第6話 野球と拳闘
「ば……馬鹿な、佐山が負けるなんて……」
もはや、カウントを数える事もないほどにぴくりとも動かぬ佐山を見て、ガラの悪いスーツの男は膝から崩れ落ちながら言った。
「か、勝った……! 勝ったんだ!!」
「やったわケンちゃん!」
カンカンカンカン──!
洋子が勝利のゴングを激しく叩き、熊三は驚きのあまり腰を抜かしている。
「へへ……やって、やったぜ……!」
ふらふらとよろめきながら、俺はリングロープにもたれかかる。
「ぐっ……! き、きさまら……覚えていろー!」
スーツの男が佐山の肩を担いで、逃げるようにジムを出ていくと、
「だはははは! 古い捨て台詞なんぞ吐きおって、いつでも返り討ちにしてやるわドサンピン共が!」
クマのオッサンが高笑いしながら、さも自分の手柄のように言った。
「ケンちゃん大丈夫? 顔が腫れてるわ」
洋子ちゃんが俺の顔面に氷を当ててくれながら心配してくれる。
「ありがとう洋子ちゃん。へへ、俺……どうだった?」
「とっても凄かった! わたしケンちゃんの──」
彼女が興奮気味に目を輝かせながら俺に何か言おうとすると、
「よーくやった拳坊!! おめえは流石わしがジョーと見込んだ漢だ!」
オッサンが飛んできて俺の背中をばしばしと叩く。
「だあー!! 痛てててて! 叩くな叩くな!」
俺が苦悶の声を上げると、腰の痛みなど忘れた子供のようにはしゃぐ自分の父親を見て彼女が笑う。
「しかし拳坊、おめえよくあんな土壇場で鋭いパンチが打てたな。セオリーから少しずれてるがあのジャブも良かった、あの動きはなんだ?」
当然の疑問ながらオッサンは俺に聞いてきた。
「んー……いやなんつーか急に野球のことを思い出してよ、それでこれが野球だったらって思ったら体が勝手に動いたんだ」
「うーむなるほど、視点を変えたわけか。そうなると今後の応用練習は少し変わってくるな……」
オッサンはぶつぶつと言いながら、考えるように遠くを見る。
「それによ、
「がはは! そうだろ、ボクシングはスピードとテンポが命、体を軽くする事は前提条件だ。さっきのおめえの大砲のようなストレート……パワーはあったがスピードがまだ足りん。カウンターだから綺麗に入ったものの、素で出したなら間違いなく避けられていた。運がよかったなほんと」
確かにオッサンの言うとおりだ。相手は恐らくブランクはあるが、曲がりなりにもボクサーであることに違いは無い。
まともに打ち合っていたらまず勝てなかっただろう。いつかガキの頃に、漫画で見たようなクロスカウンターが決まって本当に良かった。
「本当によかった……これでしばらくは借金取りの皆さんも来ないはず、この隙を逃しちゃだめね」
「ああそうだな洋子。おい拳坊、さっきので分かったと思うが、もうこのジムには時間ってもんがねえ。恥ずかしい話だが、他にも沢山の借金がうちにはある。本当はもっとじっくり育成したかったが、そうも言ってられねえ。今日から応用のトレーニングもしていく、テクニックを磨くんだ!」
オッサンは鼻息を沸かしたヤカンのように出すと、俺の肩をがっしりと掴んだ。
「ああ言われなくてもやってやんよ。しかし久しぶりに人と殴り合ったけどよ、俺やっぱ好きかも知れねえわ。この漢と漢の魂がぶつかり合う感じは、野球とよく似てるぜ」
よく喧嘩をした学生時代ぶりに熱いものが、拳と胸にメラメラと残る。
これはピッチャーからホームランを打ち取った感覚、そしてバッターから三振を取った感覚とも同じだ。
「うふふ、ケンちゃん本当に野球が好きなのね。そういえば最後のあのストレート……私が以前に球場で見た、得意球のマッハストレートを出す時のフォームを
「え、マジで? 意識はしてなかったんだけどな、癖ってのはやっぱり出ちまうんだな」
どうやらこの体は、自分で思ってるよりも野球という沼にどっぷりらしい。
だが手応えを感じたのは確かだ、野球という観念に視点を置き換えただけで景色が変わったのだ。
もしかしたら俺ってボクシングの方でもかなりの才能があるんじゃないかと思い始める。
「……さながらお前のスタイルは、野球と拳闘を組み合わせたもんと言うわけか。そうさな、あえて名前をつけるならば──『野球拳』ってとこか!」
「ださっっっっ! それにその名前だと違うもんが想像されるだろ!」
オッサンがオヤジギャグのように言うと、がははと一人で笑うが俺はどうにも納得いかない顔をした。
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