第7話(1)

 今日は、アラームよりも先に目を覚ますことが出来た。

 目覚め良く朝を迎えられると、1日気分がいい。


 いつもより、早め早めの準備をして、玄関前で奈弘を待つことにした。



 程なくして、奈弘はやってきた。


「おはよう。今日は寝坊しなかったみたいね」

「昨日、約束したからな」

「毎日頑張りなさいよ」

「それは厳しい」


 いつもよりゆとりを持って、学校へと向かう。




「…………ねえ、今日ってなにか予定ある?」

「今日は『 toi et moi 』に行こうと思ってる」

「文月さんに会いに?」

「まあ、それもあるな」

「そう……………じゃあ、週末はどう?」

「週末なら空いてる」

「なら、映画でも見に行かない?丁度見たいのがやってるの」

「いいよ。行こう」

「決まりね。詳細はまた後日伝えるわ」

「分かった」









 いつもより、十数分ほど早く登校できた。


 空席の多い朝は、ちょっと不気味だ。

 いつもは空いている席の方が少ないから余計に。

 席につき、当たり前の所作のように、本を取りだし、読書を始める。

 今日は、カミュの『異邦人』だ。なかなか難解で、読み応えがある。








 ある程度読み進めていくと、席もほぼ埋まっていて、「静かにしろ」と担任が入ってくる。





 これから、3万6000秒。退屈な時間が始まる。


















 退屈な3万6000秒を耐え凌ぎ、放課後を迎えた。



 僕は真っ直ぐ、『 toi et moi 』へと向かう。




 カランコロン




 店内に入ると、窓際の席で、パソコンと睨めっこをする、文月さんがいるのが見えた。

 西日に照らされた横顔が、どこかの絵画を切り抜いたようだ。



「こんにちは、文月さん」


 文月さんは、タイピングを辞め、パソコンを睨む顔を上げる。


「あれ、誰かと思えば青年じゃないか。久しぶりだな」

「ついこの前、会ったばっかですけどね」

「詳しいことはいいんだよ。座りたまえ」


 僕はマスターに、クリームソーダを頼み、文月さんの正面に座る。


「一体、今日はどんな要件なんだ?」

「ちょっと聞きたいことがありまして。あ、ありがとうございます」


 届いたクリームソーダを1口飲む。


「僕が小さい頃ってどんな感じか知ってますかね?」

「青年が少年の頃かい?そうだねー…………知らないね。それに、青年が少年の頃に出会っていないだろう」

「やっぱそうですよね」

「急にどうしたんだい?」

「実は…………」


 僕は文月さんに、これまであったことを打ち明けた。もちろん、メールの件は抜きにして。


「─────なるほど。つまり、誰かが嘘をついているんじゃないか。って疑心暗鬼になっているわけだ」

「まあ、そんな感じですね」

「…………根本的な話だが、君は小さい頃のことを覚えていないのか?」


 それは灯台もと暗しだった。たしかに、自分の記憶が1番アテになるか。


 集中し、過去の出来事を思い出す。


 しかし………


「…………なんにも覚えてません」

「変だねー。となると、余程トラウマがあったんだね、可哀想に。」

「かもしれないですね………」

「『 好奇心は猫を殺す 』って言うし。あんまり考えすぎない方がいいかもね」

「そうですね………」

「それに─────


 彼女は、僕のクリームソーダに乗っていたさくらんぼを、ひょい。っと摘んで言った。


 なんて、あってもなくても変わらないよ」









 文月さんと別れたあと、特に予定もないので、大人しく家へと向かった。


 夕方でも暑いけれど、昼間に比べればまだマシな方だ。

 公園では、子供たちとセミのデュエットが公演されている。


 そのデュエットが一瞬途切れた。

 その瞬間。ポケットの中のスマホが、待ちわびたかのように震えた。

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