第27話 地雷貴族の影

 若く長身のイケメン君を先頭に3人の騎士が治癒院にやって来たのはその2日後だった。


「仕事中にすまない。我々は騎士団の者だがここにテアという少女が働いていると聞いたのだが」

「テアは私ですけど」


 うーん、ついに来たか。まぁ悪いようにはしないものと信じたい。


「なるほど、銀髪赤眼の美少女か。聞いていた特徴にピッタリだね」


 イケメン君は私を舐め回すように眺める。もしかして危ない人?


「あのー、何か御用でしょうか」


 私は目を細め、ジト目で要件を伺う。あんまりジロジロ見ないでほしいなぁ。イケメンなら何をしても許されると思ったら大間違いなんだけど。


「ああ、すまない。色々と聞きたいことがあってね。ここじゃなんだから騎士団の詰め所まで来てもらいたい」


 まぁ、拒否権なんてないんだろうな。ここで変に諍いを起こすのも得策じゃないか。


「わかりました。院長に許可をもらってきますので少しお待ちいただけますか?」

「それには及びない。騎士団にはそのくらいの権限があるからね」

「え? ちょっと……!」


 イケメン君がいきなり私の手首を掴み、引っ張るようにして連行する。これじゃ私犯罪者みたいじゃんか。


「ああ、安心していいよ。君は犯罪者ってわけじゃないからね。素直にこちらの質問に答えてくれれば悪いようにはしないさ」

「あの、痛いです!」

「え? ああごめんごめん」


 大人の力で引っ張られたら痛いに決まってるじゃんか。こちとら肉体は10歳の女の子なんだからもっと丁寧に扱って欲しいよ。


 一応イケメン君は口だけだけど軽く謝る。そして不意に私の身体が浮いた。


 なんのことはない。引っ張るんじゃなくて腕一本で脇に抱えられたのだ。旗から見たら幼女誘拐である。なんなんこいつ。


 しかし抵抗するわけにもいかず、私はそのまま抱えられて騎士団の詰め所まで連れて行かれたのだった。



       *  *  *



「いやー、色々とすまなかったね。じゃあ早速調書を取らせてもらうよ」


 私が連れてこられた騎士団の一室はまるで刑事ドラマの取調室のようだった。ライトこそないけど狭い部屋の真ん中に机ドン。一応日光は射しているけどなんか薄暗く感じてしまうなぁ。それに狭い部屋で騎士団員三人に囲まれてるから圧があるし。


「えーっと、名前はテア。半年前にこの街にやって来て冒険者ギルドに登録し、派遣という形で治癒院に住み込みで働いていると」

「ええ、その通りです」


 イケメン君が調書を読み上げ内容を確認する。一体何が知りたいというのだろうか。


「それで、君が提案した俗に言う古傷病の対策が功を奏し、国内での古傷病の発生がかなり減っている。そして病気に対する新たな治療法も生まれた。その功績はとても大きいものだ」

「そうなんですね。それは良かったです」


 そうか、治療法が認められたなら助かる命も増えるということだ。少しはこの世界に転生した意味があったというものだろう。


「それで不思議なんだけど、君はどこでこの知識を手に入れた? まさか悪魔からだなんて言わないよね?」

「悪魔とか見たことありませんけど。これは父に教えてもらいました。名も無い村ですけど父は治癒士でしたから」


 父が治癒士というのは嘘だ。もう故人だし村に生き残りはいない。テアの亡き父に対して少し心が痛むけど、嘘をつくしか整合性を取る方法がないのだ。確認なんてできないから真偽を調べようとはしないだろうし。


「へぇー、その人は今もその村に?」

「殺されました。ある日、私達の村に盗賊団がやって来て大人は皆殺しにされ、私は捕まりました。売るつもりだったんでしょうね」


 私は少しムッとして答えた。嫌なことを思い出させてくれる。その記憶はテアのものだけど、私の中にも自分が経験したこととして脳内に刻まれているのだ。


「なるほど。君には異能があるらしいけど戦わなかったのかい?」

「目覚めたのは捕まった後です。その異能を使って私は逃げました。そしてメルデの村に身を寄せたのですが、そこに例の盗賊団がやって来たんです」

「それでどうしたんだい?」

「全員殺しました。でもそれで村にいられなくなったのでこの街にやって来ました」


 全員殺した。その言葉にイケメン君の眉がピクリと動く。私の発言はとても10歳の幼女のものとは思えなかっただろう。


 私は自分の右手を眺めた。この手は既に血で汚れてしまっている。なのにそれに対する良心の呵責など微塵もない。他にどうしようもなかったしあれは正当防衛だろう。だがそれに対して何も感じていない自分が怖い。魔神の血のせいにもできるけど、その衝動に呑み込まれたら私はどうなるのだろうか?


 呑み込まれないために私は強くならねばならないのだ。精神的にね。


「なるほどね。Aランク冒険者の助けがあったとはいえ、君がルシフェロンの首領を捕らえたのは事実だ。君の能力を君の口から聞かせてほしい」

「なぜですか?」


 私はまたもぶすっとした口調で不機嫌を隠さずに聞いた。


 冒険者なんかでも手の内を晒すのはしないし、聞くのはマナー違反だと聞いてるんだけど?




「実はとある貴族から君を養子に迎えたいという話が来ている。これはそのための調査でね、君に何ができるのかを調べて伝えないといけないんだ」

「貴族様の名前を伺いたいのですが」


 知っている貴族とかあんましいないけど、念のため聞いておこう。家によってはありかもしれないし。


「興味が湧いたかい? 結構な大物だ。君にとっては凄くいい話だろうね。その貴族の家はティボー侯爵家さ。エンゾ·デヴィッド·ド·ラ·ティボー様といえば王都住まいの有力貴族だが、たまたまこの街に来ていてね。君は本当に運がいい」


 エンゾ·デヴィッド·ド·ラ·ティボー。


 その名前を聞いて私は凍りついた。


 私はこの貴族を知っている。なぜならゲーム内で出ていたからだ。しかも、こいつは王都で第二王子にクーデターを起こさせた大罪人でもある。私が大罪人と呼んだ通りそのクーデターは失敗に終わり、家は取り潰しになるわけだ。


 つまりこいつは地雷なのだ。はっきり言って最悪と言っていいだろう。そんな家に養子に行くとかありえんし!

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