第34話 レオン様!

 意外とお尻は痛くなりませんでした。

 街中だけあって道は石床で整備されていたからかな。だからそれほどの揺れもなかったけど、街の外だと痛くなりそうかも。


 進む速さも私が歩くよりは早いかな、っていう程度だったのもあるかな。街の中でそんなスピード出さないよねさすがに。


 そしてヘルクス子爵に連れられやって参りましたルーセル辺境伯邸。うん、すっごくデカい。敷地面積で見てもそのへんの小学校じゃ相手にならない程だ。お金っめあるところにはあるだね、って思えちゃうのはどこの世界も一緒か。


 御者さんが守衛の人とやり取りすると門が開かれ、その中を再び馬車が進む。前庭は見事な庭園となっており、薔薇を始めとした様々な花が美しく咲き誇っていた。これだけの庭園を管理するのって大変そう。私も花は好きだけどこれは真似できないや。


「着いたぞ。降りなさい」

「はい」


 ヘルクス子爵に促され馬車を降りる。マナーとかよくわかんないから真っ先に降りちゃったんだけど良かったのかな?


 私に続いてヘルクス子爵が降りる。するとメイド服を来た女性二人によって扉が開かれた。


「御待ちしておりました、ヘルクス様」


 白髪のじぇんとるまーんが恭しく頭を下げ私達を迎え入れる。あれはもしかして噂に聞く執事というやつではないだろうか。


「うむ。例の少女をお連れした。ルーセル閣下にお目通り願いたい」

「はい、旦那様より応接室に通すよう仰せつかっております。どうぞこちらへ」


 執事さんの案内により応接室へ通される。応接室には高そうな壺やら絵やらが飾られており、ソファ一つとってもギルドにあった物より明らかに上等な代物だし。この部屋にある家財一式で治癒院何年分の給金が吹っ飛ぶやら。


「どうぞ掛けてお待ち下さい」

「わ、わ、わ、私なんかが座って汚れたら弁償できません!」


 弁償という言葉が脳内を駆け抜け思わず口走る。そんな私を見てヘルクス子爵は盛大に笑い、執事さんは必死に笑いを堪えていた。


「ぶははははは、そんなに構えんでも大丈夫だ。少々汚したくらいで弁償させられるわけなかろう」

「いや、失礼。そうでございますな。確かに部屋の調度品の総額はとても一般の方が払えるものではありせん。しかし気にしなくて結構でございますゆえ」

「あ……」


 いかん。顔が熱くなってるのわかるわ。私は恥ずかしさを誤魔化すようにそそくさとソファに腰掛ける。一応下座に座ったけど、この世界でもそんな概念あるのかな?


「では少々お待ち下さいませ」


 執事さんは笑みを浮かべたまま退室する。それと入れ違うようにメイドさんが応接室に入り、紅茶と茶菓子を用意してくれた。そういやこの世界でお菓子食べるの初めてかもしんない。


 早速お菓子に手を伸ばす。これはクッキーだね。いい香りがする。バターの香だ。この世界だとバターとか高級品なんじゃなかろうか。口に含むとサクッとして程よく口の中で溶けていく。まろやかだ。うーん、久しぶりのお菓子という点を差し引いても現代のクッキーに負けてないよこれ。


「クッキーは初めてかね?」

「ええ、そうですね。サクサクして脆くて美味しいです。バターのいい香もします」


 甘い物には飢えるっていうけど、一度食べ出すと止まらなくなりそ。


「そうか、気に入ったかね。なら私の分も食べるといい」

「ありがとうございます!」


 ヘルクス子爵への好感度が5ポイント上がった!

 と言いたくなる程に嬉しかったりと。ヘルクス子爵が差し出したクッキーに遠慮なく手を伸ばし頬張った。甘い物は心の栄養なのですよ。


「待たせたねヘルクス子爵。そして旅の少女よ」

「おお、これはルーセル閣下。それにレオン様も」


 レオン様……!?


 そのワードを聞き、私は口いっぱいに頬張ったクッキーを慌てて紅茶で流し込む。思わずゴクリ、と喉が鳴った。


 そして私の向かいのソファにルーセル辺境伯様とレオン様が腰掛ける。そう、今私の眼の前にはあのレオン様がいるのだ。


 年齢設定では現在12歳。強い意志のこもった熱い眼差しに肩まで伸ばした金色の髪。間違いない。レオン様だ……。


「ねぇ君。どうして泣いているの?」

「え……?」


 レオン様が口を開く。まるで鈴を鳴らしたかのような澄んだ声が私の耳を通り抜けた。そして目尻に手をやる。


 私は泣いているのか。

 そうだ、嬉しいのだ私は。私牧田莉央が人生で初めて流した嬉し涙だろう。


「へ、変ですよね? すいません、気にしないでください」


 ここで変なことを言って変な女認定されるのは避けないとね。変に泣きちらして場を壊すわけにもいかないし。


「女の子が泣いていたら気にするよ。これを使って」

「そんな、もったいのうございます!」

「いいから」


 レオン様が笑顔でハンカチを差し出す。私はおずおずと手渡しで受け取ると、ほんの少しだけ手が触れた。


 たったそれだけのこと。


 しかし私は自分の顔が真っ赤になっているのを自覚していた。まるでおぼこのようだ。確かに私は喪女だったけどさ。


「ふふっ、かわいいね」

「……!」


 いたずらっぽく笑う笑顔にキュン死させられそうになる。なにこの破壊力は!?


 いやいやいやいや!


 転生前の年齢合わせたら倍ほどじゃん!

 私はショタだったのか?

 いや違う。推しは全ての趣味趣向を超越した相手だ。つまり私は正常!


「レオン様、お戯れを。平民の少女にレオン様は眩し過ぎるでしょう」

「いやすまない、ついね」


 からかわれただけ……?

 でもこれはこれで嬉しいかも。


「それで、この子が例の治癒士の少女でいいんだね?」


「はいそうです。高度な治癒魔法を操り、空を飛びジャイアントボアをも拘束。ミノタウロスさえも一撃で膝を破壊したりと獅子奮迅の活躍でございました。彼女はこの地で戦うために来たと言っております」

「間者でない保証はあるのかね?」

「その心配は先程潰えましてございます」


 うわっ、それ掘り返されるとめちゃくちゃ恥ずかしいんですけどぉっ!?


「……!」

「いいだろう、この少女私が預かろう」


 しかも納得されたぁぁぁっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る