騎士、危ぶむ。
惨状。
その言葉以上に、今の状況を表す言葉をセシリアは思いつかなかった。
デアマンテ王国の首都ということもあり、領土の中でそれなりの面積を有するクアージャの街。故に、人口の少ない箇所も少なくはない。
人の往来がない、とかそういう話ではない。本当に人の手が入っていないのだ。
そういった場所は、犯罪の温床になりやすいからと頻繁に見回りを行っていて、襲撃事件以降でその頻度も多くなったのだがそれが完全に裏目に出た。
「しっかりしろ!」
「リ、
この地域の哨戒任務にあたっていたのは五人。
しかも、騎士団の中でも有数の実力者だった。普段ならば、一人一人がそれぞれ部隊を任せられるほどの。
それが皆、ズタボロになって横たわり、息もするのがやっとの状態だった。
その上、それは彼らの実力で生存できていたのではない。
明らかに、相手の意図があって生かされていた。
「一人か……まぁ、仕方ないかね」
この惨状の中で、セシリア以外に無傷で立っていた者がそう言った。
それは、この状況を作り出した者。
能面を張り付けたような無表情の顔。全身をピッチリと覆う様な黒いスーツ。
人形。
魔人が操る、その者をセシリアは怒りの形相で睨みつける。
「覚悟はできているんだろうな」
別に答えを聞くつもりなどなかった。というよりも、会話をする気すら毛ほどもなかった。
風の魔法で、一気に距離を詰め拳に纏わせた烈風を一切の躊躇いなく人形へと叩き込む。
腹部に直撃を受けた人形の体がくの字に折れ曲がり、そのまま二○○メートルは軽く吹き飛ぶ。
地面を抉りながら、バウンドするように転がる人形へとさらに追撃が襲い掛かる。
足に纏わせた烈風をドリルのように回転させながら、セシリアは人形の体を踏みつけ強引に急停止させる。
地面がひび割れ、クレーターができる。
中心の人形へと、一瞬で距離を取ったセシリアは荒れ狂う烈風の渦を放つ。
両の腕から伸びる烈風は、まるで怒るヘビのようにうねりながら人形へと襲い掛かる。
凄まじい風の力は、人形の体を軽々と持ち上げてその渦の中で刃となって切り刻んでいく。
「流石はデアマンテ王国の
烈風の渦の中から落下してきた人形だったが、軽口を叩きながら普通に立ち上がって見せた。
その体にも、ほとんど傷はついていなかった。
「魔法耐性……いや、それだとしても無傷なのは……」
魔法攻撃に対して強固な耐性を有していたとしても、攻撃の中に物理的な衝撃だって十分なほどにあった。
ほとんどダメージなく立っているのは、明らかに不自然だった。
そして、不自然な点はもう一つ。
「単純に実力差だと考えないのは、ちょっと傲慢じゃないかい?」
今までの人形と比べて、感情と呼べるものを目の前の個体は強く見せている。
顔自体は、人のそれとは少し違う異質なもので基本は能面のような無表情ではある。
しかし、今までの人形よりもそれが歪ではあるが笑ったりしているのだ。それも、明らかにセシリアたちを嘲って。
言葉も、ツギハギで喋るような不自然なものではなく、ちゃんと流暢に会話を紡いでいる。
「どうした? ヘンな物でも見たか?」
ハッとした時にはもう遅かった。
眼前まで迫っていた人形の手のひら。
そこから漆黒の闇が収束していく。何もかもを飲み込みそうな、黒一色。
手を覆うサイズだった闇は、瞬時に直径一センチ以下へと収束していき、解放される。
「これは……ッ!?」
防御魔法を、後先も考えずに展開するセシリア。
しかし、そうしなければ死んでいた。
発動した魔法は、闇によって先鋭化された水属性の魔法。それも、水の持つ圧縮力――すなわち水圧の力を先鋭化したものだった。
地上にいながら、海底四〇〇〇メートルほどにいるのと同じ水圧に晒されるセシリア。
水圧は、一〇メートル下がるごとに一気圧――つまり一立方センチメートルに一重キロの圧力がかかる。
今のセシリアは、周囲を約四〇〇重キロの圧力に襲われている。
「フフフ。どうするね、
「クソ……しかし、このままでは……」
ほとんど手詰まりに近かった。
防御壁を解除すれば、途端に超圧力でミンチ肉よりも悲惨なことになる。かと言って、このままでいたところで反撃に移れる訳でもないし、いつかは魔力が尽きてしまう。
一応、この水圧の牢獄を維持するために、人形の方も相応の魔力を費やしているのでそのマラソン勝負に勝つことができれば、生き残ることはできる。だからと言って、そこから反撃に移れるかと言えば、恐らく無理だろう。
消耗しきった魔力で、魔法にも物理にも高い耐性を持つ人形へダメージを与えることはほぼ不可能。
つまりは、今のこの状況に追い込まれた時点でセシリアの敗北は半ば決定づけられていた。
「いや、残念だよ。それなりに高名なデアマンテ王国の
「勝手なことを……」
強気の姿勢こそ崩さないが、心の内では諦観が覆い尽くそうとしていた。
――もう勝てない。
その絶望が、セシリアの表情すらも曇らせかけるその時――
「はぁあああ!!!!」
『希望』、と呼ぶにはいささか乱暴な叫びが周囲に響き渡った。
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