第46話 あっけない終幕
――まだ終わりじゃない。
黒江さえ僕の味方をしてくれればそれでいいのだから。
黒江さえ思い通りに動いてくれるなら、三組を学修会にぶつけることもできる。
しばらくしてから一郎は、祈るような気持ちで黒江にメッセージを送った。
「神社で待ってるから、自由に動けるようになったらすぐに来てくれ」
祈るような気持ちで……か。
一郎は可笑しくなってしまう。
僕まで黒江に祈るようになるなんてな……。
一郎の指示で、その通りに動く機械仕掛けの教祖。
僕は支配欲という快感を密かに味わっていた。
でもその機械に祈るなんて……。
それもなんの違和感もなく、自然にだ……。
焼きが回ったものだと、一郎は思う。
しかし、諦めるのはまだ早い。
諦めてなるものか……!
確かに僕は信者共には徹底的に嫌われたろうが、黒江は違う。
僕は黒江の恩人だし、僕と黒江の仲が壊れた訳じゃない。
レコーダーの内容だって、僕と黒江を仲違いさせるようなものじゃなく、いつもの会話だ。
大丈夫、絶対に大丈夫。
その時、境内のベンチに座る一郎の耳を蚊の羽音が掠めた。
「クソッ!」
頭を振って腕を大きく振り回し、それでも足りずに立ち上がって地面を蹴る。
「ああああああっ!クソッ!クソッ!クソッ!クソがっ!あああああ!」
髪を振り乱し、腕をぶん回し、跳び跳ねて地団駄を踏んだ。
悔しい、悲しい、苛立たしい。
もうカラオケ屋からずっと、じっとなんてしていられなかった。
思う存分暴れ、少し気が晴れたところで、気付く。
「……ああ、居たのか」
見れば鳥居の下に、黒江の姿があった。
「悪い、恥ずかしいところを見せちゃったな。来てくれてありがとう」
そう話し掛けるも、黒江は無反応。
ずっと棒立ちしたままだ。
「……どうした?こっちに来れば?」
そう声を掛けるも、まだ動かない。
だが、代わりに階段を上ってくる足音が聞こえてくる。
……そういうことかよ。
黒江の背後から現れたのは、桐田と佐藤だった。
「ごめんね。大事な教祖を鈴木君と二人きりで会わせる訳にはいかなくてね」
一郎が危害でも加えるかのような態度で、桐田と佐藤は黒江の前に立ち塞がる。
不快でしかない。
わざと神経を逆撫でするようなことを、しているのだ。
桐田が一郎と黒江の仲を断たない訳がなかった。
しっかり離反工作も仕掛けていたのだ。
大方、僕が黒江をいじめから助けたのは、私物化し、何らかの目的のために利用するためだとか、そういうことを吹き込んだのだろう。
そしてそれは事実だからこそ、質が悪かった。
おまけに最近の黒江は、そんな目論見に気付きつつあった。
いや、気付いていた。
だが、それを信じたくなくて、黒江の言葉をシャットアウトし、聞こうとすらしなかった。
……なんだ、自業自得じゃないか。
救えないなと、一郎は自分でも思ってしまう。
一方桐田は勝ちを誇るかのよう、うっすらと笑みを浮かべながら言った。
「鈴木君も、俺に色々言いたいことはあるだろうけど――」
「無いよ」と、一郎は遮る。
「でも文句の一つくらい――」
「無いよ、一つも無い。むしろうまくやったものだと感心してる」
「はっはっは!そうか、鈴木君はそういう奴だったか。……それにしてもさっきは随分と楽しそうに憂さ晴らししてたじゃないか。下に居てもしっかり聞こえてたよ」
本当に桐田はいい性格をしていると、一郎は思った。
桐田の肩越しに、黒江へ話し掛ける。
「黒江、お前もさっきのレコーダー、おかしいと思っただろ?あれを仕掛けたのは誰だ?誰が誰に、なんのために仕掛けた?わかるだろ?」
佐藤が一郎を睨んだ。
黒江は俯いたままで答える。
「瑠璃江ちゃんが、私が心配だからって……」
「まあそう言うだろうな。まさかそれを素直に信じたのか?」
「……」
黒江は黙ったまま、何も言わない。
やはり甘くはないか……。
どうやら黒江は完全に、籠絡済みだったようだ。
終わった、全部、終わった……。
これで一郎の目論見は完全に潰えた。
呆れたようなニュアンスを含ませながら、桐田が言う。
「……もういいだろう?気は晴れたかい?」
「……」
「そういうことだから。俺達は帰らせて貰うよ。もう黒江様へ連絡を取るのは控えてくれよ?じゃあね」
一郎の返事など待たず、桐田は言うことだけを言い、黒江と佐藤を引き連れて去っていった。
その後ろ姿を見送った一郎はもはや立ってすらいられず、ふらふらとベンチに腰掛ける。
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