい受け止めなくてどうする! 魔物の突進はこんなもんじゃないぞ」
尻餅をついた兵士達を上官が叱咤する。そう、この訓練は前衛の大盾部隊が魔物の攻撃を受け止める訓練なのだ。対人間相手と違い、魔物は力も強く硬い。それゆえ前衛の大盾部隊の持つ大盾は人より大きいくらいで、二人がかりでその大盾を持つ。当然武器なんて持てないため、完全に防御専門だ。
また、二人がかりで持つため途中で人員の入れ替えを行い易いというメリットもある。
攻撃の担当は後ろに控える長槍部隊の役割で、両腕で2メートルを越える長槍を刺すのである。前衛がこの大盾部隊と長槍部隊の2層で形成されており、それをさらに何層か重ねて後ろから魔法や弓矢、投石機で遠距離攻撃を行うのだ。
いわゆるファランクスという陣形を中型以上の魔物を想定して改良したものかな。ただこれだと小型の小回りの効く魔物相手には向いていない。そのため対人向けの重装長槍部隊も普通にいたりした。
この訓練に参加するようになってもう3週間くらいになるけど、今のところ魔物達の襲撃はない。襲撃にサイクルがあるらしく、月に一度は魔物の大群が押し寄せるそうだ。
つまり、もういつ襲撃が起こっても不思議じゃないらしい。
と、そこへ一人の兵士が訓練場へ駆け込んで来た。これはあれか、襲撃来たな。
「報告します! はるか北の方に魔物の大群を確認しました。オークやゴブリンの他にサイクロプス、ランドタートル等の巨大モンスターも確認されています!」
兵士がヘルクス子爵に報告する。その一言に訓練場がざわついた。
「予想到着時間はどのくらいだ?」
「予想では4時間です」
「よし、わかった。全員訓練やめ! 北門の方に集結する。集合は今から2時間後。それまでに各自所用を済ませておくように。それと担当の者は非常の鐘を鳴らし、避難誘導にあたるように」
この所用、というのは戦闘の準備であったり家族や友人への挨拶のための時間だ。この街の住人は鐘を鳴らすと指定された避難場所へと集まるそうだ。その際の誘導係は持ち回りだそうで。
さて、私も食事を済ませて戦いに備えるとしますか。
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