休日の過ごし方

第1話 開き直った祥順

 誰も知らない部分を知られてしまった。結論から言えば、それは祥順よしゆきにとって悪い事ではなかった。


 会社で親しくなった人間が一人いる。もともと祥順は友人が多い方ではない。むしろ少ない方である。

 彼は家に人を呼ぶ事もない。家に呼んでも何もする事がないからである。人様に迷惑をかけない、というスタンスを維持しようとする祥順には、家の中というのは管理の管轄外であった。

 つまり、綺麗にする必要のない場所である。そう思っていた。


 ――ついこの前までは。


 白状してしまえば、祥順は浮かれていたのだ。気の合う友人ができて、一月に数回飲みに行くなんて想像していなかった。だから嬉しくて、つい飲み過ぎてしまったのだ。

 休み前の夜、それはある意味特別な夜だ。一週間の仕事から解放される瞬間なのだから。夜なべして本を読むのも良いし、家で飲んだくれるのも悪くない。自由に過ごしても翌日ゆっくりしていられる夜なのだから、楽しまなければもったいない。


 そうしてつい、羽目を外してしまったのだ。食べ物もおいしい、酒もそこそこ揃っていた。浩和は祥順ほどではないが、結構飲んでいたと祥順の記憶に残っている。

 そう。記憶に残っている。すべて、祥順の頭に記憶としてしっかりと残っているのだ。

 酒の影響で、すべての記憶が吹っ飛んでいたらどんなに良かったか。そう一瞬思ったが、記憶が残っていない状態で迷惑をかけた彼と対峙するのも気が重い。


 やはりこれが一番だったのだろう、と祥順は思う事にした。やらかした翌日の朝、昨晩の記憶を甦らせ、叫んだ。そして見違えるほど整理整頓された部屋を見た祥順は目を見開いた。自分で言うのもあれだが、人に見せられる部屋ではない。

 ただ、ちょっと最近は忙しかった事もあっていつも以上に掃除等を怠っていただけだ。埃とか積もってるなー……などと思っていながらも放置していただけだった。


 ちりも積もればなんとやら。まさに文字通りの汚部屋であった。否定のしようもない。


 それを笑って済ませてもらうどころか、綺麗に片付けまでしてもらった。そんな浩和に祥順は頭が上がらない思いである。


 酷い有様を見せてしまったからには、個人的な話はもう回ってこないのではないかと危惧していた時もあった。だが、それは杞憂に終わる。

 数日後に飲みのお誘いがあったのだ。これほどほっとしたのはいつぶりだろうか。

 謝罪をする機会を得たと思った祥順は、飲み代をおごるという形でお詫びをしたのだった。




 そうして何事もなくまた飲み友達としての地位を確立していった祥順は、半ば浩和が押し掛けるような形ではあるが、祥順の家でも酒飲みをするようになったのである。


「今夜は泥酔しても大丈夫だよ」


 にこにことしながら目の前にいる浩和が言う。祥順は苦笑するとつまみ用に買っておいた枝豆を出した。

 今日はいつも通りに飲んでから、コンビニでつまみを買っての二次会である。また、徐々に部屋が汚くなってきているのに気がついた浩和からの提案で、二日間の休みは二人でゆっくり過ごす予定になっていた。


 つまり、翌日は掃除である。前よりも気をつけるようにはしていたが、それでも着実に元の汚部屋へと近づいていたのだ。

 この事に関しては、祥順は開き直っていた。これ以上に隠す事など何もないのである。それに、翌日休みという家飲みの時、祥順が眠った頃にこっそりと浩和が部屋の片付けをしてくれているのに気がついている。

 いっその事もう諦めて、好意でしてくれるのならば少しばかり甘えてしまおうという気になったのだ。


「明日は活動的な一日にしよう」

「あ、はい……?」


 枝豆を口に放り込みながら浩和の提案に首を傾げる。活動的、とは何だろうか。祥順は一日中片付けと掃除をするイメージが頭に浮かぶ。


「午前中で片付けを終わらせて、午後は買い物に行きます。

 で、折角だからちょっと豪華な夕食にしよう。

 俺が作るよ」

「……」


 すごいことを言われた気がした。祥順は頭の中で復唱し、浩和の正確な意図を読もうとした。祥順としては片付けがそんなに早く終わるとは思えないし、夕食を豪華にするとは意味が分からない。

 祥順は簡単な料理ならできなくはないが、浩和はそれ以上にできるのだろうか。

 自分が作ると言っているあたり、自信があると考えて良いのだろう。


「大丈夫、その翌日は日曜日なんですから。

 片付けも料理も手慣れてるから大船に乗ったつもりで構わないし」

「あ、いや、なんかいまいち想像できなくて」


 言い訳じみた祥順の言葉にごもっとも、と頷いてビールを一口飲む浩和は特に気にした風でもない。


「初めて一緒に休日を過ごすから、片付けだけで済ませてしまうのはもったいないだろ。

 だから、ね」


 にこりと爽やかな笑みで締められる。

 これができる男か、と祥順は尊敬のまなざしで浩和を見つめる。彼は気づいていないようで枝豆に夢中になっているように見えた。

 やはり、この人が振られるような男には見えなかった。




「さあ、カジくん起きて!」

「んんぅ……」


 祥順は浩和の元気な声に起こされた。カーテンがぱっと開かれる。目をこすってから開くと私服の浩和が立っていた。そう言えば私服の彼を見るのは初めてだった。

 すらっとした雰囲気はそのままに、堅さだけが消え去っていた。朝から輝いて見える。

 爽やかなイケメンが目の前にいる。汚部屋なのが申し訳ない。そしてその元凶である地味な男が祥順である。


 別に、祥順が不細工だと言うわけではない。ただ、雰囲気が全然違うのだ。仕事中の祥順であればまだしも、私生活の祥順はだめだ。一気に冴えない男へと変貌してしまっていた。

 ズボラの権化のような状態である祥順は、ただ太陽のように明るい浩和を眩しそうに見つめるだけだ。

 ぼぅっと眺めていると、浩和がもう一度「朝だから起きて」と催促の声をかける。


 ゆっくり頷いた祥順は、早く目を覚まさないと……と気合を入れて立ち上がる。時計を見れば、まだ6時だった。

「支度してくださいよ。

 その間に俺が朝ご飯完成させておくから」

「ありがとうございます……」

 ぼさっとした頭を気にしながら祥順は着替えを探す。タンスから適当にシャツとジーンズを取り出して身につける。


 洗面所へ行く途中、テーブルに並んだ皿が視界に入る。サラダが乗っていた。豪華な朝ご飯になりそうだ、と頬を緩ませた。

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