第49話 知らない三組
先程から続々と疑問符が一郎の頭に浮かんでくる。
根尾が話し出した。
「私の両親は学修会に洗脳され、家を出ていった。今は弟と一緒に、父方の祖父母の家で暮らしてる。……私と弟は、学修会に……祝海天源に親も財産も、住んでいた家も奪われた。だから私は、カルト宗教が憎かった……」
涙でも堪えているのか、根尾の声が震え始める。
「なのに、そんな私にも、私達にも黒江様は優しく言葉を掛けてくれた。三組は違うって……。そして信者になってくれるなら、あなたのために学修会とも戦う覚悟もあるって言ってくれた……。嬉しかった……。その言葉も、ずっと反発していた私達を受け入れてくれたことも……」
根尾ファンクラブもとい、宗教否定派として根尾に付き従っていた者達……特に女子は、その悲痛な告白に涙していた。
根尾は宗教否定派の拠り所として機能しつつ、最終的には黒江による何らかの奇跡を目の当たりにし、入信を懇願。
そのまま引き連れていた否定派も、一気に肯定派へ傾き、あわよくばそのまま引き込む計画もあったが、この状況を見るにそれがうまくいったようだ。
根尾もだが、桐田も何らかの根回しをしたのだろう。
それはつまり、この教室に非信者は一人もいないということ。
破門にされた一郎、ただ一人を除いて――。
だがなぜ、僕をこの重要な場から排除しないのか?
僕は本当に居ないものとして、扱われている……?
それとも、僕は本当にここに居ないのか?
存在していないのか?
そう一郎が不安になってしまう程、完璧に無視を決め込まれていた。
だがそんな一郎に、桐田がにやりと微笑んだ。
どうやらあえてこの場に参加させているようだと、一郎も理解する。
この状況を見せ付け、勝ち誇るためか。
あるいは慈悲か。
それとも僕の目論見に気付いて――。
結局、その狙いまではわからなかった。
根尾の独白も終わり、教室内の至るところから鼻を啜る音が聞こえてくる。
そんな中で、黒江はもう一度言った。
「カルトと戦いましょう」
一郎は恐るべき光景に鳥肌を禁じ得ない。
黒江を見上げる皆の目に、緑の硝子瓶越しに光るような、怪しい火が点るのをはっきりと見てしまったからだ。
その火の生み出す熱に、皆狂っている。
熱狂している。
根尾にあんな三文芝居をさせてまで、野望実現の道具とするために皆を熱狂させているのだ。
そして熱狂した大衆だけが操縦可能であることを、祝海を間近で見てきた桐田はよく知っていたのだろう。
教義を皆で読み上げる、朝の会。
これと対をなす終わりの会。
そこでは、教義と黒江の祖父の戦争体験を繰り返し皆に暗唱させた。
「戦争は必ず起こるということ」
「平和は次の戦争までの猶予、準備期間でしかないこと」
これらは来る決戦への心の備えをさせるために、一郎が一部を誘導しつつ、作ったもの。
覚悟を持たせ、逃げるという退路を断つための呪いの言葉。
退路を自ら断つ時、人はより容易に、より果敢に戦うものであることは歴史が証明し、様々な文献やことわざにすらなっているくらいなのだから。
人とはたとえ嘘でも、それを大声で、充分に時間を費やして語れば、やがてはエコーチェンバー効果で信じるようになってしまう生き物。
しかもそれが嘘とも言えぬ事柄な上に、自らの口から発せられた言葉ならば、その効果は尚更だろう。
それらが活きて機能し、これから実行に移されようとしている。
――桐田の手によって。
三組を破門になったにも関わらず、おかしなことに事態は一郎が望んだ通りに動いていた。
学修会への復讐奪還作戦の、その最後の過程が自身の命令も無しに、関わっていないところで成し遂げられたのだ。
……夢でも見ているのか?
そう目を疑ってしまうのも当然だといえよう。
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