豹変
ボウガ
第1話
ある男、結婚を考えている大切な彼女がある日、豹変し始めた。病弱で、ぼんやりとしたところのあるおっとりとした子だったのが、まるで人が変わったように上から目線になり傲慢になり、暴力さえ振るわれた。
仕方なく様々な病院にかかったが原因がわからず、彼女本人も悩んでいるようなそぶりさえあった。
「自分が自分でないようだ」
「死にたい」
とすら漏らすこともあり、ついに、霊媒師といった奇妙な存在にすら、男は頼るようになった。霊媒師によると“いくつもの霊がとりついて、彼女の中で喧嘩をしている”
という。すぐにお祓いが行われ、除霊は成功。彼女はふと我に返ったようになった。
しかし、しばらくして彼女はまた豹変した。あれが欲しい、これが欲しいとねだったり、まるで動物の様に飛び回ったり、神の名を叫んで罵ったりする。
「これは、もっと強い霊媒師のもとにいかなければ」
そう考えた男は、より強力な霊媒師の元を訪ねた。思慮深そうな若いのに白髪の男で、丁寧な口調で好感をもった男は、すぐに彼に除霊を頼んだ。
「ですが、私はまだまだ若輩者で……私の師匠の足元にも及びません」
聞くところによると彼の師匠は彼がまだ学生の頃から彼を指導し、その時分になくなたっという“ある重大な仕事”を成し遂げたといって、それは秘密にされていたが、どうやら“死者蘇生”の秘儀を使ったというらしい、その儀式のせいでか、彼の師匠は帰らぬ人となった。もともと高齢の老婆だったので、周囲も不思議がらなかった。
その霊媒師が彼女をみるなり血相をかえて慌てだした。
「これは、ありとあらゆる悪霊や怨霊がとりついています、これまで生きていたのが不思議なくらいだ、きっと前の霊媒師が、ずさんなお祓いをして、バランスを崩してしまったのかもしれない、しかし、それ以前に何があったのかはわかりませんが……もともと何かのアンバランスがあったのかもしれません、彼女自身のストレスや心身の不安定となる事が」
そういわれて、彼には思い当たる事があった。彼女との子供をつくろうということになったが、まだ若いし、席を入れるの早いと思い、彼は乗り気ではなかった。彼女に秘密で避妊薬をのませていたのだ。それを知った彼女は激怒し、豹変した。彼は、このことを隠して自分を責め続けていた。
やがて儀式が始まる、怨霊が払われていく、男は自分の中の彼女への後悔が徐々にほどけていくような感じがした。彼女が奇声をあげる。
「キィイエエエエ」
ふと、男は思い出したことがあった。彼女は片親で、父と一緒にすごしていたが、父は彼女が高校を出ると同時になくなった。それ以来彼と彼女は一緒にすごしているが、霊感がある友達いわく“父は母はいつも自分についている、母はあなたを生むのと同時になくなったけれど、それ以来ずっとあなた自身を支え続けてきた、けれど孫をほしがっていて、孫をうまなければ、見守るのをやめる”
といっていたらしい。彼女の中の“守護霊”がいなくなったことが、今度の原因かもしれない。
やがて儀式が終わる。そして霊媒師はいった。
「これで彼女の中からは何もなくなりました」
なぜだかその目は、呆然として、魂がぬけたようになっていたという。
数か月後、あるカフェで二人きり、男の友人が男に尋ねていた。
「それでどうなったんだ」
「彼女は……魂が抜けたようになったんだ……」
「え?」
「彼女には、初めからなにもついていなかった、彼女自身の魂なんてなかったってその霊媒師はいうんだ」
その除霊の後、霊媒師は親身になっていろいろ調べてくれたという。そこで驚愕の事実がわかった。師匠と仲の良かった霊媒師に詳しくきくとどうやら、除霊の歳に男に霊媒師が話した、師匠が死ぬ間際に成し遂げた秘密の仕事というのが彼女のことだったらしい。
彼女の母は、子供を産みにくいからだらしく、色々な治療をためしたが、どれもうまくいかなかった。やがて霊媒師の師匠を頼るようになり、なんとか産み落とす一歩手前までいったものの、このままでは母子ともに危ないという事になったそこで母は、父に頼んで“娘を生きながらえさせてくれ”
といった。霊媒師は、なんとかしてその願いをかなえた。母からとりあげられた彼女は、息も絶え絶え、幾度となく死にかけたらしいがその都度霊媒師が力をつかって介抱した。
その仕事をしている最中、その友人の霊媒師に話したらしい、いわく、彼女の母の家系は、古くは処刑人の仕事をしていたらしく人々から呪われ恨まれ続けていたらしい、その呪いのせいで子供がうめなくなったのだが、その呪いを無理やりといて子供を産んだ。
それが彼女だ。その年までなんとか生きながらえていたし、ぼんやりとした意識はあったものの、数々の怨霊にとりつかれて、その魂は、常に行き絶え絶えだったそうだ。それが、もっとも気に入った男であった彼が子供を産むことを拒んだことによってバランスが崩れて、今度の事件となったらしい。
彼の友人がいう。
「それって、その霊媒師も悪いじゃないか」
「いや……それでも責任をもって生きていくよ、彼女の魂が、来世では幸せであるように、それにもう彼女には俺しかいないから」
ため息まじりに彼は笑った。
豹変 ボウガ @yumieimaru
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