ギャル、出かける。 part3

 「それで? オマエさんはどういった格好をお望みだい?」


 レデは、手近な棚から適当に布を取り出しながら聞く。

 何の気なしに扱っているが、見る者が見れば目玉が飛び出るほどの高級品。

 手に持つ布だけでない、ここにある全ての物がそうだった。

 レデ自身が拘り抜いて集めた、至高の品だった。


 「うーん……、そうスねぇ。せっかく違う世界に来たから、それっぽいもんがいいかなぁ」


 「? 何を言っているんだ」


 真愛まなが、こことは違う世界から来た者だと知らないレデは彼女の言葉に首をかしげる。

 それに気が付かずに、真愛まなはいろいろと店内を見て回る。

 服の材料となる布地だけでなく、ゴーグルやベルト、他にも帽子もいくつか置いてあった。


 「へぇ、コレは……」


 その帽子の内の一つを手に取ってしげしげと眺める。

 それは、ダークブラウンのテンガロンハットだった。

 ゴーグルが飾りとして付けられ、アクセントを加えている。

 普段であれば、恐らくは選ばないであろうその帽子に、なぜだか真愛まなは強く惹かれるものがあった。


 「コレをメインに仕立てたいんだけど……」


 「それはウチの品の中でも、相当に古株だけどいいかい?」


 確かに、真愛まなの手の中にあるテンガロンハットは少々くたびれてはいた。

 しかし、それすらも『味』と思えるほどによく合っていた。むしろ、そのくたびれがあったからこそ選んだと思わんばかりだった。


 「メッチャ気に入ったっス。コレでお願いするっス」


 「ああ、わかったよ。そうだな……今が二の時の半ばか。うむ、三の時までには仕上げておくよ」


 レデは、テンガロンハットを手にするとそのまま膨大な布地が収められた棚とにらめっこを始めた。

 それが彼女のルーティンともいえる行動だった。

 星の数ほどもある中から、客が求める物を創り出す。

 それだけに集中するレデには、何を話しかけても反応が返ってくることはない。


 「ああなっては、作業が終わるまで外にいるよりない。時間もちょうどいいし昼飯でも行こうか」


 「おっ、イイねぇ。じゃあ、セシリーおごってよね。あーし、コッチの世界のお金ないし」


 ポケットから取り出した分厚い財布の中には、千円札と硬貨が数枚ずつ。それとほとんどが期限切れのポイントカードの墓場。

 やはり通貨が違うのか、千円札を不思議そうに眺めるセシリア。


 「そんな紙切れが貨幣なのか?」


 「そうだけど、コッチの世界は違うの?」


 元の世界ではどの国でも、紙が通貨として流通していた。

 だが、セシリアはそれが理解できない、という風に懐から小さな袋を取り出し、そこから青く輝く結晶体を摘まみ上げた。


 「この世界では、このブルージュエルが通貨なんだ」


 手渡された『ブルージュエル』が手の中でキラキラと光を反射する。

 直径五センチほどの小さな宝石で、正確に揃えられた多面体の構造は明らかに人の手が加えられている。

 確かに紙よりは価値がわかりやすいと言えるだろう。


 「これだけしかないの?」


 「これだけ、とは?」


 どうやら、ブルージュエル以外の貨幣は存在しないようだった。

 全てをこの小さな宝石一種類で賄っている。

 紙幣は、いくつか種類を持たせることで支払いの煩雑さを軽減させているが、この世界ではそういった考えは存在しないようだった。

 

 「まぁ、それでやっていけてんなら別にいいけどね」


 ブルージュエルを返して、目的である昼食を求めて街を歩く。

 レデの店は繁華街からそこそこ距離があるため、近くに他の店はない。

 そもそも、人もほとんど歩いていなかった。


 「にしても、よくこんなところで店やっていけるよね」


 「ん? あぁ、レデのことか。腕も目も確かだが、本人にやる気がないからな。わざとこういったところにいるんだと」


 「なるほど……、さもありなんって感じね」


 仕事自体にこだわりはあるようだが、確かに客商売が向いているようにも思えなかった。

 自分の気に入った仕事だけをしたい、いわゆる『職人』という人物なのだろう。

 そんなレデの店から歩いて十数分ほどで、簡単な軽食を出す店を見つける。

 昼時だが、あまり人は入っていなかった。

 あまり繁盛していないのか、店員も一人でヒマそうにしていた。


 「あ……、いらっしゃいませ。店内でお召し上がりでしょうか?」


 「ん……いや、どうする?」


 「せっかく晴れてんだし、外で食べない?」


 テイクアウトを選択して、二人はそれぞれ注文をする。

 真愛まなは、大きなソーセージサンドを。セシリアは凄まじく甘そうなクリームパンを。

 互いに、それぞれの物を見て若干引き気味の表情をする。


 「マナ、そんなに大きなパンを買って食べきれるのか?」


 「そっちこそ、そんなゲキ甘なものよく食べられるね」


 あまり流行っていないから、味にはそこまで期待はしていなかったが食べてみればとても美味しかった。

 今まで食べてきた中で、一番と言ってもいいかもしれなかった。

 この味で、なぜ人が入らないのか不思議なほどに。


 「うん、結構美味いじゃん。あんなにガラガラの意味わかんないね」


 「そうだな……普段なら割と人も入っているんだがな」


 何度か来たことがあったセシリアは、あの店がこの時間帯で人がいないことに首を傾げつつも自身もパンを口にする。

 やはりいつもの味。こってりとした甘さが口いっぱいに広がり、それがいつまでも続いている。


 「美味さも変わらないし、珍しいことも……」


 「ん? どうかしたの、セシリー?」


 急に押し黙ったセシリアに、真愛まなは巨大さ故に格闘していたパンから視線を上げる。

 そこには、全身が黒づくめの人物が一人立っていた。

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