第19話 探索行

 

 シッ!

 

 

 鋭い呼気を吐き、身を捻ったレインが回し蹴りを放つ。

 

 正面から突進してきた大きなイノシシの魔物が、分厚い壁にぶち当たったかのように止まり、頭部を破裂させて崩れ落ちた。

 

(魔物化した獣が多くなってきた)

 

 ちらと空を見上げつつ、レインは朽ちた巨樹の裏へ退避した。

 わずかに遅れて、上空から襲ってきた鷹の魔物が巨樹の幹を鉤爪でえぐって過ぎる。

 

(どこかに瘴気のりがあるけど……これって、自然にできたもの? それとも、誰かが仕掛けた?)

 

 余裕をもって魔鳥の攻撃を回避しながら、レインは強引に追って地面に激突してきた魔鳥の首を"折れた剣"で叩き斬った。

 

(あっち……かなぁ?)

 

 近くに濃霧のように瘴気がった場所がある。

 

(まだ、お城からそんなに離れていないのに……)

 

 ここは、領主の城から徒歩で6時間ほどの距離だというのに、茂っていた樹々はまばらになり、濁った水溜まりや沼地が多くなった。泥濘ぬかるんだ地面の所々から、毒気が噴き出ている。

 シレイン島は、かなり危険な場所のようだった。

 

「レイン様!」

 

 別の魔物の相手をしていたイセリナが駆け寄ってきた。重甲冑を着込み、片手に重そうな斧槍を握っている。

 

「ちょっと数が多かったですね」

 

 レインは、駆けてくる2人の騎士達に目を向けた。

 数十体の魔物に襲撃されたが、全員無傷だった。

 

(この人達って……普通、じゃないよね?)

 

 襲ってきた魔物は、かなり手強かった。レインが知っているプーラン領の騎士団だったら壊滅していただろう。

 イセリナはもちろん、随伴している2人の騎士もただ者ではない。

 

「手強い魔獣が現れるようになりました。注意して進みましょう」

 

 そう言った若い騎士が軽くせた。

 まだ深刻な状態ではないが、毒気に肺がやられ始めているのだろう。先ほど持参した薬を飲んでいるのは見たが、効果が薄いらしい。

 

「解毒の薬があります。皆さんが使っている薬より効くと思うので……飲んでおいて下さい」

 

 レインは、背負い鞄から小箱に入れた解毒の丸薬を取り出すと、全員に一粒ずつ配った。辺りに漂っている毒気はこの先濃くなる一方だ。

 

 何も言わず、イセリナ以下、騎士達が丸薬を口に入れて嚥下えんかした。

 

「効果は、3日くらい続きます。聖法が効かない傷用の傷薬も用意してありますから言って下さい」

 

 全員が飲んだのを見届けてから、レインは占術を使用した。

 

(……あれ?)

 

 水晶珠から流れ出た銀砂のような光粒は、レイン達が歩いてきた方向を示していた。

 

「通り過ぎたみたいですけど……道中、何かありました?」

 

 レインはイセリナを振り返った。

 

「いいえ、何も……気が付きませんでした」

 

 答えるイセリナが騎士達を見回す。

 

「術による隠蔽いんぺいでしょうか?」

 

 若い騎士が周囲を警戒しながら言った。

 

「確かに……相手が呪術師なら有り得ますね」

 

 レインは霊力を練り上げた。

 

 ……<霊観>

 

 かなり広域まで拡げて観る。

 

「……ありました」

 

 退魔法を使うと、目で捉えている風景とのズレがあった。

 思ったより近い。

 

(ここかな?)

 

 地面に積もった落ち葉を払うと、下に魔法陣が隠されていた。

 レインは、"折れた剣"に霊力を注いで魔法陣を断ち切った。

 

 途端、

 

「おぉ……」

 

 騎士達が小さく声を漏らした。

 

 毒沼が続いているように見えていた地面が消え去り、代わって苔むした石造りの建物が現れた。

 直後、飛来した黒矢を、前に出た若い騎士が盾で受ける。


「そこっ!」


 イセリナが斧槍で指す先を、黒衣の男が走って逃げる。

 

「逃がすかっ!」

 

 騎士達が追おうとして前に出た。

 瞬間、

 

 

 ゴォッ……

 

 

 いきなり、頭上から黒々とした瘴気の奔流が降り注いだ。逃げた黒衣の男を囮に、潜んでいる別の術者が呪術を使ったらしい。

 

「御方様ほどではありませんが……」

 

 イセリナが瘴気を仰ぎ見ながら聖法術を唱える。

 一瞬で、騎士達の甲冑と盾が淡い聖光を纏った。

 

「……えっ!?」

 

 咄嗟に盾を頭上に向けて防ぎ止めようと身構えた騎士達がいぶかしげに周囲へ視線を配る。直上から襲ったはずの瘴気の奔流が、盾に触れる前に消え去ったのだ。

 

「あっ!?」

 

 騎士達の真上に、レインが浮かんでいた。その顔に、半狐面ミカゲが顕現している。

 

「レイン様っ!」

 

 身を案じたイセリナが声をあげる。

 

「大丈夫です。僕に瘴気は効きません」

 

 レインの右腕は瘴気を喰う。

 瘴気を伴う術技は、レインの右腕に宿った呪魂にとってはただの滋養なのだ。

 

「術者……あそこみたいです」

 

 レインは、"折れた剣"を投げた。

 念動術で操られた"折れた剣"が回転しながら大きな石塊の陰へと吸い込まれ、裏側を抜けて手元へ戻ってくる。

 間髪入れず、騎士達が走った。

 

(それと……あっちかな?)

