第37話 勢力拡大、黒江の変化、そして暗雲

 順調に拡大していく三組。

 このいじめ解決ボランティア以外に、黒江の話もまた大きく貢献している。

 黒江の口を通して語られる一郎の言葉には、妙な説得力が付随しており、そこに魅せられる者が多くいたのだ。

 オカルト好きだけでなく、論理的な考え方ができる者も魅力を感じるような似非科学。

 世界の真理を知った気になれるような、突飛な話。

 そこに説得力を持たせてしまう黒江は、一郎すら予想できない程の立派な教祖に成長していた。

 入信を希望する、社会から弾かれ、絶望した大人にも、堂々とした態度で接する。

「ここに居るのは全てあなたの理解者。皆似たように排斥され、理解されず、苦悩を抱え、疎まれ、傷付けられ、馬鹿から馬鹿ゆえに馬鹿にされ、本当の愚者から目の敵にされた。君の家族でさえなし得なかったその名状し難い感覚すらも、私にもここに居るみんなにも理解できる。……もう悩む必要はない。私達が本当の君をここに見付けたのだから」

「ああ……黒江様……!勇気を出して、三組に入ってよかった……!」

 大の男が黒江を始めとした、高校一年生からなる幹部の前で、恥ずかしげもなく涙を流していた。

 もう細かな指示は必要なさそうだな。

 ……僕はとてつもないモンスターを生み出してしまったのかもしれない。

 一郎は一抹の寂しさを覚えながらも、その予想外の成長が楽しくて堪らなかった。

 予期しない何かは、一郎にとっては大体楽しいものであることが多い。

 そして黒江ならば、もっとそれを見せてくれる気もした。

 黒江は男に向かって続ける。

「そして私も苦悩し、世界に憂慮する者の一人。……三組にはあなたの助けが必要。手を貸してくれる……かな?」

「はい」と、そうなんとか聞き取れる声を発した直後、男はほぼ絶叫に近いような慟哭をした。

「ありがとう。もう隠す必要は無ないよ。その力を三組の下、存分に発揮して欲しい」

 この男は法律家である。

 金も持っており、これからの三組に必要な人材だ。

 全てが順調だった。

 なのに……。


 ◇


「きょ、教祖を………やめたい」

 照り付ける強烈な夏の日差しと、それが作り出す濃い影。

 そして降るような蝉の声に支配された伏木神社境内。

 聞き間違いかとも一郎は思ったが、違った。

 黒江は俯き、プリーツに跡がついてしまいそうな程強く、スカートを握り締めながら再度告げる。

「教祖……辞めたい」

「は?」

 それ以上、なんの言葉も続かなかった。

 理由を訊ねられるより先に、黒江が話し出す。

「と、友達もできたし、もう十分……。毎日……楽しい。でも……教祖は、もう……」

 これはまずい。

 脳をフル回転させながら、一郎は思い止まらせようと言葉を繋げた。

「それは教祖としてのお前に用があるからだ。まだ友達なんかじゃない。今見てるものはまやかしなんだよ。勘違いだ」

「でも……」

「教祖でなくなればすぐにでも、今お前の周囲に居る奴らは離れていくよ。断言する」

 つらつらと、言葉は口を突いて出てくる。

「……」

「だからその関係がちゃんと、もっと強固なものになるまで、教祖を続けるべきだ。大体、今までその立場を利用して人間関係を築いてきた癖に、どの立場でそんな勝手なことを言えるんだ?お前を信じたみんなをあっさり裏切ろうって言うのか?」

「……お、怒ってる?」

 図星だった。

 一郎は否定せず、渋々認める。

「……ちょっとな。だって僕のやってきた努力も、お前は否定しようとしてるんだから」

「……ごめん」

 黒江はそう言って、黙った。

「わかってくれたんならいいよ」

「……」

 一郎には自信が持てない。

 今の黒江の「ごめん」を、わかってくれたと都合よく決め付けるように解釈したが、実際にはそうではなく、もう一郎に付き合えなくて「ごめん」と、そういう意味であるかもしれないと。

 だが、これ以上は何も訊けない。

 真実を知ることが、一郎も恐かったのだ。

 結局、この場では真意はわからずじまいとなる。

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