ギャル、怒る。

 「あれ、誰? セシリーの知り合い?」


 「いいや。あんな奴は知らない。だが……っ!?」


 スゥ、と男が手をかざした。

 一瞬で漆黒の閃光が収束していき、まるで写真に写る光条のように拡散して放たれる。


 「うわッ!?」


 二人は咄嗟に身を翻して、攻撃を躱す。

 今まで座っていた木製のベンチが粉々に砕け散る。


 「風属性の力……!」


 砕かれたベンチは、凄まじい力で強引に破壊されている。炎で焼き尽くされたわけでも、雷で貫かれたわけでもない。

 螺旋を描く竜巻の持つ破壊力。それを闇属性の魔力によって先鋭化されたことによる破壊の痕跡だった。

 それは、目の前の男がここにいるべきでない存在だということを示していた。

 男の、能面のような顔が歪む。それは嗜虐か、はたまた愉悦か。

 再び、翳された手に漆黒の閃光が収束していく。

 そして放たれる、疾風の光条。


 「くそ……!!」


 「攻めが早い……!!」


 恐らくは、こいつも人形。

 以前のモノと同様に、ピッチリとした黒い服と能面のような無表情。

 そして、人が発しているとは思えない抑揚のない声。


 「ハイジョ……ハイジョ……」


 壊れたレコーダーのようにガサガサの声で同じ単語を繰り返す人形を、真愛まなは睨みつける。

 足に魔力を込め、一気に距離を詰める。


 「魔法はアンタには効かないってハナシだったわね!!」


 まさに俊足で人形の懐に飛び込むと、腕に込めた魔力を解放する。

 超強化された筋力で繰り出される拳のラッシュが、人形の腹部へと高速で叩き込まれる。

 その勢いで、人形の二メートル近い巨体が持ち上がっていく。

 それでも、真愛まなのラッシュが止まることはない。

 

 「はぁあああああ!!! これで……ぶっ飛ばす!!」


 渾身の力を込めて、一層強烈な一撃が叩き込まれる。

 人形の体が、二〇メートル近く吹き飛びながらメチャクチャに地面を転がっていく。

 以前と同じ個体ならば、これで完全に機能を停止している。

 そのはずだった――


 「……っ!! 伏せろ!」


 「ッ!?」


 頭上を、扇状に拡散する漆黒の風が突き抜けていく。

 舞った髪が切断されて、ハラハラと地面に落ちていく。

 あと、〇.一秒でも遅れていたら切断されたのは髪ではなく、真愛まなの首だっただろう。


 「物理攻撃に対して強力な障壁を張っているのか……」


 先の人形とは逆。

 魔法に対する防御ではなく、物理的な衝撃に対する防御に特化した個体。

 さらに厄介なことに、風の魔法による高速連撃でこちらが魔法による攻勢へ移るのを防いでいる。


 「あー……、セシリー。手を出さないでもらっていいかな?」


 「なに? マナ、何を言っているんだ。こんな厄介な敵……」


 「いいから。コイツはあーしがブッ殺すって言ってんの」


 凄まじく冷たい声。

 今までに聞いたことのない、怒りに満ち満ちた声だった。

 真愛まなは、切断されてしまった髪に指を通して、先を指でつまむ。

 そう。

 その凄まじい怒りの源は、髪を切られてしまったことによるものだった。


 「あーしの髪をこんなにして、まさか生きて帰れるとは思ってないわよね……って、人形だから生きてないか」


 「……ハイジョ」


 何かを噛み砕くかのように真愛まなは歯を食いしばり、再び人形へと距離を詰める。

 漆黒の風が頬を掠めるが気にしない。

 懐に飛び込んで、両腕の魔力を解放する。


 「マナ! それじゃ駄目だ!!」


 真愛まなが行ったのは、さっきと全く一緒の拳によるラッシュ。

 しかし、それは障壁によって防がれる。物理的な衝撃に特化させた、超強力な防御壁によって。

 だが――


 「そんなモンがなに? あーしの怒りは、アンタのそんなバリアなんて意味ないのよ!!」


 真愛まなには関係なかった。

 目の前の敵を、自身の拳で砕く。頭の中は、それだけで一杯だった。


 「どぅぉおおりゃあああああ!!!!!!」


 目にも留まらぬ、超高速のラッシュ。

 人間の限界を遥かに超えたその速度は、本来ならばあり得ないであろう現象を引き起こし始めていた。


 「……っ!? まさか!」


 あまりの迫力に、見ているしか出来ないでいるセシリアの耳に飛び込んできた微かな音。

 何かがひび割れるような、その音に困惑する。

 それは、人形の体に少しずつではあるがダメージが入ってきた音。

 物理的な衝撃に、強固な耐性を有するはずの黒き人形。

 それが、強引に破壊されようとしている音だった。


 「そんなこと、可能だというのか……」


 実際にこの目に、この耳にしているというのに信じられなかった。

 闇属性の魔力によって先鋭化された物理障壁を、ゴリ押しで突破するなどあまりに非常識。

 だが、目の前で起きている光景は紛れもない真実だった。


 「ハイ、ハイ、ハイジョ……」


 「なに同じことずっと喋ってんのよ。この、ガラクタ人形が!!」


 渾身の怒りを込めた拳が、人形の顔面に鋭く突き刺さる。

 メリメリという鈍い音と共に、能面のようなのっぺりした顔がボロボロと崩れていく。

 その奥。

 真愛まなの拳は、ブヨブヨとした気色の悪いゼリー状の物体を捉えていた。

 その気持ちの悪さも押さえつけて、そのまま一気に右手を振り抜く。

 超強化された筋力が放つ拳圧が人形の全身を駆け抜け、内側から完全に崩壊させていった。


 「あーしの髪は命よりも大事なんだから」

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