ギャル、着替える。

 サラサラと、砂のような細かい粒子となって完全に崩れ去る人形。

 鬱陶しそうに、指からの風でまとめてそれを吹き飛ばす真愛まな

 ポニーテールに結ばれたアッシュブラウンの髪が風に舞う。


 「なんて力だ……まさか、ゴリ押しで障壁を突破してしまうなんてな」


 改めて、『勇者』の持つ力の特異性に驚愕する。

 どれだけ身体能力を強化したところでセシリアでは、騎士団を纏め上げる長では、あの人形の持つ対物理障壁を破ることは不可能だっただろう。いや、それ以前にそこまでの強化率に肉体の方が耐えられなかいだろう。

 だが真愛まなは、目の前の少女は、体への負担など感じていないかのように服についた埃なんかを払っている。

 そこに映るのは、いかにも普通の少女だった。今の今まで、凄まじい戦闘をやってのけたとはとても思えなかった。


 「あーあ……髪、ヘンになっちゃった」


 ほんの僅かに斬り裂かれてしまった髪先を指でいじりながら、拗ねたような声を出す真愛まな

 先の戦いでも焦がされてご機嫌ナナメだったというのに、さらに重ねて切られてしまえば本気でキレるのも無理はなかった。

 なにせ、オシャレをするうえで髪の毛というのは一番厄介と言っても過言ではない。

 切る時は一瞬なくせに、伸ばすにはその何十倍もの時間を要する。その上、その日の気温や湿度によって髪質も影響を受け、『イイ感じ』にするのに気を遣う事柄が非常に多い。

 いざ決まっても、風や雨なんかで簡単に崩れる可能性もある。

 それだけの繊細さを要求されるというのに、見た目への影響は極めて大きいときている。

 『命』、とまで評する真愛まなの言葉は決して大げさなものではない。


 「ねぇ、コッチ側バランスおかしくない?」


 「いや、私に聞かれても困るんだが……」


 しかし、そういった事柄には非常に疎い騎士団長リーダーには答える術は持ち合わせていなかった。

 なにせ、生まれてこのかた髪に気を遣ったことなど一切ない、という剛の者。

 いちいち切りに行くのが面倒だから、伸ばしっぱなしにして三つ編みにしているのだ。しかも、三つ編みにしているのもオシャレだとかではなく、皇女であるアルメリアに「その方が似合う」と言われたからに過ぎない。

 一応、いい加減で煩くなれば仕方なしに切りに行きはするが。

 そんな具合だから、冷徹なまでに怒りを見せるほど髪にこだわる真愛まなが納得する返事など返せるはずもなかった。


 「ウソでしょ……その髪、天然モノだっての? 世の中不公平だわ……」


 手をかけているから、髪が素晴らしいものであるとは限らない。その逆もまた然り。

 一切気を遣っていないセシリアの髪は、キューティクルも素晴らしく、陽の光を受けて白銀色に美しく輝いている。

 普段、一時間以上も手入れに時間をかけている真愛まなですら羨望と嫉妬の眼差しを向けざるを得ないその髪質はまさに宝。


 「なんか、へこむ……」


 「私のせいじゃないぞ」


 世の理不尽に唇を尖らせながら、真愛まなはもう一度レデの店へと足を進めようとする。

 とりあえず、自身とセシリアの髪の差についてはまた考えるとして、最優先で考えなければならないのは鏡の確保。

 普段持ち歩いている折り畳みの手鏡は王城に置いてきてしまった。

 そのため、今の髪がどうなっているかわからない。

 なので、レデの店にあった姿鏡を借りようという訳だった。


 「結局、あんまりちゃんと食べられなかったなぁ」


 「店の者はちゃんと逃げられたようだから、まぁいいとしよう」


 セシリアも、一口二口で終わってしまったクリームパンを惜しみつつ、破壊されてしまった店へと視線を送る。

 入り口が惨たらしく歪み、店内へも砕けた壁やガラスが散乱してしまっている。

 店主だけは隙を見てうまく逃げだせたが、あの惨状では店の再開はしばらく先になりそうである。


 「そうだ。マナ、服を買う代金はどうするんだ? 流石にそこまでの持ち合わせはないぞ」


 レデの店へと足を進める中、セシリアが思い出したように聞く。

 元々、かなり強引に連れ出された身。

 財布の中身などかなり寂しかった。とてもではないが、レデの店で代金を支払うことなど不可能である。

 こだわりの素材と、最高の技術を有するが故、その金額も天井知らず。

 真愛まなだって、先ほどの財布の中身を見た限りでは、そんな高額代金を払えはしないだろう。

 だが、真愛まなは人差し指を軽く振りながら、大仰に首を振る。


 「心配ご無用。あーしの活躍が素晴らしいって、王女サマがコレをくれたのよ」


 そう言って、財布から一枚の紙を取り出す。


 「こ、これは……」


 その手に握られていた紙。

 それは、デアマンテ王国が公式に発行している代金支払引換手形。簡単に言えば、料金無制限の商品引換券のような物である。

 この手形と、引き換えた商品の金額が明記された請求書等を、王立の銀行に持っていけばその代金を受け取れる、という代物である。


 「こんなものを……いつの間に」


 「へへーん。昨日、あーしの部屋に王女サマが来てね、一緒に買い物もしばらくできそうにないから、そのお詫びも兼ねてって」


 大事そうに、手形を財布へとしまいなおす真愛まな

 今の真愛まなが持つ、この国での唯一の財産。

 有効に使わせてもらわなければならなかった。


 「だから、セシリーに服を売っている場所を聞いたってわけ」


 そんなことを言いながら、再びレデの店へ到着する二人。

 だが、店には鍵がかけられて中へと入ることができなかった。

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