真面目な彼の意外な事実
第1話 いつもと違う週末飲み
あの出来事以来、
完全内勤の祥順は普段から定時帰宅を掲げて仕事をしている。そんな彼はその日だけ浩和の仕事に合わせて退勤するようだった。
グチらしき事は殆ど話さず、話題と言えば前回の飲み会から今日までにあった面白かった事や浩和が出張中に見た光景などが中心である。
会社での困った事は互いにアドバイスしあったり、解決策を練って後日実行してみたり、と情報交換と打ち合わせで乗り切るようにもなっていた。
二人の口からあまりグチのような話が出ないのは、恐らく建設的ではないからであろう。
最初の飲みで祥順が「グチでもなんでも吐き出せ」といったような事を言ったが、それは「どうしようもないが、言えば楽になる」からである。
大抵のグチとは、本人が少し動けば解決してしまう事だったりする。相手の動きを見てこちらが動くだけで、スムーズに事が運んでしまうという時もある。
工夫さえすれば、周りを変えずとも楽に仕事をする事は可能なのだ。
まあ、ミスを連発する部下の場合、話は別かもしれないが……それを使えるようにするのは先輩である自分の仕事でもある。結局自分の能力――工夫、あるいは適応力――を頼りにするしかない。
お互い、仕事は人並み以上にできている。だからこそ、非効率で面白くない事はしないのかもしれない。浩和はそんな事を考えていた。
「そう言えば、週末にってのは初めてかもしれませんね」
「ああ……そうですね」
祥順に言われ、浩和は手帳を取り出してぱらぱらとめくった。こんな事、と祥順には言われてしまいそうだが浩和はこの飲み会の日を全て手帳に記入して管理している。
気になって遡ってみれば、祥順の記憶は正しかった。
「少しくらいは羽目を外しても問題ないですね!」
嬉しそうな笑みを浮かべ、祥順がグラスを仰いだ。浩和は目を見張ったが彼は気づかない。普段、祥順が会社の飲み会で酔いつぶれたり、酔ったあまり粗相をしたり、といった話を聞いた事がない。
二人で飲んでいる時も特に何もない為、祥順はそれなりに酒に強いのだろうと浩和は思っている。
「俺、次は梅酒頼もうと思います。
滝川さんはどうしますか?」
二人で飲む時、祥順の一人称は俺になる。最初の頃は新鮮で、しっくりこないような違和感を感じたが、今では一人称が変わる事が飲み会の合図であるようにすら感じさせる。
言葉遣いは少しだけゆるくなるものの、敬語には変わりない。浩和の呼び方も、一度だけ「浩和」と名を呼んでくれたが、それ以外はいつも「滝川さん」である。
そう考えれば、祥順の一人称が変化するだけ、特別なのだ。
因みに浩和は普段から社内で一人称を統一しておらず、時と場合によって俺と私を使い分けしている。
「俺は焼酎の水割りにでもしようかな」
「種類は?
特に希望がなければ俺が勝手に決めちゃいますよ」
「それ良いね。カジくんチョイスか」
浩和が笑えば、祥順は眉をつり上げた。お、と首を傾げながらもそのまま見つめていれば、怒ったのかと勘違いしそうな表情で彼は真剣に種類を選んでいるだけのようだった。
「じゃ、魔王で」
「魔王か」
「村尾と迷ったんですが、何となくこっちにします」
どちらも芋だった。特にこだわりのない浩和は、軽く頷いて店員を呼びだした。
祥順は酒に酔い始めると口が緩くなるらしい。とはいえまだ理性はしっかりしているようで、口調ははっきりしている。アルコールを摂取すると大食いになるらしい彼は、おいしそうにピザをくわえていた。
「そう言えばさ、うちの
一応その都度俺たちも何とか指導してるんだけど中々うまくいかなくって」
浩和が話題に出した伊高
まっすぐな性格で元気が良いだけに、とても残念な新人だった。
「あー……まあ、人には向き不向きがありますからね」
「そういう問題か?」
濁すように言う祥順は苦笑気味だ。やはり寛茂は総務部でもあまり評判のいい男ではないようだった。
「一応、俺も気になった所とかはちゃんと教えるんですが、しばらく経つとダメになってるんです。
あっちがよくなればこっちがダメ、みたいな感じですね」
きっと不器用なのかも。とフォローする祥順の言葉は薄っぺらい。浩和も苦笑するしかない。
悩ましい声を出しておきながら、手元にある焼きホッケをほぐして口に運んでいるのは祥順だ。意外な事だが、祥順は寛茂の事よりも目の前のホッケを優先させている。
ピザは浩和も一応おこぼれをいただいたが、ホッケはすべて自分で食べるようで一人で皿を抱えていた。
結構なペースで飲み食いする姿で宏和はお腹がいっぱいだ。正直ホッケを分け与えられても困るから助かった。
「多分、総務部所属の俺みたいなのが一人、つきっきりでべったり指導できれば彼もまともにはなると思います。
ただちょっとそれが現実的じゃないだけで」
祥順の発言は尤もな事だった。恐らく寛茂のアレは、知識不足だろう。
目の前にある書類が何をする為に必要なものなのか。この部分の数字がこれから何に使われていくのか、そういった流れが全く分かっていないからではないかと浩和は睨んでいる。
本当は営業部で面倒を見て解決しなければならない事だが、忙しい営業部にそんな余裕はなかった。
言い訳じみているのは承知で浩和は心の中で愚痴る。
「分かってるなら俺がやれって話ですよね。
まあ、時間外に本人がやる気があってーって言うんなら考えなくもないですが……」
面倒見が良さそうで、真面目な祥順が考えそうな事だった。だがその考えには浩和が即座に否と答える。
「しなくて良いですよ」
「そう?」
祥順はこてんと首を傾けた。浩和は即答した事が不自然だったのではないかと口をひくつかせる。誤魔化すように届いた魔王を口づけてちらりと相手を見るが、特に何も変わった様子はない。
「あなたがやらなくたって、絶対に面倒見の良い誰かがやりますよ。
だって、誰が見たってあれはどうにも酷すぎますから。
訂正したりする今後の面倒に比べたら、みっちり叩き込んでやるって考えを実行した方が有意義だ」
「……そっか」
ホッケをつついていた箸から手が離れ、酒へと向かう。祥順は杯を仰いだ。良い飲みっぷりである。
「そんな風に時間を使うなら、俺に使ってよ。ね?」
「う、ん……」
浩和の言葉に歯切れ悪く頷いたが、その顔は緩んでいた。
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