第39話 根尾と鈴木の過去 学修会との確執

「神様、居るなら助けてよ……。パパとママを返してよ……。昔みたいな……普通の日々を返してよ……」

 夜の公園のベンチに腰掛けたまま、中学生の根尾鈴芽は悲痛な言葉を発しながら啜り泣いていた。

 その傍らに立つ一郎は静かに怒りながらも、あくまで冷静に告げる。

「神頼みなんてしても無駄だ、この世界に神なんていないんだから。居るのは神を騙る詐欺師だけだ。自分達でやるしかないんだよ、根尾」

「どうやって?どうやってパパとママを取り返すの?」

「戦うんだ」

「無理だよ、あんな大きくなったカルト集団と、どうやって戦うの?」

「それを考えるんだよ。僕だって母さんを助けたいんだ。どうやってだって?お前も少しはその方法を考えたらどうなんだよッ!」

 つい一郎は声を荒らげてしまった。

 堰を切ったように、根尾の目から涙が溢れ出す。

「うっ!?うぅ……」

 中学生の二人にとって、カルト教団に嵌まってしまった親を取り戻すことは、不可能に近かった。

 それでも、諦めるという選択肢はない。

 考え抜いた際に、一郎が捻り出した策。

 根尾ももはや、それに賭けるしかないと乗るのだった。

 だが、そのための最後のピースが足りない。

 二人は思いを同じくし、裏で強固に繋がったまま、片時もカルトへの憎しみを忘れず、辛抱強く最後のピースが現れるのを待ち続ける。

 そんな二人が、お互いの境遇を知ったのは偶然からだった。


 生涯学修で自己を高める会こと学修会は、まだその危険性が公には知られていない新興の宗教団体だ。

 歴史、神話、科学、陰謀、陰謀論を織り交ぜて、終末思想を煽り、そこから人々をアセンション(次元上昇)させることで救うとうたっているまごうことなきカルト。

 ご多分に漏れず、寄付やお布施などの献金で運営されていた。

 生涯学修で自己を高める会。

 聞こえだけはいいが、その解釈は字面通りではない。

 アセンション(次元上昇)で魂を上位の存在に近付けよう。

 そのために座禅を、ヨガを。

 俗世から魂を切り放し、磨くために汚れた金を手放そう。

 そして汚れた金を学修会のために使うことで、これまで俗世で積み重ねた罪を購おう。

 事故や事件、災害や人災も全ては終末であることのサイン。

 我々の思想は正しく、必ず世界は近い内に終わる。

 それから逃れる術はアセンションのみ。

 教祖は多くの魂を引き連れ、アセンションすることができる。

 そんな世迷い言をのたまっていた。

 きっかけは定かでないが、一郎の母はいつしかこの学修会に嵌まり、家族の誰にも気付かれないままのめり込んでしまう。

 そしてついに一郎にも、その毒牙が迫った。

 一度だけ一郎も母に連れられ、ほぼ無理矢理に学修会へ顔を出したことがある。

 そこでは大人達が大真面目に、頭の悪いトンデモ思想や教義を恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに語っていた。

 遅れてきた中二病の、なんと厄介なことだろう。

 冗談だろうと、何度噴き出してしまいそうになったことか。

 教師にでもなったかのよう偉そうに講釈を垂れてくる彼らに、笑顔を見せながらも嫌悪感を覚える。

 何よりこんな低俗な連中の一人が、母であるという事実が一郎には悲しくて堪らなかった。

 早く終わらないかな。

 そんなことばかり考えていたが、とある男が現れた瞬間、その場の空気が一変する。

「いやあああああああ!?」

 絶叫に近い感嘆の声。

「ああああああああっ!?」

 その場で腰砕けになる者。

「そんな、そんな、ああ、ああっ」

 思わず後ずさる者。

 アンモニアのツンと鼻孔を突くような臭いも漂ってきた。

 失禁した者すら居るようだと驚く。

 それらの異常事態を目撃した一郎の脳は混乱し、神経は過敏になり、目には見えない圧倒的な力の存在を感じると同時に、それに屈服する間抜けの存在を滑稽に思った。

 柔和な笑みを張り付けたまま一歩、男が踏み出す。

 その瞬間皆がその進行方向から退いた。

 腰砕けになった者すら、腕の力だけで、下半身を引き摺りながら――だ。

 一郎からしてみれば、ただの人でしかない男に対して、まるで神かその劵属のように、信者達は大袈裟に反応する。

 男のことをよく知らない一郎にとっては、ただの男。

 でも信者達にとっては違う。

 その違いはなんだ?

 母に後頭部を掴まれ、無理矢理に平伏させられながらも一郎はぼんやりと考えていた。

 ……情報だ。

 この男に付随する、飾り立てる情報。

 それが権力を、神々しさを、威圧感を、恐怖を演出しているのだ。

 カリスマという虚像を――。

 熱狂。

 そしてその渦。

 質量を、エネルギーを、非信者である一郎が感じてしまう程に。

 その時見た男こそ学修会の教祖、祝海天源(しゅくみてんげん)だった。

 そしてこの場には偶然にも、両親に連れられた根尾と弟も居たのである。

 一郎と根尾がお互いの存在に気付けたのは、この二人だけが祝海に対し、平伏していなかったからだ。

 あの時二人がお互いにその存在に気付き、目が合わなければ、周囲の信者達のよう、熱狂の渦に飲まれていたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。

 そうはなるものかと、目だけで誓い合っていたのだ。

 この時から二人の共闘関係が始まる。

 表にはそれを出さず、密に連絡を取り合いながら、二人で計画を練っていった。

 だがそこには一つだけ足りないものがあり、計画は頓挫したまま、眠り続けることに。

 しかしのちに一郎は黒江と出会い、その雰囲気が祝海と似ていることに気付く。

 そこに血縁関係は無いだろうが、雰囲気が似ているということは性質が、才能が似ている可能性が無いとも言いきれない。

 そしてその片鱗も実際に目の当たりにした。

 一郎はついに復讐のための、最後のピースを見付けたのだ。


 ◇

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