第五章 滅び行く王国

第38話 職員会議

 その日の朝行われた職員会議は、ひどく殺伐とした空気になっていた。

 一年生の学年主任を勤めるベテラン教員の米山は、危機感を露にし、責めるように話す。

「私は三十年教師をしておりますが、こんなことは初めてですよ。生徒が宗教を作り、その中から教祖まで擁立するなんて事態は」

 責任の所在を追求する流れを感じた、一年三組の担任教師である吉田は先手を打って反論した。

「ただ何も悪いことをしてないばかりか、いいこともありまして。実は特定の生徒……黒江朝美に対してクラスぐるみでの過度ないじりみたいなものがあって、私も頭を抱えていたんですよ。それがある日突然無くなった。黒江が何をしたのかはわかりませんが、尊敬され始めてたんですよ。教祖なんて呼ばれて。笑っちゃいますよ。やっぱり高校生っていうのはまだまだ子供で、そういうごっこ遊びがしたいんでしょう」

 吉田は底の浅い薄っぺらな人間だが、最低限の処世術は身に付けているし、口だけは達者だと副担任の佐伯は辟易する。

 ぺらぺらと吉田は続けた。

「現時点では害もありませんし、放っておいていいと思いますよ?子供なんて飽きっぽいもんですから」

 しかし学年主任の米山は経験からか、もう少し事態を重く見ていた。

「ですがね、始まりはなんであろうとカルト化した組織がどこでどう暴走するかなんて、わからないものです。上九一色や浅間山荘でのことを知らない訳じゃないでしょう?それにあなたのクラスにはご両親が『学修会』の被害にあった生徒が二人も居たはずだ。確か根尾さんと……」

「鈴木ですね」

「そう、鈴木君だ。もしそんなことにでもなれば……いいや、そこまではならずとも、高校生が新興宗教を始めるだなんて、マスメディアの目にでも見つかってみなさい。エキセントリックにあることないこと言われるに決まってますよ」

「いやいや考え過ぎですよ!大袈裟だなぁ米山先生は!」

 そう吉田は笑い飛ばす。

「まあもし、外部の人間でも巻き込むようになったなら、そういう問題が起こら無いとも言い切れませんが、今はこのまま様子見でいいんじゃないですかねぇ?」

 あくまでも真面目な顔付きで、米山は確認した。

「三組の生徒達は吉田先生のコントロール下にあると、我々はそう思っていてよろしいんですね?」

「もちろんですとも」

 堂々と、そう答える吉田。

 どこからそんな自信が湧いて来るのだろうかと、佐伯は不思議で堪らない。

 そして吉田のそんな自信などは、なんの意味もなさなかったのだと、こののち、職員達は思い知ることになる。

 その事実に教師達が気付くのは、ある朝に職員室へ掛かってきた一本の電話からだ。

「大学に通ううちの子が、おたくの学校の生徒が教祖をやっているおかしな宗教に傾倒している」

 電話を取った教師は即座にピンと来る。

 三組だ――と。

 すぐに職員会議が開かれ、現状を把握するための調査が教師達総出で行われた。

 判明したのはなんとも驚くべきことに、三組はいじめ解決ボランティアと称してその活動を学校外にまで拡げ、その勢力・影響力を共に強めていたのだ。

 ここまでの事態を吉田も、米山達ベテラン勢も想定していなかった。

 確かにその行いはよいことばかりだ。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 それよりも、三組がその活動域を周辺地域全体にまで拡げ、強い影響を発揮することで多くの人々に認知され、学校外の子供から大人まで、信者として獲得している。

 その事実だけで大問題なのだ。

 なにか大変なことが起きるかもしれないと、教師達の危機感を煽るのに十分な下地が整っていた。

 三組はもはや、一教師や学校のコントロールから大いに外れていると言えよう。

 ようやく教師達は、具体的な危機感を覚えていた。

 せっかく擁護してやったのにと、吉田は苛立つ。

 なんで学校外の人間にまで関わってしまうかねぇあいつらは……。

「まったく、余計な問題を起こしやがって……」

 職員室で吉田は針のむしろにされていた。

 職員会議でも、専ら三組の問題がその議題に挙がっていたのだから当然だろう。

 もちろん悪い意味でだ。

 監督不行き届きを何度となく指摘され、それは常日頃の態度にまで及んだ。

 ――最悪だ。

 こんな馬鹿な生徒は初めてだ……クソが。

 そしてもう一人、強く憤る教師達が居た。

 まんまと出し抜かれた……。

 目付役をしているつもりでいた、副担任の佐伯涼子だ。

 当然彼女にも米山の矛先は向く。

「それに佐伯先生、あなたもだ。副担任だからと、甘く見てはいませんでしたか?事の重大さがおわかりになってるんですか?」

「はい……」

「こちらもね、あなたが生徒と良好な関係を築き、三組の内部にも入り込んで独自に彼らを監視していたことは知っていましたよ」

「はい……」

 そう答えながらも、佐伯は気付かれていたことに驚いていた。

 これまでにそんな素振りを、誰も職員室では見せなかったのだから。

「本来よいこととは言えませんが、評価もしていました」

「はい……」

 私は泳がされていたのか。

 少なからずショックを受けながらも、米山の言葉に耳を傾ける。

「ですがね、そこまでしていてなぜ彼らを止められなかったんですか?結局はうまくコントロールされ、今の今までまで事態の発覚が遅れた。……副担は生徒の友達ではありません。あなたは一体、ずっと何をやっていたんですか」

 返す言葉もない。

 独断で誰にも内密にしたまま三組に潜伏し、いじめ解決ボランティアまでは、許容していた。

 歳も近いからこそ、その活動が佐伯にも理解できたのだ。

 そして歳が近いからこそ、三組のことも理解できるつもりでいたし、信者達も佐伯に心を開いていると思っていた。

 だが、そうではなかったのだ。

 吉田には無理でも、内部まで入り込んだ唯一の大人である自分になら、コントロールができると考えていた。

 しかし実際にコントロールされていたのが誰だったのか、それを痛い程に思い知る。

 外部から信者を多数獲得していたことは、一切知らされていなかったのだ。

 せいぜい最初に助けた女児の両親くらいだと、少なくともそう聞かされていた。

 知っていたのなら、さすがに止めただろう。

 そしてそうするであろうことを、読まれていた。

 やはり教師という立場上、警戒されていたのだ。

 三組に関わる学校内部の信者として、一番情報の不均衡さに曝されていたのだろう。

 幹部を除く、他の信者……それ以下の存在として佐伯はカテゴライズされていた。

 毎日「佐伯先生」と、「涼子ちゃん」などと親しく接してくれる受持ちの生徒達から、しっかり線を引かれていたのだ。

 それ程までの結束。

 完全に佐伯は見誤っていた。

 ……桐田君でも、戸川さんでも、まして加藤さんでもない。

 ……鈴木君。

 私はまんまと彼にやられた――!?

 いえ、それともやはり黒江さんが……?

 近頃の彼女の変わりよう。

 カリスマ性の発露には年下ながらにゾッとさせられるものがあった。

 ……なんにせよ、私は誰よりも真相に近付ける位置に居ることに変わり無い。

 私のことをコントロールできていると、彼らがそう思っているのなら好都合。

 このままピエロを演じて、少しでも有益な情報を得てやる。

 佐伯はそう、強く決意するのだった。


 ◇

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