第2話 ヤキモチとコンビニデザート

 くだらないヤキモチが祥順の頭の中にもやを作る。もやがかった思考で仕事をすれば、良い事など何もないのは分かっていたが、すっきりしなかった。

 頭では分かっているのだが、久々に得た貴重な親しい友人を他の人に取られる事に心が拒否をしている。正確に言えば、取られているわけではない。ただ、そう感じるだけだ。

 小学生や中学生でもあるまいし、何を今更執着しているのだと本当にばかばかしいと心の底から思っている。

 それでも、祥順の気分は良くなかった。


「カジ君、今日はタキ君来るのかな」

「そんなの知りませんよ。それより集中してください」


 何度目になるか分からない溜息を吐く。毎日誰かしらがこうして菓子目当てにやってくるようになったのだ。

 菓子ならまだ良い。今度合コンがあるから二人も参加しないか、等のくだらない誘いまでくる。年末だからと羽目を外したい気持ちは分かる。だが、この会社の年末はかなり忙しいのだ。

 そんな余裕があるならば、仕事に集中して少しでも早く帰宅できるように尽力すべきではないか。仕事人間である祥順は、仕事を中心にしかうまく考えられない。

 おかげさまで仕事は人並み以上にできるのだが、オフの姿を見せようとしないその考え方は社員との距離を生み出していた。


 自分でも自覚はあった。そして、今は祥順なりにオフで羽目を外したいと思う気持ちも理解している。

 前ほど強気に断れず、合コンや忘年会といったお誘いに言葉を濁してしまった。

 言葉を濁せば、今まできっぱりと断っていたから、今回は見込みがあるかもしれないと期待させてしまっただろう。やってしまった。と思いながら、次に話しかけられた時に断れば良いかとひとまず棚の上に放置した。


 ぐだぐだと考えながら書類を確認していると、典型的なチェックミスを見つけてしまう。心の中で「またか」という言葉が浮かんだが、この慌ただしい状況でのこういった小さなミスはまだ許容範囲だろうとあえて優しい気持ちに切り替える。

「すみません、これ処理したの誰ですか?

 谷川商事さん用サンプル申請の金額チェックが抜けています」

「あっ、それ私ですごめんなさい!」


 飛び上がるように立ち上がって返事をしたのは綾瀬比奈子あやせひなこだ。ひなちゃんと愛称で呼ばれる、祥順自身も可愛らしい女性だと感じるが、おっちょこちょいなのが玉に瑕であると祥順は思っている。落ち着いてやれば、デキる人なのだ。勿体ない。

 身長はあまり高くなく、実年齢よりも若く見える総務部のアイドル的な存在だが、これでも既婚者である。彼女の夫が羨ましいと、よく周りから言われている。


「私がついでにやっておきます。

 一応確認したかっただけなので、あまり気にしないでください」

「ありがとう!」


 総務の人間であれば、誰にでもできる仕事である。あえて彼女にやり直させる必要もない。強いて言うならば、比奈子と祥順でのやりとりをショートカットした方が効率的であるから、余分なステップは減らしたい。

 その分彼女は今の仕事を早く終わらせる事ができるし、祥順は少しタイムロスをするだけで済む。

 商品リストのファイルを開きながらざっとサンプル申請に乗っている商品をチェックする。商品はまとまっており、品種も少ない。チェックは楽そうだった。


 提出されていたサンプル申請の数々を終わらせ、営業実績へサンプル配布の状況を反映させる。サンプルをばらまくだけばらまいたところで売り上げに結びつかない営業もいる。サンプル作戦が成功しているか否かを企画部が公平にチェックするのだ。

 サンプル配布の結果が成功しているかは短いスパンでは分かりにくい。だからデータを蓄積させていって統計的に見込みを計算する。

 サンプルをばらまくからには、成功しなければ意味がない。金をばらまいているのと同じなのだから。


 祥順は大量のサンプル情報を入力し、溜息を吐いた。普通に売れれば良い金額になる。正直に言えば勿体ないと思った。

 こういった気の向かない申請を通すのは何となく楽しくない。仕事なのだから仕方ないが、無駄な時間を過ごしている気がしてしまう。

 はぁ、と溜息が出た。だが、溜息を吐いている場合ではない。そんな風に自分の気分を切り替えようとした時だった。


「っ」


 うなじに冷たいものが押しつけられた。全身に鳥肌が立ち、反射で背筋が伸びる。

「休憩、必要じゃないかと思って。お菓子持ってきたよ」

「滝川さんっ」

 小さな声で話しかけられ、祥順は小声で彼の名を呼んだ。


「今日はカジ君の分しか買ってないから、こっそりね」


 そう言って見せたのは、コンビニの袋だった。きょとんとする祥順をよそに浩和は小声で続ける。彼はしゃがみこんでコンビニの袋がガサガサと音を立て始めた。

 聞き取りにくいくらいの小さな声で話しながら祥順を見上げた。

「俺も、営業のサンプル申請が多すぎて作業に駆り出されてるんです。

 それでコンビニになっちゃったんだけど、一緒に食べません?」

 いたずらっ子のような、にやりと笑う浩和を見ると一気に気が抜けた。


「……丁度煮詰まりかけていたところなので、ごちそうになります」


 祥順が小声で返事をすれば、浩和はもったいぶりながら袋の中身を差し出した。


「コンビニのお菓子だと侮るなかれ。

 これは有名なお菓子屋さんがBtoBで作っているタルトだ。

 裏側を見てごらん」

「あ。本当だ……」


 言われるとおりに裏面の詳細欄を見れば、製造所には一時有名になった菓子屋の名前が書いてあった。最近メディアに出てこないと思ったら、こんな所に販路を見いだしていたのか。

「露出は減ったけど、売り上げはどんどん伸びていると思うよ。すごい手腕だ」

 浩和はお菓子というよりも、その背後にいる会社の方に興味があるようだ。


「運営方法の凄さは仕事の参考になるけど、作られたお菓子は気分転換には最高のお供ってね」


 浩和はそう言って封を切った。中から出てきたのはチョコレートタルトだ。パッケージには、ベリー系も入っていると書かれている。

 タルトの中央にはちょこんとクランベリーが乗っていてら更にシュガーパウダーがかかっている。浩和の真似をして一口齧る。濃厚なチョコレートにベリーの風味がし、クリスマスを意識した見た目もあいまって贅沢な感じだ。

 自分一人にだけ渡されたコンビニのデザートは、今までの差し入れのどれよりも美味しかった。

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