 

 レインは、ぼんやりと感じる気配めがけて、足下に転がっていた小石を飛ばした。

 鈍い命中音がしたが、相手は致命にならないように受けたらしい。木陰から黒衣の人影が走り出てレインを狙って弩を構えた。だが、一瞬で間を詰めていたイセリナが、斧槍を振り抜いて両断した。

 

「生かして捕らえたところで、口を割る者達ではありません」

 

 イセリナが呟く。

 

「……どういう相手か教えてもらっても良いですか? さっきの呪術師も……たぶん、普通じゃないですよね?」

 

 レインは半狐面ミカゲを消しながら、術者を仕留めて戻ってきた騎士達に目を向ける。

 

「はい。こうして、実際に目撃しましたから……確定した情報としてお話致します」

 

 イセリナが頷いた。

 これまでは、"そうではないか?"と憶測していただけで、確たる証拠は掴めていなかったらしい。

 

「向こうに、少し開けた場所があります」

 

 レインは、人の背丈ほどもある大きな石塊が折り重なるように転がっている方向を指差した。

 石積みの、かなり大きな建物が崩落したようだった。樹木の茂り具合からすると相当昔のことだろう。

 

「レイン様……御方様からは、詮索を禁じられておりますが……先ほどのお面は、妖狐種の遺物でしょうか?」

 

 イセリナがレインに並んで歩きながら訊いてきた。

 

「遺物……と言うんですか? ある人が妖狐族から贈られた品らしいです。それを僕が受け継ぎました」

 

「人……人間が妖狐族から? 我らの伝承によりますと、人族と妖狐族はかなり険悪な間柄だったと……多くの文献にも、そう記されております」

 

 イセリナが首を傾げる。

 

「そうなんですか? 僕は貰っただけなんで、あまり詳しいことは知りません」

 

 事実、ミマリと妖狐族の関わりや、半狐面を作ってもらった経緯については何も知らない。

 

「レイン様は、呪術師ではないのですか?」

 

 落ちてきた大きな虫を手で払いながら、イセリナが質問を変えた。

 

「僕は退魔師です。聖法術と祈祷術、呪術や……他にも少しだけ魔術が使えます」

 

 レインは周囲に転がる大きな石塊に手を触れて法陣を埋設しながら、奥から漂ってくる異臭に顔をしかめた。どうやら、ろくでもないものが潜んでいるらしい。

 レインの視線に、イセリナ達が小さく頷いた。

 

「まだお若いのに、どうやってそれだけの技量を?」

 

「色々ありましたから。それはもう……本当に、嫌になるくらい色々とあったんです」

 

 レインは、ひっそりと苦笑を浮かべた。

 

「無礼ついでにお訊ねします。ムーナンにいらっしゃる前はどちらに?」

 

 訊ねながら、イセリナが鼻と口を覆うように布を巻く。

 

「迷子だったのでどこをどう歩いたのか……地名は説明できません。ただ、元々はプーラン領の……モゼリヌ王国プーラン領のハルカンという町に住んでいました。祖母と普通に暮らしていたんですが……」

 

「どうか……お聞かせ下さい」

 

「あんまりいい話じゃないですよ?」

 

「構いません。どのようなことでも」

 

「う~ん……」

 

 わずかに躊躇して、レインは祖母を殺害された日のこと、仇を討った後、捕まって刑場に繋がれていたことを簡単に話して聞かせた。

 

「刑場で死にそうになっていた時、王冠を被った骸骨がやってきて……怖くて震えていたら、何かの術で飛ばされて……気が付いたら、ドリュス島という島に倒れていました。何がどうなったのか……僕には説明ができません。ただ……しばらくして、プーラン領は腐毒に呑まれたって聞きました。たぶん、あの時に会った王冠の骸骨がやったんだと思います」

 

「……プーランの悲劇は聞き及んでおります。王冠の骸骨……おそらく、"凶皇"でしょう。死を司る魔人だと伝え聞いておりましたが……そうですか。そんなことが……」

 

 イセリナがレインを見つめながら呟いた。

 

「この先に、あまり良くないものが待ち構えているようです。こちらに気付いているので……もう、戦うしかないと思います」

 

 足を止めたレインを見て、イセリナと騎士達が頷いた。

 

「レイン様……先に進む前に、当家の事情について説明致します」

 

「……いいんですか?」

 

 レインはイセリナの顔を見た。伯爵家の内情を、どこの誰とも知れないレインに教えるつもりなのだろうか?

 

「出発前に御方様から許可を頂いております。ただ……私の一存で、お伝えするかどうか迷っておりました」

 

「ルナさんが?」

 

「はい。全てを包み隠さずお話するようにと」

 

 イセリナが頷いた。

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