第2話 子供じみた嫉妬と酔っ払い
先程の言葉に祥順は照れたようで、その様子を見る浩和も少しだけ恥ずかしくなる。別にそういうつもりで言ったわけではない。
が、思い返してみれば独り占めしたいから他の奴に時間を使うなと言っているかのようだ。まるで小学生が親友を取られたくなくてごねるのと同じではないか。
ビジネスライクに生きすぎた浩和は、こんなに密に飲みに行く友人ができるとは思っていなかった。だからこそ子供のような独占欲が出てしまったのかもしれない。
あまりひっついて嫌われないようにしなくては、と自制する。
「まあ、カジくんがわざわざ時間外にやる事じゃないって言いたかっただけなんだけど」
そう言ってくすくすと笑えば祥順は困ったような笑みを作った。困った表情には見えるが、これは困っているわけじゃない。照れ隠しをする時に作るいつもの表情だった。
そうしている内に祥順のグラスは空になり、新しく酒を注文した。
「良いですよ。
俺、面倒を背負い込むより滝川さんと飲む方が好きですもん」
「はは、そりゃ嬉しいな」
ホッケはなくなり、サーモンのマリネが届いた。今日はかなり飲んでいる。祥順は何杯目だろう、とふと浩和は彼が頼んだ酒を思い出す。
ビール、カンパリソーダ、カルーアミルク、梅酒、ウィスキーの水割り、日本酒、梅酒、カンパリソーダ……なんだっけ。さっきまで飲んでいたのが梅酒だから、二回目のカンパリソーダの後にも絶対飲んでいる。浩和は思い出せなかった。
少なくとも十杯は飲んでいるのは確かだ。普段の祥順と比べれば、かなりハイスピードで飲んでいる。
まだほろ酔いに見える祥順であるが、実はかなり酔っていたらどうしよう。そんな不安を抱きながら席を立つ。
トイレに向かいつつ、何を飲んでいたか必死で記憶を漁る。
――ああ、そうだ。焼酎も二杯くらい飲んでいたな。浩和の不安は大きくなる一方だ。祥順は悪酔いするタイプではないらしいのが幸いである。
時計を見れば、十一時を回っていた。そろそろ解散しないと終電が近い。駅から少し歩く場所にあるこの店は、酔っていなくても時間があると思って油断すると危険な場所だ。
更にトイレから戻って来た浩和は祥順を見て、そろそろ帰らないとやばい。と感じた。頼むと言っていた酒かと思われるコップは二つだった。内一つは殆ど空になっている。
「戻りました。
ところでカジくん、そろそろお開きにしないと電車に乗れなくなりますよ」
「あー?
そんな時間ですか……」
祥順は間延びした返事をする。席を外している時間はそんなに長くなかったはずである。だが、そのちょっとの間に酔いが回ったらしい。
「んじゃ、俺もお手洗い……」
祥順がよっと声を出しながら立ち上がる。ゆらりとした動きはおじさんくさかった。
これは完全にできあがっている。浩和はそう確信したが、手を貸してうるさくされるかもしれない事を考えてそのまま一人でトイレに行かせ、その間に会計してしまおうと決意した。
会計を済ませた頃、祥順は戻ってきた。危なげなく歩いてはいるものの、ふわふわと頭が揺れている。どことなく緩慢な動作で席に着いたのを確認してから声をかけた。
「カジくん、お会計済ませておいたんで今日はお開きにしましょう」
「んー……わかりました」
残念そうに見えるが、これ以上飲めば酔いつぶれる事は間違いない。そう思っているからこそのお開きだ。浩和は表情が崩れないように気を配った。
「ん……っ」
「ちょっと!」
祥順は残っていたアルコールを一気に飲み干す。浩和が止める間もなかった。
「もったいないじゃないですかー」
チェイサーを頼まず、ひたすら酒だけを飲み続けた祥順が最後の最後で一気飲みはさすがにまずいだろう。そんな言葉が浩和の頭の中をぐるぐると回る。
「大丈夫です」
きりっとした表情を作ったつもりなのだろう祥順の目つきはとろんとしていた。潰れていないだけましか、と浩和は小さく溜息を吐く。
「じゃ、カジくん行きますよ」
「はぁい」
さっと浩和が立ち上がると、祥順も後に続こうとした。だが、酔っぱらいの足下はおぼつかない。ふらりと横に大きく揺れた。
「っと」
「ふふ」
よろけた祥順を両手で抱えるようにして支えると、楽しそうに彼は笑った。にこにこしている祥順に力なく浩和は微笑みを返し、自分の鞄を持つついでに祥順の鞄を持った。
祥順の鞄は軽く、財布しか入っていないのではないかと思ってしまうほどである。
これが営業の人間だと、資料を詰め込んでいたりキャリーまで持ってきていたりと荷物が多くなる。そういった鞄に慣れている浩和は、ささやかな重みが新鮮だった。
「一人で歩けます?」
「だい、じょうぶー」
ふらふらとしてはいるものの、とりあえず店の外までは歩けそうだった。電車は無理だと判断し、スマホを取り出す。
最近はタクシーもスマホで簡単に捕まえられる時代だ。電話で呼び出すと料金が加算されてしまうが、アプリで呼べば無料である。
企画課でほぼ内勤とはいえ、普通の内勤よりは出張の多い浩和は慣れた手つきでタクシーを手配した。ゆっくりと歩く祥順に合わせて移動すれば、タクシーを長時間待たずとも済むだろう。
浩和の読みは正しく、店を出て数分といった所でタクシーは現れた。待っている間に祥順から住所を聞き出した彼は、運転手にそれを伝えて祥順を車内へ押し込む。強引だと少し文句を言われたが、酔っぱらいの面倒を見てもらえるだけありがたいと思え。と心の中で返事をし、表面上は強く微笑んで応えた。
「滝川さん、わざわざすみませんー」
「はいはい」
何度目かの謝罪を軽くあしらい、浩和は窓の外を見つめる。祥順は酩酊状態らしく、浩和の肩に頭を預けてごにょごにょと謝っていた。明らかに酒臭い。翌日が休みだからとはいえ、祥順がこんな姿を見せるとは浩和も思っていなかった。
窓ガラスに反射した祥順を見れば、謝っている言葉とは裏腹に楽しそうな表情である。泣き上戸やからみ上戸などの面倒なタイプではなく、素直な酔い方で良かったと浩和は思う反面、少しは遠慮しろよと思ってしまった。
会社での祥順を見る限り、職場ではかなり距離感を大切にする人間である。むしろ見えない壁があると感じている人間も多いのではないかと感じるほどだ。
祥順のうわごとを適当にあしらいながら夜の街を見ていたはずの浩和は、いつの間にかガラス越しに見える酔っぱらいを見つめていた事に気付く。
営業と飲む事も少なくない浩和には、多少手間のかかる酔っぱらいになってしまった祥順が可愛らしく見えた。天然のまつげは長く、まつエクをつけていた元カノと同じくらいであるし、酔っているせいか普段と違って少しだけ唇を尖らせているのもおかしい。
そんな事を考えていた浩和は同僚と元カノを比べるなど、自分もそこそこ酔っているらしいと苦笑するしかなかった。
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