第30話 黒江、友達ができる
ホームルームが始まるよりも早く、信者へ向けて行われる朝の会での黒江の話は、好評を博していた。
これによって新たに信者になりたいという者がクラス内からも他クラスからも現れ、そのほとんどが懺悔という通過儀礼も行い、正式に「三組」に入信する。
彼らは熱心に黒江の話を聞き、教義の復唱にも日々参加していた。
皆が黒江を見るその瞳に、危うい熱がこもり始めている。
朝の会だけではない。
放課後に行われる、比較的退屈な終わりの会にも、彼らは部活の前に参加していた。
クラスの誰かから聞いたのだろう。
やがて副担任の佐伯涼子も朝の会へ顔を出すようになった。
おかしなことをしていないか、探っているのだろう。
だが、おかしなことなどない。
彼女に内情を探る目的があるだろうことは、一郎もよくわかっている。
逆にこの動きは好都合だった。
なぜならばクリーンな部分だけを見せ、安心させてやればいいのだから。
しかしそんな考えを越え、佐伯自身が黒江の話に興味を引かれ始めていた。
「黒江さんが教祖なんて、そういう新しいいじめでも始まったのかと思ったんだけど、そうじゃないみたいね。まさかこんなに黒江さんの話が面白いなんて先生も思わなかったよ。今じゃ黒江さんが教祖ってことに、なんの違和感も働かないわ」
「こんなに毎日熱心に話聞きにくるならさ、先生も三組に入っちゃいなよ!」
そう遠藤が冗談めかすと、佐伯が言う。
「じゃあ……入っちゃおうかな?」
「おおっ」と、信者達が沸き立った。
そんな中、桐田が告げる。
「通過儀礼はしっかりやって貰いますよ」
「ああ、そんな感じのがあるのよねぇ……」
そう嫌がる素振りこそ見せたが、結局佐伯は黒江のいじめ問題を解決するため、まともに動けなかったという自身の罪も無難に告白し、通過儀礼をこなした。
新任とはいえ、教師すらも取り込んだ三組。
これは大きな成果だ。
しかし、もはや少数派となってなお、根尾鈴芽(ねおすずめ)率いる宗教否定派だけは頑なに交わろうとはしなかった。
邪魔さえしなければそれでいい。
もう少しだ……。
机の下で拳を握る。
熱狂の渦が、もう少しで巻き起こる……!
静かに、一郎も熱を上げていた。
そしてこれ以外にも、大きな変化が訪れる。
――なんと黒江に、友達ができたのだ。
相手はまさかの佐藤瑠璃江。
「あぁさぁみぃちゃぁん。おはよぉ」
「あ、瑠璃江ちゃん、おはよう……」
「昨日貸したやつもう読んだぁ?」
「あ、読んだよ。かけ算の時点で尊過ぎて……砂吐いた……」
「作者さんもぉ、ファンがニャンニャンを求めてることをよくわかってるよねぇ。女でもチンコ勃ちそぉ」
女にチンコ無いだろ……。
彼女は教祖となってからの黒江に心酔しているようだったが、一信者で居る以上に近付こうと、抜け駆けでもするかのよう信頼関係を築き、一郎も知らぬ間に友達となっていた。
一郎は苦々しい思いで、親しげに黒江へと話しかける佐藤を盗み見る。
「そういえばぁ、テスト勉強はしてるぅ?怠くてやる気になれないよぉ」
「……だ、大丈夫、頑張れるよ瑠璃江ちゃん。だって、私達には聖書があるから……」
「そだねぇ。テストが終わればおっきぃ即売会もあるしぃ、がんばろうかなぁ。聖書のためにもぉ」
どうやら腐女子という共通点が、二人を結びつけてしまったようだ。
佐藤とは同じ中学だったが、掴みどころのない奴だった。
……要注意だな。
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