第4話 浩和の料理教室は添削付き
濡れたシャツを脱ぎ捨て、祥順はクローゼットの中を漁る。少し迷った末にネルシャツを取り出した。軽く羽織って終わりにしようと腹部を見れば、タンクトップも濡れていた。道理で寒い気がするわけだ。
面倒になった祥順はタンクトップを脱ぎ捨てそのままシャツを着る。少しひんやりとしたが、ボタンを止めていく内にその感覚も薄れていく。
手伝っているんだか、一緒に作っているんだか、足を引っ張っているんだか分からないな、と祥順は溜息を吐いた。
これからできるようになっていけば良いのだろうが、自信はあまりなかった。仕事は人並み以上にできる自信はある。しかし普段の生活には自信がない。何でもできる浩和が羨ましかった。
「カジくん、ちゃんと洗濯機に入れた?」
「あ」
キッチンに戻って早々指摘され、出てきたばかりの自室に戻る。しっとりと濡れた衣類をまとめて洗濯機へと突っ込んでから浩和の隣へと立った。
浩和はスープとサラダを用意している最中らしく、小鍋には細かく刻まれた野菜がたっぷりと入っているスープが煮えている。浩和自身はちぎったレタスの水気を取っている最中だ。
手を洗っていると、浩和から声がかかる。
「サラダの盛りつけ手伝ってくれると助かるよ」
「センスは期待しないでくださいね」
水気を切ったレタスをよそり、その上にパプリカや紫タマネギのスライスなどを乗せていく。祥順の場合、バランスとかそういった繊細な事は分からない。とにかく崩れないように積み上げた。
山のようにこんもりとさせ、その傾斜は鮮やかな色で飾られている。その山の頂上にはミニトマトが乗っていて、よりなんだか分からないものになっていた。
自分のセンスのなさを残念に思いながらも、祥順はこの大作を見た浩和がどんな反応をするかが楽しみだった。
案の定、浩和の反応はなかなかだった。
「なにこれ」
「サラダ」
目を丸くして、そのまま力作をじっと眺める。皿を回転させて365度見られるのは、どうにも気恥ずかしい。しかし何をどうすれば良いのか、指摘してもらわなければ次回に活かす事はできない。
「ほら、サラダってこんもりしてるじゃないですか」
「まあ、そう……ですね」
困惑した雰囲気の浩和には申し訳ないが、これは彼の能力を自分に取り入れるチャンスである。
「ええっと、添削してほしいです」
「添削……?」
「あの、ほら……こうしたら良くなりますーみたいに、この盛りつけをまともにしてもらえれば!
俺もそれを覚えて綺麗に盛りつけできるようになりたいですし……
その、迷惑じゃなければ教えてもらいたいと……思い、まして……」
祥順の声は、最初の頃は勢いがあったものの、だんだんとトーンダウンしていき、最後にはもそもそとした口調となり、口の中でもごもごと濁してしまう。
姿勢も悪くなり、祥順は俯いてしまっていた。
「そうですね、総合的な事を言わせてもらえば」
浩和が口を開いた。どうやらこのサラダを添削してくれるらしい。ぱっと顔を上げれば、先ほどの困惑した表情から真面目な表情に変わった浩和が、サラダを見つめる姿が見えた。
「盛りつけの基本は何となく理解しているようですが、バランスが悪いですね」
そこまで言ってから、彼はシンクで手を洗った。これから添削タイムである。
元々切ったトマトをおいていた皿にサラダのてっぺんにあるトマトを戻す。ついでと言わんばかりに、山のように盛り上げたレタスを覆うようにしていたカラフルな野菜達も自分の皿へと戻っていく。
「高さを出そうとした努力は認めます。
メリハリのある盛りつけはおいしそうに見えますしね」
レストランとか、ちょっとおしゃれな所のサラダをイメージしてつくった事はバレているようである。
あっという間に祥順の盛り付けたサラダは、ただのレタスの塊になっていた。
「山の形もこれだと野暮ったいのと、今回は彩のある野菜を多めにしたので、レタスは自然な感じの土台にしましょう」
「さっきの場合、デコレーションの時に周りをしっかりと覆ってしまうと変に見えるから、散らすくらいのラフな感じにすると自然になります。
今は野菜をレタスの上に山盛りにします。
こうすれば量の多い野菜も綺麗に使いきれます」
似た感じの手の入れ方であっても、ちょっとした差で変わってくるものだなぁ、と祥順は感心しっぱなしである。
「トマトはてっぺんに乗せると重たいから、違う場所にして……」
そう言いながら、浩和はトマトを野菜の山とレタスの境界に置いていく。
「仕上げはドレッシング」
いつの間に作っていたのか、お手製のドレッシングを手にしている。白い色をしたドレッシングは、チーズの香りがする。シーザードレッシングだろうか。
興味津々な様子を隠そうとしない祥順をくすりと笑い、浩和はドレッシングをサラダへとかけていく。
「粉チーズ、牛乳、レモン汁、ガーリックペーストと調味料少しを混ぜるだけで簡単に出来る、なんちゃってシーザードレッシングだよ」
「おお……」
シーザードレッシングなんて、手作りできるものだとは思わなかった祥順は、感嘆の声を上げる。
ドレッシングがかけられると、途端にオシャレ度が増した気がした。食欲をそそるガーリックのほのかな香りもあいまって、美味しそうな雰囲気も増している。
「一体どこでそんなテクニックを?」
「元カノと料理教室に通った事があったからかな……」
「本当にイマドキの意識高い系みたいな生活していたんですね」
「はは、そうかも!」
元カノの話題に触れてしまったと、一瞬身構えた祥順であったが、彼の自然な雰囲気はもう彼女との事は吹っ切れたかのように感じられる。
次の瞬間、そろそろ他の女性に目が行き始める時期なのでは、という考えが浮かんでくる。そうなれば、こんな風に遊んでいられなくなるのだと思うと、何だか良い気分はしなかった。
「その技術、今度は俺に伝授してください」
「俺の指導は厳しいよ?」
「受けて立ちます!」
その場限りとも言えそうな浩和の返事だったが、祥順は嬉しそうに答えたのだった。
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